氷の国、湖の踊り娘たち ②
約30分ほどの儀式めいた舞踊が終わった。皆がホテルに戻るか、地元の住民などと交流を図っている間、ボクは「せっかくスケート靴を再び履いたのだから」と、ちょっと遠出することにした。ホテルまでの道のりを少し逆走して、気になっていた土地に向かった。
ある離島は葉の落ちた木々が力強く伸びていた。木は湖の底から生えていた。
ボクは木々を避けながら上手く奥に入っていった。
「あった……竜のあばら骨かな……化石化したドラゴンが氷上に半分埋もれている光景は、なんとも言い難い自然の過酷さと美しさを思い起こさせる」
ボクはドラゴンの周囲をスケートで囲うように滑りながら化石を観察した。
「この1年に半年以上凍てつく湖で完全に骨だけということは、かなり年月が経っているんだろうな」
そうやってぐるぐる回っていると、背負った竜騎士の槍が発光したことに気づいた。
「?」
取り出すと、槍に掘られたタツノオトシゴの意匠が光っている。
「竜因子の魔力が漏れ出でいる……なんで? 随分歳月が経っているだろうし、魔法使いがなにかしたようなあとは……」
まさかと思って湖の氷の面に顔をめいっぱい近づける。
(あれ……魔法陣か!? くっきり見えない……そうと言われればそう見えるが確証がない)
「そこの観光客の方!」離島の奥から、ご老人がやって来た。
何やら叱られそうな空気を感じながら、ボクの元に近寄るのを待った。
「この竜の遺体に近づくのは危険じゃ! 縦看板があったであろう!?」
ボクは首を傾げて、来た道をゆっくり、はっきり指さしながら答えた「あそこにある看板のことですか? あれには、『観光名所NoXX.《凍てつく地の竜の通り》』って書いてありますね……特に"柵"や"立ち入り禁止"とは一言も……」
「な、なんじゃて!?」その爺さんが看板を確認しに行くと、何度も首を傾げながら戻ってきた。「おかしいなあ、今までずっと近寄ってはならぬと言われていたのに……一体なぜ」
「近寄ってはならない理由なり伝承なりはあるのですか?」
「ん……いやあ、何年もこのドラゴンの骨はここにあって、この国に伝わる『氷の竜』の関連を指摘する者もいてな。あと、この骨に1人で近づいた人間がその後行方不明になるという事件が過去数件起こっていて、それ以来立ち入り禁止になったのじゃ」
「ああ、おじいさんはその『1人で』を信じてるから、じゃあボクと2人なら大丈夫だろうと今は竜の骨の前にいるのですね」
「まあそうじゃ。……いや、縦看板が変わってるとなると、強制はできないんじゃが……出来れば近づかん方が良いぞい。ここの住民は皆理解しておる」
「以後、気をつけます」
そうして、老人と別れてボクはホテルへ戻っていこうとした。
「……観光で氷の国へ来たが、結局竜騎士として働くことになりそうな予感」
果たして予感はものの数十分で確信に変わった。ホテルの前で、とある人物が手持ち無沙汰そうにスケート靴でいくつかのステップを踏んでいた。
完全にフィギュアスケートに興じるのではなく、でもじっとしているのは寒いからとスケート靴で遊びながら誰かを待っているようだった。そのスケーターが待っていた人物は……ボクだった。
「ルージュ、管理局で働いてるはずじゃ? だからボクの旅行の誘いを断ったんじゃないか」
ボクは驚きつつ、何となく先程の不思議なやり取りに関係しそうだなと思った。
「やあ、タツキ。いや、観光してるなら邪魔しちゃまずいかなとも思ったんだが」
「おべっかはいらないぞ。彫像の事件でも言った通り。あれは日常でのニュアンスだったけど、長期休暇でも同じさ。『ボクの力が必要なら頼ってくれ』。どうしたんだ」
「管理局の方で、彫像の事件以降、あの『科学世界』の方のニュースも定期的に確認することに決まったんだ。『ぶいあーる(VR)』の関わる変死事件などの例もあるし。それで、向こうの雪国で失踪事件が複数起こっていることがわかった。事件の共通項は、皆シンクロフィギュアの選手ということだ」




