氷の国、湖の踊り娘たち ④
ボクらが話し終わったところで、フランの動きも止まった。老人は、短剣を取り出し、フランに向けた。
「!! ルージュ、やっぱり今飛び出さないと……」
ルージュは手を伸ばしボクを止めた。「絶対とは言えないが、首や命まで取らないはずだ。……ああそうだ、手を切った。痛々しいが」
そうして氷上に血が垂れた瞬間、氷が勢いよく竜骨を覆っていき、それがだんだん筋肉のような挙動をはじめた。
「まさに『氷の竜』そのまんまだな。完全に立ち上がったぞ。今だ、今だ!」
竜は骨の大きさから想定した通り、20mはゆうに超えそうだった。ボクはその竜に一瞬で騎乗しなければならない。
「『ペアスケーターの《スローイングジャンプ》で竜目掛けて投げてくれ』なんてとんでもないこと言うなあ」ルージュはボクの腰に手を回して、スケートの加速に乗りながら勢いよく竜に向かって投げあげる。
ボクはスケートのブレードの滑りに乗り、見事なアクセルジャンプを決めて跳ぶ、飛んでいく。
「な、昼間の観光客!」老人……黒魔法使いが頭上を跳ぶボクを見上げて驚愕する。
「『ルージュの投げあげ』と『竜騎士のボクの脚力』の合わせ技、舐めるなよ!」おそらくボクの呂律では伝わってないだろうが、それでも気概のために啖呵をきる。
無事に背中に着地し、手綱を口に持っていく。「ドードー、暴れるなよ。ボクは竜殺しじゃなくて竜使いなんだ、安心して身を任せてくれよ」
「クソ、邪魔するでない!」老人は杖を出そうとしたが、すぐにたじろぐ。
「いやいや、2人いたの見えたでしょ」ルージュが思いっきりバタフライキックを老人の顔面目掛けて飛ばした。ブレードは鼻頭を切り裂いた。
「おあああああああああ」
「やば、1発で仕留めるつもりだったが、浅かったか!」
「小癪な小僧め!」今度こそ老人は杖を取り出し、魔力弾を乱射した。
ルージュは踊り娘たちに当たりそうな弾は自ら盾になってブレードで弾き、他はステップを踏んで避けた。
「君たち、散れ、散れ! 流れ弾が当たるぞ!」
ルージュは一瞬足元を確認し、ニヤリと笑った。
ボクはルージュをずっと観察していただけではない。地上が戦場になったので、竜が回避のため空へ羽ばたいた。
ドラゴンをある位置にキープさせなければならない。
「小僧、小粋にステップなど踏みおって。その油断が仇となるのだ!」
黒魔法使いは魔弾をルージュではなく竜目掛けて放った。
「うおっと!」ボクは少し体制が崩れるが、何とか持ちこたえる。
竜は魔弾の方向に対し翼から氷柱を生成して、黒魔法使いに放った。
「はあ!!」黒魔法使いは杖を氷柱に向け、ついでルージュに向ける。氷柱は起動を変えてルージュに向かって飛んで行った。
「ルージュ!」ボクは叫んだ(声が届いていたかは分からない)。
「クソ」ルージュはクリムキンイーグル(※)の姿勢を取り、当たるすんでで氷柱を交わす。しかし目の前に樹木があり衝突してしまった。
※両足を外側に開いて、背中を氷面に対し水平にし、氷面スレスレまで倒して滑走するスケートトリック
「痛ってえ!」
「ふん、愚か者が、ワシはお前のような調子のったガキが大嫌いなのじゃ」老人はだんだんルージュに近づく。
近づいていき、当初竜骨があった中央に立っていた。
ルージュは、魔法陣の弧の隣接部分で倒れた『フリ』をしていた。
「いや、俺はいつだって真剣だ。ちょっとの油断が命取りになることをよく知っているし、それで仲間が死んでいくのを見たこともある。つまり、俺の行動には意味がある。お前はわざわざ儀式に『スケート靴を履いたダンス』を選んだのに気づかなかったのか? まあ『フィンア帝国出身で、付け焼き刃の知識で竜骨を復活させようとした』と擁護してあげようか。いや、不要だな」
「な。何を――」
これが、黒魔法使いの最期の言葉となった。竜骨のあった部分から魔法陣分の太さの氷柱ができ、氷の中に老人が閉じこまれた。
氷柱の先端は竜の顔になり、空中を飛ぶ竜骨を飲み込んだ。
ボクは直前にジャンプし、スケートで氷柱に沿って滑り湖の表情へ降りた。
「大丈夫だったか?」ルージュは言った。
「ああ、ボクは絶好調だ。やっぱりルージュのステップと氷魔法は最高だ!」
「いや、久々だったから冷や汗ものだったぞこっちは。フィギュアスケート……フィギュアね」
フィギュアスケートの『フィギュア』の意味を知ってる人はどれくらいいるだろうか? フィギュアは『図形』の意味で、スケートブレードを用いて綺麗な幾何学模様を描く行為を指して『フィギュアスケート』というのだ。
求められる幾何学模様はもっぱら円形である。魔法使いが円を描く目的は、大抵の場合『魔法陣』のためだ。
ルージュは湖に書かれた魔法陣(水底を含めて)を上書きしていた。
「フィギュアのダンス部分ってのは、フィギュア(図形)を描く様を芸術的に見せたいがために発達したのさ」ルージュは既に老人が息絶えたため、言いたかった台詞を独り言ちた。「コンパルソリーを軽視するな」
こうして、ボクのドランシンキ観光は『管理局の中でもかなりアクション要素の詰まった事件』として語られることになった。そしてルージュの過去を知らなかった人達にもダンサーとしての彼が知れ渡ってしまった。
(パーティの度にスケーティングをねだられるのは面倒くさいとしばらくボヤいていた)
竜骨の離島は、「神隠し」改め、「巨大な龍の飛翔氷像」として大変人気になったらしい。夏が来て溶けてしまったことをホテルの受付の方が大変残念がっていたが、まあ氷像は溶けるまでが芸術だ。ルージュはドランシンキでは管理局員ではなく氷の芸術家として有名になったのであった。