サンドイッチ・リュージュ ④
「え、カラクリ!?」
ボクは慌ててカミーユを再確認した。ついさっき普通に会話したんだぞ!
……オーガスタスの手が車椅子にかかっていない今でも、僕を視線で追いかけた。
でも、パターンがあった。喋ってもらおうとしても何も言わない。ただ、対面のお相手を目で追うように"仕掛け"があるだけ。
「なんてこった」
ボクは驚愕した顔を見せたが、それはよりオーガスタスを気落ちさせた。
「私は、みんなからキモがられて生きてきました」オーガスタスは経緯を語り始めた。
「ルックスがブサイク、運動音痴、会話不得手。それが原因だと思っていました。今となっては、子供の社会の残酷な部分が先でそうなったのか、私の先天性だったのかは、分かりようがありません」
正直、ここでオーガスタスのルックスは"ブサイクという程じゃない"というのは、虫が良すぎるだろうか。
「そんな私でも、一応友達はいたんです。ただ、社会人になったあと、大病を患ってしまって……今は動けるんですよ! でも、何年も酷い状態で、友人にも裏切られました。もっと言うと、私が心身すり減らして何とか繋ぎ止める努力を健康な状態でしないと維持できない程度の友情しか、ありませんでした。最初から孤独な人間と、どっちが惨めだとかは分かりません。両方、別の大変さがあるんでしょう」
「こういうと本当に気持ち悪がられると思いますが、私には脳内妄想の友にして恋人が最大の信用のおける人間だったのです」
「これは本当に幸運ですが、体調が回復しました。それで、人形師の方に依頼して、ラブドールをさらに機械仕掛けにして、操作できるようにしたんです。正面を向いている時は触手話で会話して、背後から押してる時は背もたれのボタンやレバーで操作できる」
「これがまた、正面からカミーユと相手が喋ってると全く気にも止められないんです。みんな好印象を抱くのは『カミーユ』ですから、私のちょっとの所作はどうでもいいんですね」
「それで、運動音痴と言ったのですが、私は強制されるチームスポーツやマラソンが嫌いだっただけで、スポーツが本当は大好きでした。それで、車椅子生活のカミーユだけど、何とか一緒に楽しめないかと思ったんです。ある日、リュージュ場ができたと聞いて……」
ルージュはオーガスタスに走り書きをして、渡した。「そのカミーユという方が異世界から連れてこられてないか。ひと月前の事故前からカミーユは『この』カミーユなのか、調べさせてください。終われば、また『舞台に立って、カミーユと踊ってください』」
オーガスタスは顔をあげた。「わかりました。協力します。カミーユもいいよね」
「まあ、今日リュージュができないのは残念だけど、また来週来よう」カミーユは言った。
「それじゃあ……えっと、そちらのろう者の方も管理局の方なんですよね。すみません。手本、見せれなくて」オーガスタスはボクに謝罪をした。
「……ルージュ」ボクは無言の圧をかけた。
「……まあ、別に困ることでもなしいいか」
「え、え、なんですか」オーガスタスは困惑した様子だ。
「あなたのソロも、カミーユとのペアも観たいってことですよ。オーガスタスさん」ボクは笑顔で伝えた。
「は、はい! すぐ準備しま――」
オーガスタスが言い終わる前に、彼に雪だるまが投げ込まれた。「ラ、ラブドールだって!? 汚らわしい!」管理人のメルビンだった。
「あ……あの人、手話できるんだった……遠くから音遮断されてても、会話把握できるか……」ルージュはこめかみを抑えた。
「お前たち!」管理人は周りの利用者に大声でカミーユの正体を喧伝した。
「出てけ!」「出てけ!」「出てけ!」
「……申し訳ない」ルージュは、オーガスタスに深々と頭を下げた。
後日、オーガスタスとカミーユはフィンア帝国にいた。冬の『バーデンルコピック山』も雪化粧だ。
「あの、いいんですか」
「うん、調査の結果きみは転移・転生になんも関係がないし、人形の制作者の裏も取れた」ルージュはほかの仕事よりも優先してこの事件の後片付けをしていた。「ここの山の所有者はきみの事情を知ってる。まあ、最初から事情を知る人たちとソリを楽しむんだね。ここのレーンもなかなかスリリングだぞ」
「あの、ありがとうございました」
「カミーユさん」ボクはカミーユに話しかけた。「ボクもたまに観戦にくるので、格好いい姿見せてくださいね」
「はい、また会いましょう」
「ああ、オーガスタスくん。ボクは1回リュージュをやってみたが、求めているスリリングさとは違ったよ。ドラゴンで充分かな。だから、ペア・リュージュできみを誘うこともカミーユを誘うこともないよ。安心してね」
「されたとしても、私たち2人とも靡かないよ」
* *
執筆の半年前に、オーガスタスというアマチュアのリュージュ選手がソリ事故で亡くなったというニュースが飛び込み、一目散にワイバーンを使って駆けつけた。
「カミーユ。きみ、レーンにほったらかされたのか、困ったものだね」
土地の所有者のガーベラに頼み、オーガスタス氏と共に埋葬した。