龍の落とし子 ⑤
「ルカに連れ去られたあと、彼女はボクと意思疎通を図ろうとしてきた。『ねえタツキ、これ、なんて言うのかしら?』彼女は乗っているワイバーンを指さして『これ(指さし)/何?』とルージュがボクにやった段取りを踏襲して質問した」
「《…………それ、竜》ボクは怯えながら、恐る恐る答えた」
「『そう、"竜"ってそう表現するのね……フフ。この竜はあなたが"可愛がっていた竜"なのよ……フフフ』この時はまだこの世界も口語はてんで分からないので、確実か分からないが、ルカはおおよそそんなことをずっとボヤいていた」
ボクはバイオレットに「今後口話で誰かの発言を引用しても、それは確実なものじゃない」と注釈をいれて、話を続けた。
「ルカはドラゴネッティ家が代々用いてきた洞窟へ向かった。洞窟の奥、格子で遮断された部屋に、ある女性が膝を抱えて座っていた。その女性は首輪をつけられ、竜を模したぬいぐるみを抱き抱えていた。――まるで寂しさ紛れのためにあしらわれたかのようだ。『うう? あ、ああーーー』言葉を喋れないのか、『喋る教育さえ受けていない』と思われる呻き声を出して、――ボクの場合読唇術で読んで――、格子の向こうに手を伸ばしてきた。女性は……ボクそっくりの見た目をしていた」
「ルカは愛玩動物をあやす様にその女性に近づいた。『よしよーし、"タツキ"。こんなになっちゃったんだわね。大丈夫だよ。同じ体の人間がそばに来ても《ドッペルゲンガー現象》を軽減するように魔法が格子に施されてるから』ルカは格子越しに女性の頭を撫でた」
「ボクは魔法世界に来て本の半時間だが、姉似の魔女や目の前のボクそっくりの女性をみて、だんだんと目の前の女性がただそっくりなのではなく、『世界線の違う交わるはずのなかったボク自身』だとだんだん気づきはじめた」
「『ねえタツキ、見てよこの子を』ルカは格子を背にして。ボクに話しかけた。『目も耳も機能していなくてね。両親は教育を放棄して捨てたのよ。でも代々のドラゴネッティ家の中でもダントツの"竜の因子"量をもってたわ。両親は因子を私に移植しようと考えた。しかし! 移した術式だと《母体が死んじゃうと因子も消えちゃう》のよ〜。だから無理やり因子を引き剥がしたあとはここに閉じ込めたの。両親は見捨てた一方、私はタツキを可愛がってたのよ? こうやって体を触ってあげると"イッちゃってる"表情を見せるのがたまらないの!!』ルカは閉じ込められた女性の股間に手を突っ込んで……摩りはじめた。『私がヤってる事を両親が気づいて、うるさかったから木にしたんだ。あ、この格子の材料にしたんだよ。なかなかいいアイデアでしょ?』」
ボクは一息ついてバイオレットに言った。「正直、かなり気持ち悪かった。今状況を自分で話せているのは、バイオレットには何があったか知って欲しいからかな?」
「ボクが何も返答しないでドン引きしていると、ルカはボクに詰め寄ってきた。『ねえ、なんで返事くれないの? 理想のタツキを連れて来たのに! ねえねえねえ! あ、喋る教育は受けれたけど耳は聞こえないんだったわね。あー、やっと人間らしく考える妹に巡り逢えたというのに、まだ話し合えないなんて!』」
「ボクは一刻も早くここから抜け出したい。悪夢なら覚めてくれと思った」
「ルカはひとり語りを続けた。『ハロルドっていう人が持ってる"棒"がなかなかの名器でね? 私も楽しませて貰ったの。奪って私に移植してタツキと楽しみたいなあって思ったのよ? 後で切り落としに向かうわ。絶対、約束よ?』ルカは魔法の杖を振って空中にハロルドのイメージやらを描いて、ボクに伝わりやすいよう苦心した」
「ボクにとって聞きたくもない内容だったので、分からないという風を装ったし、実際半分も話を理解できなかった」
「『ああ、ルージュが言ってたわ。意思疎通に数日はかかるって、仕方ないわね』ルカはそうボヤきながらも何度もその前提を棚に上げてひとりよがりに話し続けた」
「ルカは壁際の戸棚から2つの瓶を取り出した。赤い絵の具と青い絵の具がそれぞれに入っていて、少量を木版に取り出し混ぜて紫色の絵の具にした。『これ、何色?』」
「《……青》」
「『これは?』」
「《……赤》」
「『この動作は?』混ぜるジェスチャーだった」
「《……混ぜる(ジェスチャーのまま)》」
「『そう、それは特にジェスチャーと違いはないのね』ルカは紫色の液体を格子に囚われた女性とボクの両方の胸元に塗り始めた。そして、絵の具の瓶を逆さにして、青を格子側に、赤をボクに頭からかけた。『あなたたち2人の身体と意識を"混ぜる"わ(ジェスチャーをつけて)。私に従順で可愛い可愛い、知能も中間になったタツキと合体して永遠に一緒に居ようねえ。私の大事な奴隷ちゃん。そうして一度手に入れた知性をもう1回快楽の地獄で壊そうねえ、ああゾクゾクするわあ』」
「ボクは理解したくない言葉の意味を理解してしまった。ボク自身の耳に届かない叫び声をひたすらあげ続けた」
「『ダメダメ、静かにしてないと』ルカは言った。『やっぱり耳は聞こえてないから叫び声の品性はないわね。汚いオホ声は好きだけど、それは好みじゃないわ。どうせ喋らないのだし、喉は潰そうかしら? 歯もいらないかしら』」
「ボクは逃げようと洞窟の来た道を引き返そうとしたが、すぐにルカの魔法で捕まり木のツタが四肢に巻きついた」
「『暴れると術がかけづらいから少し落ち着こうねえ』ルカはあやす様に言った」
「ボクは言うことを聞くのは絶対に不味いと思って必死に抵抗した」
「『いい加減黙りなさい!』ルカがボクを殴ろうとしたその時、背後から何者かに押さえつけられルカは身動きが取れなくなった」