サンドイッチ・リュージュ ②
ボクはルージュから「カミーユの復活」の話を聞きおえたタイミングで、馬車が目的地である雪の積もった『スネークスパイン山』の麓に到着したことに気づいた。ここから50mほど上に登ると、リュージュ場に着く。
「続きは実際の目撃者から証言を聞こう」
山を登るのであれば最初からワイバーンやグリフォンを使った方がいいんじゃないかと思いながら登山をしていると、山を下っていく数名のソリ競技者の"噂話"が聞こえてきた。
「なあ、やっぱりあのカミーユってゾンビなんじゃないか……? 触ったら感染してゾンビになっちまう」
「おいおい、ゾンビかどうかは視覚的に見りゃ1発だろ? ……山の中で厚着だから肌は見れないか……でも! だいたい身体を密着させてるオーガスタスはどうなんだ? お前の理屈じゃ、あいつは吸血鬼でカミーユは眷属か? じゃなきゃゾンビ同士か」
「それだ、吸血鬼だ。俺たちも血を吸われちまう」
「バカバカしい」3人目が口を開いた。「昼間の晴天に吸血鬼がソリをするかよ。俺はこの目でオーガスタスがヘルメットを外して太陽の下にいたのをはっきり見たぞ。それより……カミーユは既に死んでいて、儀式召喚で別の世界線から攫われたんじゃないかと俺は見ている。普段車椅子でオーガスタスは付きっきりだし、言葉も手話で俺らとは違う言語を喋ってるから、カミーユは挨拶くらいしか他者と関わりがない。助けが求められないんだ」
「じゃあ、俺らが助け出せるか?」
「……まあ、可哀想だけどどうすることも出来ないな」
数名の競技者が下っていくのを見送って、ルージュがボクを見た。
「ああいう情報も必要だろ?」
「確かにね……ボク、すれ違った時点で読唇使えなくて内容後半分からないけど」
ルージュに噂話の後半を聞いている間に、リュージュ場入口付近に到着した。何人かの人物を確認できた。
リュージュを楽しんでいる人4名くらい。
純粋な観戦者数名。
この寒い中魔法の箒に乗って2名ほど上空から俯瞰してリュージュを観戦していた。
「予想より人が少ないね」ボクは取り繕わらずに言った。
「それは……あちらの管理人が話してくれるよ」
ルージュが見ている方に向くと、20代の女性が雪を踏みしめながら近づいてきた。
「多世界転移管理局の方々ですか? お待ちしておりました。当ソリ場の管理人のメルビンです。立ち話は寒いでしょうから、こちらの受付小屋にどうぞ」
案内されて、室内に入っていった。
「では、どこから話したらいいものか」管理人メルビンは困惑した様子でボクたちを交互に見た。
「そうですね……オーガスタス氏とカミーユ氏は、通常いつ頃このソリ場に来るのですか? 周期などあるのでしょうか」ルージュは尋ねた。
しばらくメルビン氏との会話はルージュに任せよう。
「それなら、今日の午後。あと1時間くらいです。だいたい1週間に3回来ます。……ああ。正確には、オーガスタス氏は3回きて、カミーユ氏はオーガスタス氏の介助の元、3回のうち2回来ます」
「ということは、オーガスタス氏は単独でもリュージュを楽しまれるのですね」
「楽しまれる、どころか、競技者としてはソロが本命で、ペアはアマチュアですよ」
「え、そうなのですか!」ルージュは驚いた。「カミーユ氏が事故の前は結構な人気でしたし、ちょっと変な話ですが、女性オタクのカップリング推し活の対象にされていたりしたのに」
「まあ、カミーユ氏はかなり美形でいらっしゃるし……まあ、オーガスタス氏と比べたりあまり容姿に言及するのは良いことではないのでしょうが……」
「うーん」ルージュはちょっと思案して、指をならした。「やはり、オーガスタス氏について初めて知った時から、できるだけ時系列で色々おきかせ願えないでしょうか?」
「私も、その方が取り留めもなく話すよりいいかなと思います」
「オーガスタス氏がこのソリ場に来るようになったのは1年ほど前です。はじめの1ヶ月頃は1人でリュージュを練習していました」
