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龍の落とし子 ③

 ルージュはボクの方を見て確認を促した。


「確かに、その時がボクとルージュの初対面だね。ルージュがボクの聾者であるという特性にいち早く気づいて、何とか意思疎通を図ろうと尽力したんだ」


「俺はタツキ、――当時その時点では名前も身元も不明な召喚された女性――、の前に立ち耳を指差した」ルージュは言った。


「《そう、聞こえない!》女性は手話とジェスチャーを交えて激しく訴えかけた」


 昔話にボクも登場人物として加わったが、しばらくはルージュに話を続けさせることにした。ボクの意を汲み取ってルージュは話を続けた。


「ルカは急いで魔法計画の設計図を広げ、魔法陣と照らし合わせた。『設計図と魔法陣の間に差はないわ……そうなると、事前に準備した模様の中に問題が……』」


「俺はルカの挙動をみて『(召喚された女性ほっぽって作業するなよ。結局参加だけじゃなく仕事が増える結果になったな)』などと思ったが、それは声に出さず、聾者の女性との意思疎通を再開した。『あー、もしもし、これ読める?』と聾者の女性に尋ね、

『Πως σε λένε? (あなた 名前 何?)』と書かれた紙を見せた」


「聾者の女性は数秒考えたが、《分からない》という手話とともに、――当時はその手話の意味さえ俺には難しかったが――、首を横に振って困った表情をした」


「ハロルドはムーチェンと共にぼーっとその光景を眺めていた。『ムーチェン君、実は今まで『ジェスチャー』ってのは全国全世界共通だと勘違いしていたよ。彼女の言ってること、半分くらい分からない』」


「『それな』ムーチェンは適当に同意した」


「ロバート教授は俺に近づいて指示を出した。『しばらく彼女と交流を図ってくれ。儂は他の教授たちを集めて会議を――』」


「『その女性、喋れてるのね!?』ロバート教授の発言を遮って、ルカは俺へ問いただした」


「『きゅ、急になんだよ。……確かに、言葉自体は通じてないけど、身振り手振りに"規則性"を感じるし、手話ってやつじゃあないか?』俺は聾者の女性の前に帽子や鞄などを並べた。『ちょっと実験。前読んだ文化人類学者が言語の通じない部族に行っていた調査を真似してみる』」


「紙とペンを取り出して、紙の上に軌道をしっちゃかめっちゃかにした、おおよそ渦巻き状の落書きを描いた。用紙を女性の前に掲げた」


「女性、――タツキ――、はしばらく困惑した後、眉をひそめ首を傾けながら、人差し指を立てて手首を左右に振った」


「俺は近くにいたハロルドに話を振った。『いい感じだ。ハロルド君、用紙に描かれた"これ"、なんだと思う?』」


「『……なにそれ、わからん』ハロルドは眉を潜めて言った」


「『そう、その反応こそが得たかった答え! こちらの女性はおそらく《何?》か《分からない》って言ったんだ。多分《何?》の方だろう』俺は続けて、鍔のついた帽子を取り出し、身振り手振りで以下の動作をした。①帽子を指差す ②先程女性がしたように《何?》の手話をする」


「彼女は行動の意図を読み取った。俺の持つ帽子を指差して、頭の上で、右手で鍔を持ち深く被るようなジェスチャーをした。《それ(指差し)/帽子》」



「『いいぞ、この調子だ。とりあえずこうやって名詞を覚えていけるぞ。もう一回』今度は手提げ鞄を用意した。《これ(指差し)/何?》俺は学んだ語彙を早速試した」


「彼女は右手を手の甲を上にして、手を軽く握り手提げ鞄を揺らすようなジェスチャーをした。《それ(指差し)/鞄》」


 ルージュが目の前でボクを真似て手話をしているのはなんだか面白い気分になる。ボクはそのままルージュの語りをビオラと一緒に聞いていた。少し愉快さのあるこの話は、だんだんと壊れていく。


「『こんな感じ。続けて行けばだんだん彼女の言ってる内容が理解できるだろうね』俺は質問者のルカに伝えたが、ルカはそれに肯定感も拒否感も出さず、なんとも言えない表情をしていた。俺はルカへの不信感を思い出したが、ほかの参加者への解説も込めて話を続けた。『この間読んだ文化人類学者の本には《日常生活を身につけるのに付きっきりで調べて、相手が協力的でも数日かかったし、その後もひっきりなしに会話を止めて語彙やニュアンスの質問攻めになった》という記述があった。だから、まあこちらの聾者の女性ともしっかり意思疎通するには数日を要すると思うが……ルカ?』」


「ルカは虚空を見つめて、目を見開きずっと早口でブツブツ呟いていた。『行けるかしら? ――当初の予定より障害があったわ――でも彼女は求めていた素質が――きっと妹を――』」


「『ル……ルカ?』ハロルドは、先程からずっと様子のおかしいルカをみて動揺を募らせていた。今まで交際を続けてきて、ルカのこんな一面を見た事がなかった。ハロルドは何と彼女に声をかけていいか分からなかったから、無言で彼女の肩を摩った」


「ルカは無言でハロルドの方を見て笑った。目は笑っていなかった。突如大声でまくし立てる。『私の召喚は失敗なんかじゃあないわ! 大成功よ! 言葉理解するのに数日かかる? 結構、結構! さあ召喚された女性よ、私の屋敷に案内するわ』」


「『いや、ダメじゃろ』ロバート教授がルカを静止する」


「『なぜ?』ルカは言った」


「ロバート教授はルカの態度にやれやれと首を振って答えた。『儀式で並行世界から連れて来た人物にイレギュラーが起こっているのに見逃せるわけないわい。果たして契約や本人の願望を汲み取って女性を連れて来たのかどうか。その女性はしばらく大学で預かることにする』」


「無理に女性を引っ張るルカの手をムーチェンが引き剥がす。『いきなり乱暴になってどうしたんだ? らしくないぜ。まあ召喚がミスってイラつく心には同情するが――』」


「『――るさいのよ……』ほとんど消え入りそうな声で、ルカはムーチェンに反発した」


「『ん? 聞こえなかったぞ? なんだって?』ムーチェンはニヤリとしてルカを煽る」


「『おい、あんまり煽るんじゃ――』あんまり煽るんじゃない、俺はムーチェンに忠告したかった。しかしこの言葉はムーチェンに届かなかった。言い終わる前に恐れていた事が起こった。ルカの様子のおかしさから、もしやと思っていたのだ」


「『うるさいって言ってるのよおおおおおお!! 大学? 規則? 知ったこっちゃないわ! あんたの命もね!!』ルカはムーチェンの腕を掴むと、懐から取り出した薬品の瓶を叩きつけてムーチェンに浴びせた」


「『! うわああああああああああ。う、腕が、植物に――』ムーチェンの身体は腕から全身へ瞬く間に草木に変貌し、ものの数秒で2mほどの樹木になってしまった」


「『何をしている、ルカ・ドラゴネッティ!!』俺は物凄い剣幕でルカを睨んだ。予想をはるかに超えた酷い行動を彼女はした」


「ルカは俺を一瞥だけして、ハロルドの方へ向き直った。『ハロルド、あなたには以前"妹"のこと話したわよね』」


「『え……ああ』ハロルドはたどたどしく返事した。『以前、私に話してくれたね……《幼い頃に妹は死んで、妹から"竜の因子"を受け継いだから姉である自分の能力は強力になった》って』」


「『ごめんね、あれ嘘なの。紹介するわ、儀式によって召喚されたこちらの女性は、私の妹の《タツキ・ドラゴネッティ》、その映し姿、別の世界線の女性よ』」

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