魔法使いとドッペルゲンガー ①
はじめまして、ボクの名前はタツキ。
ある魔法世界で騎士をしている。文筆活動は趣味、副業だ。
読者のみんなに、9の短編物語を届けよう。物語は全てボクの友人「ルージュ・フイユ」という魔法使いが関わっている。
実を言うと第一話に当たる今回の話、直接的にはボクは関わっていない。しかし、ルージュがボクと数年ぶりに再会した時、ボクをある"国家組織"に誘う時のエピソードトークとして教えてくれた内容であるし、今後読者諸君を一連の魔法世界へ誘う物語としてもふさわしいと思う。
* *
舞台:科学世界の日本
20XX年 とある高校
登場人物
A男:異世界転生を夢見る男子生徒
B子:オカルト好きの女生徒
赤髪の謎の男性:???
「は〜、異世界転生したいなあ! そこでならきっと俺に秘められた隠しスキルで無双できるのに!」A男は1限前に教室の隅でB子に語った。
「はは、そんなこと言ってるからいつまで経っても非モテなんだよ。現実をみろ、現実を」B子は黒髪ストレートロングの出で立ちでメガネをかけており、手には怪しげなボロボロの書物を持っていた。
「あのなあ、現実を見ろって、オカルトにハマってるお前から一番聞きたくない言葉だぜ?」A男は書物を訝しげに眺めながら言った。
「いやいや、私の研究する超常現象は全部現実だから」B子はやれやれと肩を竦めて本を開いた。「それに異世界の話をするなら並行世界、マルチバースとしてしっかり考察しないとね。多世界解釈によると……」
「待て」A男は制止した。「まじでオカルトもSFも興味ない。つか異世界転生に多世界解釈とか微塵も関係ないだろ? その知識で俺がモテて無双できるならいいけど、違うだろ」
「はあ……まあでも、ドッペルゲンガーについては知っておいた方がいいよ」B子は本から目を離さずにいった。
「ドッペルゲンガー? なんで」
「よく『自分と全くおなじ人間、"ドッペルゲンガー"に出会うことは死の予兆って言うでしょ? この書物には死に方の詳細が書かれているの……本来交わるはずのなかった並行世界が交錯して、出会うはずのなかった同じ魂を持った瓜二つの人間が同じ空間にいると、身体がだんだんと溶けていって、ところどころ『ネズミ食いのチーズ』みたいになっていって、最終的に身体が全身バラバラになって死ぬのよ」
A男は途中から話をきいておらず、小テストの英単語をやっていないことに気づいて急いで単語帳を開いていた。どうせ覚えられもしないのに。「えっと、まだ喋ってた?」
「はあ……もういいわ。忠告はしたんだからね? それにこの書物、ドッペルゲンガーに相対する時の対処方が書かれたページが破れているから、私が考察した方法があってるか調べなくちゃいけないの。きっと成功する」
A男はいつもよりおしゃべりで興奮気味なB子に少し違和感を覚えたが、チャイムが鳴りすぐに英語の小テスト用紙が配られそちらに完全に気が取られ、すぐにB子の話を忘れてしまった。
……しかし、放課後にB子の話を思い出すことになる。
* *
――ドッペルゲンガーを見た、見てしまった。
A男は帰路の途中、赤信号で横断歩道の前に立っていると、見覚えのある風貌の男が向かいの歩道を通り過ぎて行くのが見えた。
A男は少し自分を美化していたので、多動的でぼっさりした髪型の彼を見て少し嫌悪感を感じつつも、鏡ではなく動画に映るタイプの自分の姿に似ているなとたしかに思った。
そういう奴も時にはいるか……と思って、一瞬だけドッペルゲンガーのことを思い出しつつ、青になったので横断歩道を渡ろうとした。
瞬間、
急激なめまいに襲われて、その場でうずくまってしまう。ほんの一瞬に感じたが、A男が顔をあげた時には既に赤信号に変わっており、車にクラクションを鳴らされてしまった。
走って向かいの歩道に渡れるほど進んでおらず、元いた側の歩道にゆらゆらと戻って電信柱に手をついてバランスを保った。
気になって先程見つけた自分のそっくりさんを探したが、すでに近くにはいないようで、見つけられなかった。
しばらく信号が赤青と変わるのを眺めたあと、めまいが収まり、自宅に帰った。
翌朝。
A男はB子に昨日の話題を話すか悩んでいた。
きっと『昨日興奮していて、ドッペルゲンガーの話題を出したこと』と、『放課後のそっくりさん』は"偶然"であるし、そのことを話すとB子は調子に乗ることが目に見えていたからだ。
ちなみに、B子とA男はそれぞれ教室に1番目、2番目に入室する。お互い帰宅部なのに、1時間前には教室に到着する変人だ。だから、教室に誰か一人がいて、自分が2番目だったならば、当然一人目はB子であろうとA男は思っていた。
しかし、B子の座席に座っていたのは、髪色が真っ赤な男性であり、見間違えようがなかった。
「……誰?」
A男は不審に思って話しかけると、赤髪の男は怪訝そうにA男の顔を伺った。
「君、部活の朝練とか?」赤髪の男がきいた。
「いいえ、別に……」
「じゃあ、勉強を早めに来てするとか?」
「いや、遅刻怖いんでどうせなら早めについて置こうってのと、読書の時間にと思って」
「……ふーん。君、あんまり利口じゃないって言われるだろ?」
「な!? 失礼なやつだな……」
赤髪の男はA男が言い終わる前にさっさと立ちあがって教室を出ていった。
出入口で朝練を控えた他のクラスメイトと入れ違いになり、会釈した。
クラスメイトは一瞬不審に思ったが、教室にいるA男を見て「(あいつの友人か)」と思うに留めた。
A男は社交的な性格ではなく、不審者を学校に通報するという考えが及ばなかったので、「(なんなんだあいつは)」と思いつつ、特に他のクラスメイトに話題を振らずに自席についた。
その日、B子は欠席した。
*
その日の放課後。
A男は例の横断歩道に来た。その歩道を迂回したい気持ちと、そっくりさんが見間違いではなかったか確かめたい気持ちが半々であったが、ついに好奇心が勝っていつも通りの帰路を選択した。赤信号を待っている間、特にそっくりさんを見つけることはなかった。
「ま……どうでもいっか」そう言って青信号で歩き出した時、向かいの通りの右側から、そっくりさんが現れた。
めまいも同時に
(あ、やばい)
先日より強くぐるぐる回る視界に危機感を覚えて片手を地面につけるが、もう片方の腕は地面に着く前に誰かに捕まれ、引っ張り挙げられた。
「大丈夫か? 教室であった君が『被害者』だったとはね。大事に至る前に発見できて良かったよ」引っ張りあげた人物は、早朝教室で出会った赤髪の不審者だった。
昨日よりもめまいや痛み、吐き気が酷いなか、気を失う前にA男が見た最後の光景は、異様なものだった。
自分のそっくりさんが4、5人の黒マントに身を覆った集団に囲まれたかと思うと、黒色が霧状になって散り散りになり、全員その場から消えてしまった。