「ある日、彼から相談を受けました。『ペア・リュージュは、その場でマッチングなどはせず、信頼出来る親友同士が楽しみもの、という認識であっているのでしょうか』」
「我々からすればいちいち確認する必要もないほど当たり前のことでしたので面食らいましたが、『その通りだ』と私はいうと、彼は悲しそうに『わかった』と返すだけでその日は帰りました」
「そのまま帰ってしまったので伝え忘れていましたが、実際には親友同士であっても――特にソリに接地している下の人は――上にマネキンや成人の体重を模した重りを持って初回の滑走練習をしたりします」
「次にオーガスタス氏がソリ場に来た時に話しておこうと思ったのですが、それは不要でした。彼は既に重りを用意してソリ場に来たのです。『これをレーンに持ち込んで滑っても構わないか?』と尋ねて来たので、怪我や死亡は自己責任という書類に再度契約してもらって、練習を許可しました」
「今度はその練習を1週間ほどしたあと、練習場にカミーユ氏を連れて来るようになりました」
「車椅子での登場なので驚きました。カミーユ氏は隻眼で、喉の病気も持っており発声もできなかったんです。ただし、彼は手話や筆談を用いて何度も会話してきました。こう言ってはなんですが、カミーユ氏はオーガスタス氏よりかなり好青年でした」
「ちょっと待ってください」ルージュは質問した。「実は噂話を小耳に挟んで、ソリ競技者の男どもが『手話で言語が違うからほとんどコミュニケーションもない』って言ってたのですが」
「ああ、それなら、そちらのタツキさんも同様の経験があるのではないですか? 手話者の場合自分と関わりがないのではなく、口話者が避けてるんですよ。私は管理人という立場も相まってお客さんと話はするので、普通に何度もやり取りしてきました」
「なるほど、なるほど……」
ルージュがメモを取っている間、それならとボクも質問をした。「何となく、言語の壁だけじゃない"僻み"もありそうじゃないですか? モテたんですよね。カミーユ氏は」
「いや、それに関してはどうでしょう。あくまで『可哀想』と言いつつ輪に入れずらい空気に勝手にしてたグループがいるくらいで、オーガスタス経由で会話をした人は男女問わずいますよ。まあ筆跡しようとか少し手話をやってみようとしてアクションした人は私含め少数でした」
「なので、だんだんとオーガスタス氏とカミーユ氏は『セット』でこのソリ場で人気になってきました。人気の影響で、競技選手だと勘違いされがちですが、彼らはあくまでプライベートのスリリングな楽しみとして行い、周りが集まって実況が着いたり記事になったり、タイム計測で速度比べをして『大会化』していったんです」
ボクは現在人が少ないことに合点がいった。勝手に大会化していたところに、軸の2人が事故で来れなくなったから集まりが遠のいたのだ。
「そこは非常に興味深い点です」ルージュは指摘した。「それで、先月、事故が起きたのですね」
「はい。それはもう阿鼻叫喚でした。もちろん、自己責任同意書に皆署名をしていますし、スリリングを求めるならリスクは付き物ですが、カミーユ氏のどこか儚げな雰囲気と、障害者でありながらも健気にスポーツをする姿煮心打たれた者も多いのです」
「当日はレーンの中間付近でクラッシュしました。しかもカミーユが下敷きになる形です。誰の目にも明らかに命は途絶えていた――とその時は誰もが思ったのです――し、首があらぬ方向に曲がっていたのです。しかし、なんとオーガスタス氏は誰に助けを求めることも無く、自警団や救護班を待たずにカミーユ氏を車椅子に乗せて帰って行ったのです。辺り一面血だらけなのに、衝撃でした」
「そして3日前、姿を現したのです。カミーユ氏とともに、しかも『まだカミーユは本調子じゃないから会話は不自由で』というじゃないですか。もう私怖くなってしまって。それで、多世界転移管理局に通報したのです」
こうして話し込んでいるうちに、1時間が経過しようとしていた。
