サンドイッチ・リュージュ ③
「まあ、本人に会うと言ったが、おそらく会って2、3確認すれば解決しそうな気がしている。まだ断言は出来ないが」ルージュは顎に手をあてて所感を話した。
「え、本当か!?」ボクは率直に驚いた。「ボクは姉のルカ・ドラゴネッティのことを思い出して、なんとも不快な気分だよ」
「それじゃあ」ルージュは、一呼吸置いて、ボクとしっかり向き合い、真剣に言った。「タツキ、一旦オーガスタスへの感情をフラットにしろ。ただ事実を観るんだ」
「……わかった」
ボクはこの世界線に来てから、ルージュという人間のおかげで随分人間関係がスムーズに活動できている。彼を盲信する訳ではないが、ここで真剣になるルージュの意思を蔑ろにはできない。
程なくして、オーガスタスは車椅子を押してカミーユとともにやってきた。
「まずは遠方から観察しよう」
少し距離を取って、彼らの様子を伺う。
「……あ」ボクは、彼らの意思疎通の仕方に驚きを持ったが、すぐに納得した。「ただの手話じゃない。触手話だ」
「触手話? ……確かに、オーガスタスとカミーユが両手を繋いで手話をしているが」
「元は『盲ろう者』と言って、目も耳もハンデがある人が使うんだ。カミーユ氏は隻眼と言っていて、片目は見えているだろうけど、もう片方が閉ざされている分疲労は倍だ。触覚の補助を使って読み取り制度をあげるのは、確かに納得がある」
「俺の仮定は8割くらいの正確性と考えていたが、9割に上がったかな」ルージュは少し口角をあげてオーガスタスとカミーユを観察した。
「2つ、タツキに頼みたいんだけど、いいかな」
「そのためにボクがいるんでしょ、元々」
「一応俺も手話はわかるが、触手話の読み取りは難しいな。訳してくれないか?」
「ええっと、オーガスタスの発言から……、『今日の調子は大丈夫?』」
「『もちろん、さあ、早く専用のタイツを履いてスピードを一緒に感じよう』カミーユは言った」
「『復帰二日目だからね。速度は7割くらいに抑えるつもりだよ』」
「『えー……まあ、私はもう完治したけど、きみはまだリハビリ中か、オーガスタス。だんだんとスピードアップできるといいね』」
「……他愛もなく、リュージュを楽しむための会話をしている」
かなり意外だった。ルージュの『フラットにみろ』という言がなければ、会話を信じられなかったと思う。
「9割から9割5分に。それじゃあ2つ目のお願い。タツキ、手話者であることを明かして正面からカミーユと会話しに行ってくれ。俺は別角度から観察するよ」
「わかった」
僕は快活にカミーユの元に歩いていった。
「こんにちは! はじめまして。初めてリュージュを体験しに来たタツキっていいます。触手話しているのが見えて……ボクはろう者で、手話者なんです。仲良く出来たらなと思って」
「あ、じゃあ私の仲介はいらないね」
車椅子の前で会話していたオーガスタスは後ろの補助ハンドルに戻って、ボクとカミーユが会話しやすいようにしてくれた。
「はじめまして、カミーユです」
「車椅子というハンデが会っても、この危険なソリに挑み続けるなんて、すごいですね」
「いや、自分はソロはできないんで。 ペアで頑張ってくれてるオーガスタスのおかげだよ。ありがとう」
カミーユは右手を上に持っていくと、オーガスタスと手を握った。
「初めてリュージュをするんだって? もう講習は受けたのかい?」
「いやそれがまだで」
「じゃあ、オーガスタスのウォーミングアップをみて学ぶといいよ」
本当に、2人は仲睦まじい。そう思っていると、ルージュが背後から近づいて来た。
「どうもこんにちはオーガスタスさん、カミーユさん。俺は『多世界転移管理局』のルージュ・フイユです」
「……はあ、こんにちは。お国の人間が一体なんの用です」オーガスタスは身構えた。
「えっとですね」ルージュは1度咳き込む振りをすると、話しかけた朗らかさを消して、真剣真剣な面持ちでオーガスタスに語った。「なりきること、本気で入り込むことの大切さは分かります。俺は学生時代歌手をやっていたので、よく分かります。――いいですか、1度、"舞台を降りて頂きたいのです"。ここにいるカミーユ氏が、最友の、最愛の人とわかってのお願いです。あなたには人身売買や過失致死、監禁など複数の容疑者かかっている……その容疑を"晴らさせてるください"」
ルージュの発言は、よく意味が分からなかった。しかし、すぐにボクは理解した。
今まで多世界転移管理局で驚かされることが何度かあったが、これがこの時点での一番の衝撃だったと言っても過言じゃないだろう。
「一体何を言って……」
オーガスタスは言い淀んだが、ルージュは車椅子の背もたれをただ無言で指さした。
それを見て、オーガスタスはその場にへたり混んでしまった。
「……お見通しなのですね」
「ああ、きみの精神安定を揺るがしてしまったとは思っているけどね。カミーユ氏ほどによくできた『カラクリ人形』を見たのは初めてだ」