龍の落とし子 ⑥
「駆けつけたのはルージュたちだった。続きはほら、ルージュが話してくれた方がいいだろう。ボクの目には、ルカを取り押さえているハロルドが映った」
「そうだね」ルージュはどうやってルカの洞窟を見つけたかを順序だって説明した。「タツキが言ったように、真っ先にハロルドが到着した。『ハロルド、君を先に行かせて正解だったよ。レースでは同着だったが、君、ルカの邪魔にならないよう無意識にスピードを緩めてたみたいだからな。君の方が俺たちより本来の腕はいいんだ』俺は一歩遅れてルカの洞窟の部屋に入り込んだ」
「『な、なんであなたたちがこの場所に気づいたの――』ルカは分からないといった様子で困惑していた」
「ルカに教えようと思ったが、先にロバート教授が3番手で到着した。『もう既に"対話は無意味"ではなかったか?』儀式場でのルカの発言を根に持っていたようで、ロバート教授は皮肉った。教授のそばには、フードを深く被って顔を隠した人物が立っていた。教授は続けてルカに警告した。『ここまでだ。諦めて投降するんだ。禁固刑は免れないが、命は取らないでいてやる』」
「『……絶対に、タツキは私のものよ! 渡さないわ!』ルカは隠し持っていた液体入りの小瓶をハロルドにみせた」
「『うわ!』ハロルドは樹木化して死んだムーチェンが頭によぎり、拘束の手を離した。誰もハロルドを責められないね」
「しかし、小瓶に入っていたのはタツキに塗ったのと同じ紫色の絵の具である。ルカは足元に書かれた魔法陣に紫の絵の具で模様を書き加えた。『これで2人のタツキを1つに混ぜられるわ! タツキは殺処分されずに施設に入れられる! いずれ絶対に取り返すわ!』」
「『――は? それ、キメラ製造の魔法陣か!? おいバカやめろ!』俺はとっさにやめるよう進言したが、ルカは躊躇わずに魔法陣に宝石をばらまいた」
「魔法を行う際の諸注意を忘れてはならない。人間を対象にする場合、余程マーカーでしっかり識別していない限り、魔法陣の中央にいる人物が魔法の対象になる。今回の魔法陣は『キメラ合成』の魔法で、対象の人物の魂と、魂の形が近いもうひとりを融合させる術式だった。普通はタツキ同士に働いたと思うだろう。しかし……俺はルカを探し出すために、あるフードを被った人間を異世界から『召喚』していたんだ。これがタツキを助け、同時にルカにとってアダになった」
「 ルカとフードの女性が磁石のように勢いよく互いにくっついた。体がだんだんと拒絶反応でボロボロになっていく。ルカは叫んだ。『お前は、まさか、まさか! 並行世界の私か!』」
「俺はは諭すようにルカへ説明をはじめた。『……ルカ、お前が儀式場に残した魔法陣を修正して利用したよ。お前の映し姿で、《お前よりはまともな人格》なやつを連れて来たんだ。来訪者のルカが向こうの世界で持ってる知識と、来訪者ルカが"具合の悪くなる方向"(※)を教えて貰ってここまで来た」
※ドッペルゲンガー現象の一種で、映し姿が近づくほど体調が悪くなる。
「『私が、私が壊れながら混ざってしまう!どことも知らない"私"に!』ルカは発狂した顔でじたばたと暴れた」
「『その前にできるだけ"お前"だけを殺す』俺は言った。『殺し切れないだろうが、95%は機能不能にする』」
「『そんな、やめろ、引き剥がすのよ! 嫌だ、死にたくない、死にたくない! 私以外になりたくない!』」
「俺はルカの断末魔を聞きながら、魔力を込めた銃弾をリボルバーに入れて引き金を引いた『さようなら、ルカ』」
「別の世界線から連れて来たもう1人のルカに危害を加えたくなかったが、間に合わなかった5%の部分がルカを蝕んだ。彼女は先程息を引き取ったルカほどの悪事や殺人、特殊性癖は持っていなかったが、それでも色々魔法の探求を外法的な方法で行っていて、元のいた世界にいるのは敵が多くて危険だと語っていた。だから、5%の融合の治療を兼ねて、ずっと今後はこちらの世界で生きることにしたようだ。管理局が今もルカのことは監視している」
ルージュがルカの結末を話したところで一息ついたので、ボクは後日談を付け加えた。「ボクとルージュ、――そしてハロルドも――、はそこから1週間、初めて出会った時のように語彙を学んでいった。ある程度意思疎通が取れるようになっていた」
「『……この世界のボクは、どうなるの? 耳だけじゃなく、目も機能していないなんて』ボクは聞いた」
「ルージュは頭を抱えながら語った。『まずは施設に入ることになる。タツキは近づかないように。目も耳も聞こえない人のための言語獲得方が記された本を読んだことがあるんだ。でも、それは献身的な家庭教師が付きっきりで4~5歳の時点で触覚を頼りに教えていたから実現したんだよなあ。十代後半の人物に通用するかは分からない。のぞみは薄い』」
「『そう……並行世界って言うのに、運命はあまりに違うのね』ボクは言った」
「『君は、元の世界に帰れないのか?』ハロルドは尋ねた」
「『ロバートって人に言われた』ボクはルージュの通訳で聞いた内容を噛み砕いて説明した。『《ルカの用いた術式に強力な呪いの術式が施されてて、タツキはこの世界に数年間は固定されてる。ルカはもっとまともなことに魔法を用いれば最上級の魔法使いになれたのに》だってさ』」
「『そっか、その、済まない』ハロルドは言った」
「『あなたが謝る必要はない。それに、ボクは耳が聞こえないことで全然友達が居ない"世界線"のタツキだよ、ここでルージュとハロルドという友に出会えたことに感謝だ』」
ボクとルージュの出会いの話を聞き入っていたバイオレットは、彼女にプレゼントしたタツノオトシゴのぬいぐるみを撫でたあと、ボクの頭をそっと胸元で抱いた。