「ん! そろそろ予定の時刻だな。ソリ場に移ろう、タツキ」ボクはルージュから「カミーユの復活」の話を聞いたところで、目的地である雪の積もった『スネークスパイン山』の麓に到着した。ここから50mほど上に登ると、リュージュ場に着く。
「続きは実際の目撃者から証言を聞こう」
山を登るのであれば最初からワイバーンやグリフォンを使った方がいいんじゃないかと思いながら登山をしていると、山を下っていく数名のソリ競技者の"噂話"が聞こえてきた。
「なあ、やっぱりあのカミーユってゾンビなんじゃないか……? 触ったら感染してゾンビになっちまう」
「おいおい、ゾンビかどうかは視覚的に見りゃ1発だろ? ……山の中で厚着だから肌は見れないか……でも! だいたい身体を密着させてるオーガスタスはどうなんだ? お前の理屈じゃ、あいつは吸血鬼でカミーユは眷属か? じゃなきゃゾンビ同士か」
「それだ、吸血鬼だ。俺たちも血を吸われちまう」
「バカバカしい」3人目が口を開いた。「昼間の晴天に吸血鬼がソリをするかよ。俺はこの目でオーガスタスがヘルメットを外して太陽の下にいたのをはっきり見たぞ。それより……カミーユは既に死んでいて、儀式召喚で別の世界線から攫われたんじゃないかと俺は見ている。普段車椅子でオーガスタスは付きっきりだし、言葉も手話で俺らとは違う言語を喋ってるから、カミーユは挨拶くらいしか他者と関わりがない。助けが求められないんだ」
「じゃあ、俺らが助け出せるか?」
「……まあ、可哀想だけどどうすることも出来ないな」
数名の競技者が下っていくのを見送って、ルージュがボクを見た。
「ああいう情報も必要だろ?」
「確かにね……ボク、すれ違った時点で読唇使えなくて内容後半分からないけど」
ルージュに噂話の後半を聞いている間に、リュージュ場入口付近に到着した。何人かの人物を確認できた。
リュージュを楽しんでいる人4名くらい。
純粋な観戦者数名。
この寒い中魔法の箒に乗って2名ほど上空から俯瞰してリュージュを観戦していた。
「予想より人が少ないね」ボクは取り繕わらずに言った。
「それは……あちらの管理人が話してくれるよ」
ルージュが見ている方に向くと、20代の女性が雪を踏みしめながら近づいてきた。
「多世界転移管理局の方々ですか? お待ちしておりました。当ソリ場の管理人のメルビンです。立ち話は寒いでしょうから、こちらの受付小屋にどうぞ」
案内されて、室内に入っていった。
「では、どこから話したらいいものか」管理人メルビンは困惑した様子でボクたちを交互に見た。
「そうですね……オーガスタス氏とカミーユ氏は、通常いつ頃このソリ場に来るのですか? 周期などあるのでしょうか」ルージュは尋ねた。
しばらくメルビン氏との会話はルージュに任せよう。
「それなら、今日の午後。あと1時間くらいです。だいたい1週間に3回来ます。……ああ。正確には、オーガスタス氏は3回きて、カミーユ氏はオーガスタス氏の介助の元、3回のうち2回来ます」
「ということは、オーガスタス氏は単独でもリュージュを楽しまれるのですね」
「楽しまれる、どころか、競技者としてはソロが本命で、ペアはアマチュアですよ」
「え、そうなのですか!」ルージュは驚いた。「カミーユ氏が事故の前は結構な人気でしたし、ちょっと変な話ですが、女性オタクのカップリング推し活の対象にされていたりしたのに」
「まあ、カミーユ氏はかなり美形でいらっしゃるし……まあ、オーガスタス氏と比べたりあまり容姿に言及するのは良いことではないのでしょうが……」
「うーん」ルージュはちょっと思案して、指をならした。「やはり、オーガスタス氏について初めて知った時から、できるだけ時系列で色々おきかせ願えないでしょうか?」
「私も、その方が取り留めもなく話すよりいいかなと思います」
「オーガスタス氏がこのソリ場に来るようになったのは1年ほど前です。はじめの1ヶ月頃は1人でリュージュを練習していました」
