氷の国、湖の踊り娘たち ①
登場人物
レギュラー:
◇タツキ・ドラゴネッティ - 竜騎士 一人称ボクの女性 語り手 ろう者(耳の聞こえない人)。
◇ルージュ・フイユ - 魔法使い ナルシストな男性 多世界転移管理局のエージェント。
本話ゲスト:
◇フランソワーズ - タツキと道中でであった旅行者 フィギュアスケーター
◇竜骨の老人 - 危険区域について教えてくれる
ボクがフィンア帝国と科学世界の冒険を終えて数週経った頃、管理局の入局手続き前に、クヴァンツ王国より北方の国『ドランシンキ』を観光していた。
管理局はワーカホリックになるほどの過密スケジュールでは無いが、事件は不定期であるし、国外へのプライベートの観光という機会はなかなか得られなくなると考えたからだ。
国名の『ドランシンキ』からどことなく竜に縁を感じる。実際この国の伝説では、竜が建国に関わっている。
『氷を司る竜がドランシンキ最大の湖(国土より湖の方が面積が広いのだ)を凍らせ、この地を長く支配し、侵略者を吹雪で追い返してきた』
現地の人々は氷の湖を自前のスケート靴で常に往来しているため、交通が発達する前から国の広さに対して人の繋がりが豊富で、国は一致団結していた。
ボクは最大の湖『べーネス湖』に到着し、スケート靴に履き替えた。宿は、湖の中央に浮かぶ小島に建っていた。
湖にはいくつもの離島があるが、地理的条件で1年のうち半分以上湖は氷で覆われるため、実際の陸地よりはるかに土地は広く人々の交流も活発に感じる。ホテルに辿り着くまでに20名以上の人とすれ違い挨拶した。
寒さの中口元を出しての会話は極力減らすような慣習になっている。ハンドサインも口語に織り込まれ、人々は両方を半々に使って会話をしていた。なので、ろう者である自分にとっても会話に障壁は何も無かった。
「……はい、クヴァンツ王国から観光できた竜騎士のタツキ・ドラゴネッティです……半月ほど滞在の予定で……はい……はい……それでは、これからしばらくお願いします」
受付を済ませ、スケート靴を脱ぎ、自室へと移動する。久々の暖かい温もりにまだ昼間だというのに眠りそうになってしまう。
「タツキさん! 観光初日にそんなウトウトして! もったいないですよ」
ホテルへ向かう途中で知り合ったスケーターのフランソワーズが部屋まで来て起きるよう促してきた。『スケーター』というと勘違いされそうだが、現地の人ではなくクヴァンツ王国のアイスダンサーだ。
(アイスダンス……ルージュも連れて来たかったな)
「なぜそんなにウキウキしてるんだい。フランソワーズさん」
「フランでいいよフランで。この後、『ベーネス湖』の伝統的な氷上のダンスが行われるのです。これを観ずに一日を終えるなんて!」
ボクはどうしようかと一瞬考えたが、まあここで落ち着いても室内ですることは読書くらいだし、もう一度出かけてもいいかとコートを再度羽織って出かけた。
「ルージュのスケート演技、最近見れてないな……」
ルージュ・フイユは現在多世界転移管理局の一員として働いているが、大学生時代は主に社交界で有効なダンスと歌の名手だった。妹のカエデ・フイユと同じ道を歩んでいたのだ。
フイユ家自体が、舞台ダンサーとシンガーの家系であった。兄妹は2人共に親の代から絶縁しているが、2人は社交界を渡り歩く技術を培っていた。
カエデ・フイユはそのまま社交界に入り、ルージュ・フイユは歌唱や舞踊を儀式魔法や詠唱魔法に転用する魔法使いの道を選んだ。
歌の技術は……ボクに聞いても意味無いことはわかるだろ? 興味無いので彼の芸人性にあまり言及してこなかった。
会場では、約10人のフィギュアスケーター、アイスダンサーが、科学世界における「集団歩行」と「チアダンス」の中間のようなアクロバットを氷上で織り成していた。
「タツキさん」フランソワーズは語る。「この地域の踊りが『シンクロフィギュア』の源流ですよ。私は競技化されたスケートばかり観てきましたが、時たまこうした現地の地域性に富んだ踊りを体感しておきたいのです」しばらく喋ったあと、フランは気づく。「あ! 私が喋ってると肝心の踊りが観れないですよね、黙ります」
ボクは「ま、勉強になったよ」と一言添えて、スケーターの踊りの鑑賞に戻った。