触手の擬態 ②
「あれは1年程前、私がまだ大学に籍を置き、魔獣飼育の研究員だった時の話だ」ハロルドとボクはドラゴンの隣に生えていた木の切り株に腰をかけて休んでいた。ハロルドは当時の状況を教えてくれた。
「村が怪物に壊されて行く時、私は疲労困憊の中逃げ惑った。知人や幼馴染が『怪物』に襲われ、身体がバラバラに崩れ落ちて食い殺される光景を、たった数分間で何十回と見た。『早くこの村から脱出しなければ!――』そう思ったが、逃げ着いた先は"ここ"で、目の前には崖が広がっていた。行き止まり、もう逃げ場はない」
「怪物はなんの種類? ドラゴンじゃないよな」ボクは隣のドラゴンを宥めながら伺った。
「いや、違うよ。もしそうだったら竜騎士のキミにはもうちょっと早めにこの話をしていただろう。怪物は、そもそもこの『世界線』にいるべきではない異型の怪物だった。全身から触手が生えていたな。でも、まずはことのはじまりから順に話すべきだね」
「崖っぷちになる数時間前。私は魔法研究員というこのクラウス村に5年ぶりに帰省していた。村の入口付近で、旧友に出会った。『ハロルド、久々の帰省だな。お前がいない間、この村は色々大変だったんだ。でも"勇者様"が魔女を退治してくれた。村に平和が訪れたぞ!』彼はそう言った」
「あまり亡くなった旧友を貶したくないが、その時の彼や村全体の状態が"なにか怪しいモノを信望している危うい状態"に見えてならなかった。
『そう……らしいね』などと、私は適当に相槌を返した」
「クラウス村の長は村民の直接投票で決まる。件の魔女は通常の手順通り『立候補』して村長になった。しかし、昨年から徐々に外交が減っていき、今年頭になって、村を鎖国ならぬ鎖村したのだ。魔女の演説によれば、『疫病が流行ったので、外部に出すわけには行かぬ! こちらで疫病を収める術は把握しているので、他の都市や国の介入は不要、むしろ被害を広げかねない』とのことであった」
「そんな説明で、お国が納得するわけないと」ボクは自分がこの世界線に転移して見てきた"クヴァンツ王国"を思い返した。表向きは各自治区の主体性に任せると言いながら、実際にはかなり王家の影響力と権力の中央集中の強い国だ。
「もちろんだとも、タツキ。ボクは国直下の魔法大学で研究をする研究者だ。そしてこのクラウス村出身ということで、通常は参加できない『国による各自治区の調査』の調査員に情報提供者として同行することになった」
「私の参加が決まった頃――村に到着する1週間ほど前だが――には、既にいくつかのことがわかっていた。『調査の結果、魔女は《大魔法》に失敗したようだ。大魔法の種類はおそらく《異界からの転移・転生魔法》。結界を張り巡らせて、四六時中"封印魔法"に勤しんでいる』調査機関の人間が私に教えてくれたよ」
「ところが、急に"鎖村"は解除された」ハロルドは鍵のついたカバンからある書類を取り出した。当日の調査書の写しだという。
報告書No2『不可解な魔女討伐』より:
5箇所抜粋
・今年の某日に、突然クラウス村から、<魔女討伐成功>の報が国へなされた。
・話によると、前触れなく力の覚醒した勇者<レイ>という人物が出現した。
・「村を閉鎖して悪行を成す魔女を討伐し民衆を解放する!」
と村民を鼓舞し、賢者や狩人などとパーティを組んで、魔女の工房へ攻め込んだ。
・魔女の首を討ち取り、帰還して民衆の喝采を受ける。
・以後、勇者レイが暫定的に村を統治している。
「報告書を持ってきた調査団員は付け加えた。『魔女の"封印魔法"がどうなったのかは一切不明。村民は魔女の"方便"だと思って意に介さない様子だが、我々は魔女の行動が"真実"であったと把握している。まあ、そもそも転移・転生魔法の失敗と、国に援助を求めず独断で暴走したこともまた事実なので、魔女に同情する気はないが』」
「『しかし、封印のことはあとから勇者団に忠告できるだろう?』私は言った」
「『それが"勇者様"は《封印なんてものはなかった。全ては魔女の戯言だ》と返答したんだ』報告書を持ってきた事前調査員が言った」