【他称魔王と…】彫像に近づくな ②
依頼主からお茶を頂いたあと、彫刻祭について聞いた。
「『彫刻祭』というのは主にフィンア帝国の南西部で行われている一大フェスティバルでね。国中の美術品制作工房がパトロン向けではなく、一般市民や政府関係者に作品を披露する絶好の機会であり、そこかしこで彫像が展示されるんだ」
「そこかしこ……」
「街中の各建物の1階には最低1像置かれる感覚で彫像が展示されるね」
「そんなに! 毎年作るんですか? 地域中が彫像で溢れかえってしまいそうですね」
「それが、旧政府が数年前に、彫像を『レリーフ化』する魔道具を開発してね」
「レリーフ?」
「ああ、君は彫像が苦手だからよくわからないか……。ほら、貨幣のコインに、肖像画が彫られてたりするだろ?」
「はい」ボクは両替したフィンア帝国の通貨を観察した。
「これも広義では『彫像』なのだよ。レリーフにはいくつか段階があって……いや、レディにこのたとえは良くないか……」
ボクは依頼主の視線の変動を見逃さなかった。視線の先には、春画の類が布で覆いかぶされて隠されていたが、雑だったので、ボクの位置から数点見えていた。
ボクのわがままで本来応接間じゃない部屋に招かれたので、文句は全く言える立場ではない。
美品の中に、バストアップで女性が描かれているが、おっぱい部分だけ物理的に盛り上げている物があった。
おそらく科学世界では『おっぱいマウスパッド』と呼ばれるグッズだろう。
「コホン!」依頼主はボクにバレたであろうことに気づきつつ、続きを教えてくれた。「えーとだ、つまり、肖像画を多少立体的に浮かせて作ることも出来て、それも『彫像』なのだ」
ボクは心の中で「おっぱいマウスパッドの胸以外も同じくらい盛り上げる感じでね」と付け加えた。
「それで、通常の立体物を『レリーフ』に変換できる装置が開発されたから、土地問題を考えずに彫像をたくさん作れるようになったと言うことですか?」
「その通りだよ」
「ありがとうございます。勉強になりました」
工房から出ようとすると、依頼主に呼び止められた。
「ちょっと、こっちに来てくれないか?」手には、レリーフを携えていた。
「はい? えっと……すみません、休憩をお願いしたのはボクですが、依頼を受けたプロもボクです。魔獣を日が落ちてから狩るのは結構危険なので、そろそろ現場に向かいたいのですが……」
ボクが振り返ると、依頼主の姿はどこにもなかった。
「?」
「ちょっと、君、どちら様だい!?」
工房の入口から、初老の男性の声が聞こえた(いちいちこれを注釈するのも癪だが、ボクは聾者なので、竜騎士として耳につけた特別な探知機で反応を拾った)。
「ああ、魔獣討伐の依頼を受けたタツキ・ドラコネッティだ。先程工房の主に案内されて雑談をしていた。今から魔獣討伐に行くところだが……」
「何を言っている? この工房の主は私だが?」
「は? え?」
『彫像に近づくな』
『彫像に近づくな』
『彫像に近づくな』
『彫像に……。
「君! タツキくん! ここに置かれた額縁は君のかね?」
「え、いや、違います」
「はて、一体いつ誰が置いたのやら……おや、これは絵画ではなくてレリーフだ、彫られているのは、私? なんで?」
本当の家の主だという初老の男性が、レリーフを覗き込んだ。
ボクの頭の中のザワめきを、そのまま記そう。
『レリーフ……レリーフも彫像……ドッペルゲンガー現象……近づくな……ルージュが……多世界転移管理局が、調査してる?』
「おっさん!!! それから離れるんだ!!」
ボクは目の前で起こる惨劇を必死に食い止めようとしたが、間に合わなかった。
「え、あ、あああ、身体が、ど、どうなって、うわああああああああああ」
本当の家主はレリーフに思いっきり引っ張られ、急激に全身が粉々になりレリーフにベッタリ血が飛び散った。そして、レリーフは床に落ちてヒビが入った。
「あ、あ、あああああああああ」
ボクは全速力で工房から脱出して、指笛を吹いて端で休んでいたワイバーンを呼び寄せた。
「とにかく空を飛ぶんだ! 早く、速く!」
そうしてワイバーンで上空20mほど上昇した時、1羽の八咫烏がワイバーンの顔に突っ込んできた。
「な、なんなんだ立て続けに! ……この烏、多世界転移管理局で伝令で使われる鳥か!」
ボクは足首に巻かれた紙を急いで解き、手紙を開いた。
『ルージュ・フイユからタツキ・ドラゴネッティへ。管理局の調査でフィンア帝国に来たが、どうやらかなりピンチな状況になってしまったらしい。もし君がフィンアに来て下記建物にワイバーンで辿りつけそうなら、その建物入口付近(付近なだけで入ってはダメだ)で待機してくれないだろうか。場所は――』
「場所は……さっきの工房の、裏手の3階建ての廃墟だ!!」
ボクは大急ぎで空に弧を描いて反対側の入口へ飛んで行った。すると、ちょうど2人の人影が満身創痍で建物からでてきた。
ルージュ・フイユが見知らぬ女性を抱えて息を切らして走ってきた。
「ルージュ、捕まれ!」ワイバーンから乗り出して手をルージュに差し出した。「不味い、追いつかれる!」
入口に全長3mほどの、全身に彫像が張り付いている化け物が全速力で近づいてきた。
「うわああ、なんだあの化け物! ワイバーン、火を拭け!」
入口方向に炎を吐きかけ、ルージュを決して離さぬようワイバーンの背中まで引き上げ、すぐに空中に飛び立った。
化け物本体の顔! 一瞬だけ確認できたが、あれは先程訪れた美術家の工房の"偽主"の顔だった。
「今あいつの相手をしてる余裕は無い。今すぐあの山頂上の城に向かうんだ!」ルージュはバーデン・ルコピック山を指指した。
「えっでもあそこは魔王城――」
「城の持ち主はここにいる! いいよな!?」
ルージュは抱えた女性に聞くと、苦悶の表情をしながら頷いた。
ボクは衝撃を受けながらも、一旦思考を竜騎乗に専念し魔王城に向かった。
「君(抱えていた魔王らしき女性に向かって)、名前聞いてなかったな。なんて言うんだ?」
ルージュは両手に杖を当て続けながら尋ねた。怪我をしているようだ。
「ビオラ……ビオラ・ガーベラ」
「ビオラ、もう少しの辛抱だ。その手、治してやるからな」
* *
魔王城で、30分間ずっとルージュは魔王の手に杖をあてがい詠唱し続けた。
怪我かと思っていたが、実際には違った。両手の平が石化しかけていたのだ!
「――どうだろうか。ホンの手の平の一部分だったので、進行を妨げる魔法をかけて、後数日すれば石化部分は剥がれるだろう」
ルージュは杖をしまって、魔王らしき人物の手首を握った。
「……とりあえず痛みは引いてきた。感謝する」魔王は言った。
「ルージュ」ボクはルージュが落ち着いたのを見計らって声をかけた。「どうなってるのか、教えて欲しい」
「それは――」