「ある日、彼から相談を受けました。『ペア・リュージュは、その場でマッチングなどはせず、信頼出来る親友同士が楽しみもの、という認識であっているのでしょうか』」
「我々からすればいちいち確認する必要もないほど当たり前のことでしたので面食らいましたが、『その通りだ』と私はいうと、彼は悲しそうに『わかった』と返すだけでその日は帰りました」
「そのまま帰ってしまったので伝え忘れていましたが、実際には親友同士であっても――特にソリに接地している下の人は――上にマネキンや成人の体重を模した重りを持って初回の滑走練習をしたりします」
「次にオーガスタス氏がソリ場に来た時に話しておこうと思ったのですが、それは不要でした。彼は既に重りを用意してソリ場に来たのです。『これをレーンに持ち込んで滑っても構わないか?』と尋ねて来たので、怪我や死亡は自己責任という書類に再度契約してもらって、練習を許可しました」
「今度はその練習を1週間ほどしたあと、練習場にカミーユ氏を連れて来るようになりました」
「車椅子での登場なので驚きました。カミーユ氏は隻眼で、喉の病気も持っており発声もできなかったんです。ただし、彼は手話や筆談を用いて何度も会話してきました。こう言ってはなんですが、カミーユ氏はオーガスタス氏よりかなり好青年でした」
「ちょっと待ってください」ルージュは質問した。「実は噂話を小耳に挟んで、ソリ競技者の男どもが『手話で言語が違うからほとんどコミュニケーションもない』って言ってたのですが」
「ああ、それなら、そちらのタツキさんも同様の経験があるのではないですか? 手話者の場合自分と関わりがないのではなく、口話者が避けてるんですよ。私は管理人という立場も相まってお客さんと話はするので、普通に何度もやり取りしてきました」
「なるほど、なるほど……」
ルージュがメモを取っている間、それならとボクも質問をした。「何となく、言語の壁だけじゃない"僻み"もありそうじゃないですか? モテたんですよね。カミーユ氏は」
「いや、それに関してはどうでしょう。あくまで『可哀想』と言いつつ輪に入れずらい空気に勝手にしてたグループがいるくらいで、オーガスタス経由で会話をした人は男女問わずいますよ。まあ筆跡しようとか少し手話をやってみようとしてアクションした人は私含め少数でした」
「なので、だんだんとオーガスタス氏とカミーユ氏は『セット』でこのソリ場で人気になってきました。人気の影響で、競技選手だと勘違いされがちですが、彼らはあくまでプライベートのスリリングな楽しみとして行い、周りが集まって実況が着いたり記事になったり、タイム計測で速度比べをして『大会化』していったんです」
ボクは現在人が少ないことに合点がいった。勝手に大会化していたところに、軸の2人が事故で来れなくなったから集まりが遠のいたのだ。
「そこは非常に興味深い点です」ルージュは指摘した。「それで、先月、事故が起きたのですね」
「はい。それはもう阿鼻叫喚でした。もちろん、自己責任同意書に皆署名をしていますし、スリリングを求めるならリスクは付き物ですが、カミーユ氏のどこか儚げな雰囲気と、障害者でありながらも健気にスポーツをする姿煮心打たれた者も多いのです」
「当日はレーンの中間付近でクラッシュしました。しかもカミーユが下敷きになる形です。誰の目にも明らかに命は途絶えていた――とその時は誰もが思ったのです――し、首があらぬ方向に曲がっていたのです。しかし、なんとオーガスタス氏は誰に助けを求めることも無く、自警団や救護班を待たずにカミーユ氏を車椅子に乗せて帰って行ったのです。辺り一面血だらけなのに、衝撃でした」
「そして3日前、姿を現したのです。カミーユ氏とともに、しかも『まだカミーユは本調子じゃないから会話は不自由で』というじゃないですか。もう私怖くなってしまって。それで、多世界転移管理局に通報したのです」
こうして話し込んでいるうちに、1時間が経過しようとしていた。
「ん! そろそろ予定の時刻だな。ソリ場に移ろう、タツキ」




