触手の擬態 ④
「ハロルド、状況をまとめていいかな」ボクは手記を開き、メモを取りながら話を聴いて(見て)いた。
「①魔女が村を封鎖したことに怒ったお国が調査団を派遣した」
「②ハロルドは調査団のアドバイザーとして招かれたが、実際にはお飾りだった」
「③勇者レイが調査団より早く魔女を打ち倒したが、それはそれで不可解な点があった」
「④『自治区管理調査団』は『パラレルエージェント/多世界転移管理局』と管轄争いをしていて、気が気じゃなかった」
「⑤勇者レイは『パラレルエージェント』の概要を聞いて露骨に狼狽えていた」
「だいたいそんな感じ」ハロルドはうなづいた。
* *
「話を戻そう」一旦切り株に腰を落ち着かせていたハロルドは、立ち上がって話の続きに熱を入れた。
「『……ふうう』私は息を大きく吐いて、空を見上げた」
「勇者レイが工房に入って行ってから30分は経とうとしていた。私は嘆いた。『中で調査員と勇者一行が一悶着起こしてるだろうなあ。この後どやされるのは私なんだ。やめて欲しいよ』」
「私は再度魔女の工房の方に振り返ったが。……ねえタツキ、そこで心臓が止まるかと思うほど驚愕したんだ。調査員が、暗がりで直立不動で居るのだ。顔は俯いていて、私からは目が見えない」
「『び、びっくりしたーーーー! あの、どうしました……か――』私は言い終わる前に絶句したよ。調査員の全身からどんどん粘液性のある液体がどんどん染み出して床に滴って行くのを目撃した。急いで後ずさりして距離をとった。……調査員の身体の穴という穴からどんどんピンク色の触手が生えてきたんだ」
「『あ、ああ……』私は声にならない声を出して、逃げようと後方を向いて走り出したが、そこで声をかけられた」
「『待ってくれ!』誰かが懇願するように叫んだ」
「私は調査員の方に再度振り返ると、さっきまで『調査員』だった怪物は、直径3mほどの球状の触手の塊になっていた。何より恐ろしかったのは、触手に何人もの人間が取り込まれていことだ。表面に、人間が"変形"してちぐはぐに突き出している」
ハロルドは手話を使って劇場的にボクに説明してくれているが、両手の指をぐにゃぐにゃさせた説明は覇気迫るものがあった。
「『待ってくれ、ハロルドくん……』声の主は調査員ではなかった。30分前の威張った声からは程遠い、弱った情けない声の勇者レイであった。顔の真横に足が突き出ている。手はボロボロに崩れていて原型を留めていない」
「『俺は……魔女に"愛人"として召喚されたんだがよお〜〜、あんまり美人じゃなかったし、せっかくの異世界の人生だから……。村のみんなが村の閉鎖で魔女のことを恨んでいてよお〜。それで、賢者や狩人を引き連れて、俺は"勇者"ってことにして、魔女を討伐して、村の女を侍らそうとしてたんだ。こんな、こんな化け物のこと知らなかったんだあ! 助けてくれよーーー』偽勇者が叫んだ時、触手からもうひとつの顔が出てきた」
「『勇者の顔が、ふ……二つ?』パラレルエージェントとしての現在の私ならともかく、当時の私はわけが分からなかった」
「『う、うあああああああああ!!』勇者レイは断末魔をあげた。触手から新しく生えて来た勇者の顔は、私に語りかけていた方の顔に“磁石がくっつく”ように互いが吸い寄せられた。ぶつかった時に"交通事故で追突したか"のように顔同士がぺっちゃんこになった。顔以外の身体の様々な部位も、それぞれ生えてはぶつかっていき、ボロボロに分解して地面に垂れていった」
「私は恐怖で完全に動けなくなっていた。今にも気絶しそうになりながら、顔面蒼白で怪物をただ見ていた」
「『助けて……助けて』『ねえ。ここどこ』『あああああアアアアアア』勇者が完全にボロボロになって跡形も無くなったあと、触手の球状の表面にどんどん新しい人間の身体が浮き出てきた。その面々に、私は見覚えがあった」
ハロルドは一旦話をとめて、ボクが予想を言うことを促した。
「……村民か」ボクは答えた。
「そう、みんな村民! 10……20……どんどん増えていく!」ハロルド指を折って数を数えた。「あっけに取られてる時、背後から背中を叩かれて声をかけられたんだ。『おいハロルド、どうなってるんだ!』」
「『うぎゃああああああああ』私は絶叫した」
「肩を叩いた人物は、村に帰郷した時話しかけてきた旧友だった。私は『お、あ、え……お前、あの怪物に取り込まれたんじゃ……』と言って怪物の方を指さした」
「『は? ハロルドお前何言って――』旧友は、私の指さす先を見て言葉と止めた。そこには、自分と瓜二つの姿をした人間が触手に取り込まれ苦悶の表情を浮かべていた。『は? 俺? なんで――』旧友が言い終わる前に、怪物は昔馴染みへと動いていった。『へ? あ、ぎゃあああああああ』私を掠めて、触手が伸びて旧友を捉えた。まるでイソギンチャクが獲物を捕食するように。捕まったあと、旧友も偽勇者と同じように2つの身体が衝突して、ドロドロに溶けていった」
「タツキ、私は2連続(偽勇者と旧友)でこの光景を見たことで、恐怖は増したが、むしろ状況を分析する方に頭が働いたんだ。『あの化け物、ドロドロに溶けて分解された肉片を、喰ってる……。地面付近に口があるんだ』」
「先程肩を叩かれたことと、分析に頭が回ったことで、動けるようになっていた。それと同時に、怪物――自体は触手部分に明確な"顔"はなかった――が、身体全体をひねらせて、私の方に向いたような挙動をみせた」
「『や、やばい!』全速力で走って逃げた。『とにかく、村から脱出しなければ!』」
「怪物がゴロゴロ回転しながら追いかけてきた! 家から外に出ていた村民は皆触手に巻き込まれて食べられた。ある程度食べられると、また球状の表面にまだ取り込まれていない村民の身体が浮かび上がり、新しく近くにいる村民を手当たり次第に食していく」
「『家の中に逃げて!』木造の建物の中に避難して行った親子がいたが、まるで意味がなかった。建物は触手がまとわりついて破壊され、中の親子も消化されていった」