龍の落とし子 ①
登場人物
レギュラー:
◇タツキ・ドラゴネッティ - 竜騎士 一人称ボクの女性 語り手 ろう者(耳の聞こえない人)。
◇ルージュ・フイユ - 魔法使い ナルシストな男性 多世界転移管理局のエージェント。
◇バイオレット・"ビオラ"・ガーベラ - フィンア帝国を支配する魔族
◇ハロルド・バルト - 多世界転移管理局の新入り1年目 ルージュと魔法大学の同期
◇ロバート教授 - 後に多世界転移管理局の局長になる人物 今話の時間軸では魔法大学の教授
本話ゲスト:
◇ムーチェン - ワイバーン競走の名手 ルカのライバル
◇ルカ・ドラゴネッティ - 魔女 ハロルドと恋仲
ボクとルージュは、フィンア帝国の長バイオレット・"ビオラ"・ガーベラと知り合ってから定期的に彼女の城に訪れるようになっていた。
バイオレットは一見すると無表情でアンニュイな空気の漂う女性なのだが、ボクたちのことを興味深く観察するのが好きらしく、時折質問してはウンウンと頷いていた。
フィンア帝国のバイオレット城に5度目くらいの来訪をした際、彼女は城に備え付けたパイプオルガンを奏でていた。予定していたより1時間早い到着をしたのはボクたちの方だが、楽器演奏というのはどうにも面白くないとボクは欠伸をしていた。しかし、どうやら演奏されていた楽曲はストーリーのある交響詩のアレンジだったようだ。ルージュはバイオレットの奏でる音楽に合わせてダンスを踊り、振り付けに手話を織り込んで交響詩の物語を可視化させた。
ボクにとっては、音楽とはダンスとほとんど同義であった。
「君たちの出会いを聞かせてくれると嬉しいんだが」バイオレットは予定の時刻になった段階で演奏を切り上げて、ボクたちをもてなした。「もちろん、無理にとは言わない」彼女の手には以前プレゼントしたタツノオトシゴのぬいぐるみが抱きかかえられている。
「あー、まあ、確かにちょうどいいか」ボクはルージュの様子を伺いながら許諾した。「結構ボクたちと付き合いの長い人でも、知らない人の方が多いんだよね。なかなか話す機会がないというか。出会い自体がひとつの大きな事件で、多世界転移管理局が発足するきっかけになったほどのスキャンダルなんだ」
「お互いが揃ってないと、何となく語りたくないという気持ちもあるしね」ルージュは言った。「俺たちは意思疎通もままならないまま、ある魔女の起こした事件に巻き込まれた。あれは俺がまだ学生で、クヴァンツ王国立の魔法大学に通っていた頃の話だ。当時は当然、管理局の捜査官になろうと言った将来設計は持っておらず、自分の得意分野を活かして何ができるかを模索している時期だった。特技とは儀式的な舞や、リズム、旋律のある詠唱、――つまり歌唱――、の事ね」
「俺はいくつか履修していた科目の中に、『儀式召喚魔法』の講義があった。召喚士を目指す人にとっては必須の科目だね。その科目を履修していた知人が2人いた。ハロルド・バルトという友人と、その彼女のルカ・ドラゴネッティという人物だ……ドラゴネッティ。そう、気になるよね、ビオラ。ただ、しばらくはルカという人物自身について説明しよう」
「ルカ・ドラゴネッティは代々竜の因子を引き継いで活動する魔法使いの家系で、竜騎士や召喚士など、様々な類の上級魔法使いを輩出してきた。ただ、ルカの両親は彼女が18歳になった頃に不審死しており、本家大元のドラゴネッティ家は彼女1人になっていた。彼女は将来どの類の魔女になりたいかという専門性ではなく、とにかくなんでもこなせるオールマイティな魔女になることを望んでいた。そのために他者から見たら強引な物言いや、実験のためにアシスタントというなの使いパシリを同級生に求めたりして、何とか自分のキャパシティに収めて様々なことを貪欲に学んでいた。一時期はワイバーンに騎乗して、競馬ならぬ競竜に勤しんでいたこともあった。ハロルドとルカはその頃に知り合ったらしい」
「『ルージュ、今度行う儀式召喚の魔法に、あなたも立ち会って頂きたいのだけど』ルカはハロルドを従者のようにこき使いながら、講義終了後の席で俺に手伝いを依頼してきた。『竜の因子をもつ異世界の住民をこちらの世界に連れてきたい』」
「『なぜ?』俺は当初乗り気ではなかった。『君の"下僕"を増やす手伝いをしろって? 嫌だね』俺はハロルドとの付き合いでなし崩し的にルカと関わっている状況だったので、結構反抗的だった」
「『……あなたはハロルドが私の尻に敷かれてる所ばかり見ているから、まあ嫌そうに思うのかもしれないけれど』ルカはハロルドに向き直して続けた。『ハロルド、あなたは私の状況を理解してくれて、進んで小間使いをしているわよね』」
「『ああ、そうだよ』忙しそうにしていたハロルドが俺の前に来た。『ルージュ、君も知っているだろう? ルカが竜騎士の腕前も磨いていることを。君も私も、ワイバーンで競竜をするじゃあないか。そのレースで彼女は1位をとった。彼女は騎乗術をほぼ独学で学んでいるんだよ。そんな彼女が召喚士としても一流になりたいと言っているなら、私は喜んで手伝いたいんだ。確かにあまり友人を巻き込みすぎるのも良くないだろうけど、この儀式召喚は竜の因子をもつ人間を召喚したいから、ワイバーンの扱いに長けている人間が補助してくれると儀式魔法の規模を大きくすることができるんだよ。私と君がアシスタントをして、ルカが大魔法を成功させる』」
「『もちろん、報酬は弾むわよ』ルカはハロルドの話を引き継いだ。『それに、先程受けたこの《儀式召喚魔法》の講義は成果のレポート提出が必須なの。私たちの活動はそのままレポートへ反映できるわ。悪くない話だと思うのだけど』」
「『わかったよ』俺は両手をあげて、それ以上の勧誘は結構! と意思表示した。『ただ、ひとつだけ条件がある。ハロルド、ちょっとこっちに』俺はルカに聞こえないように小声でハロルドに条件を提示した。『ルカには秘密な。ハロルドもバラすなよ。ハロルドにお願いをしたから』」
「『私なら大丈夫だよ』ハロルドは笑顔で承諾した。『ルカにも秘密なのは疑問だけど、何も変な要求ではないし、頼もしい人手が増えるんだ。いいだろ? ルカ』」
「ルカは数秒俺のことを怪しんだ目で観察したが、俺が参加するメリットが上回ったようで、条件を飲み込んで数日後に異世界転移の儀式召喚が行われることになった」