皇帝と築かれる世界
扉を開くと、少女の目の前に広がるのは整然とした都市の風景だった。
広場では人々が働き、家々は石造りでしっかりと並び、道はまっすぐに敷かれている。
まるで見えない手によって計画的に形作られたような世界。
彼女は、ゆっくりとその街を歩き始めた。
人々は忙しそうに働いているが、どこか安定した穏やかさが漂っている。
すべてが決まった形に収まり、無駄のない秩序が息づいていた。
やがて、目の前に壮大な城がそびえ立つ。
それは、まさにこの世界の「中心」。
大きな門の前に立つと、甲冑に身を包んだ衛兵が彼女を見下ろした。
「通るには、己の意志を示せ。」
少女は驚いた。
「意志……?」
「この城の門は、誰にでも開かれるわけではない。」
衛兵の声は揺るぎない。
少女はしばらく考え、ゆっくりと手を胸に当てた。
「私は……この世界を知りたい。自分の歩むべき道を知りたい。」
衛兵は一瞬黙った後、静かに門を開いた。
「ならば、皇帝に会うがいい。」
少女が広大な城の中を進むと、そこには広く高い玉座の間があった。
堂々とした赤い衣をまとい、金の冠を戴く男が王座に座っている。
彼は少女を見据えると、ゆっくりと口を開いた。
「よく来たな。」
その声には迷いがない。
響き渡るその言葉は、まるで石に刻まれるかのように重く、確かなものだった。
少女は自然と背筋を伸ばした。
「お前は何を求めてここへ来た?」
皇帝はじっと少女を見つめる。
その眼差しは鋭く、だがどこか優しさも秘められていた。
「……私は、この種をどうすればいいのか知りたいのです。」
少女は、女帝から受け取った小さな種を見せた。
皇帝は、静かに椅子から立ち上がり、重厚な足音を響かせながら近づく。
彼の動きは無駄がなく、すべてに意味があるようだった。
「種か。」
彼はその小さな存在を見下ろし、ゆっくりと手を差し出した。
大きく、傷のある手だった。
「それは、お前がこれから築くものの象徴だ。」
少女は、戸惑いながらも皇帝を見上げた。
「……築く?」
「世界とは、ただ受け取るものではない。」
皇帝の声は低く、しかし揺るぎない。
「自らの意志で築き上げるものだ。」
彼は玉座の間の大きな窓へと歩き、外を見渡す。
その背中は、まるで世界を背負っているかのように堂々としていた。
「この城も、街も、人々の暮らしも、すべては誰かの意志によって形作られた。」
「……でも、私はまだ何も持っていません。」
少女の声は、少し震えていた。
皇帝は振り返り、静かに言った。
「持っていないのではない。まだ形にしていないだけだ。」
彼は少女の手を取り、力強く握る。
「どんな世界を築くかは、お前自身が決める。」
その手の温もりは、大地のように確かで、迷いを吹き飛ばすものだった。
「お前はどんな場所に種を植え、何を育てる?」
少女は息をのんだ。
皇帝の言葉は、まるで心の奥深くに届くようだった。
「……私が決める……?」
皇帝は頷く。
「誰も、お前の代わりに選ぶことはできない。」
少女は、自分の中に湧き上がる想いを感じた。
確かに、誰かに答えを求めるばかりでは、何も生み出せない。
自らの手で選び、育て、築いていかなければならないのだ。
彼女は、ゆっくりと手の中の種を握りしめた。
皇帝は最後の問いを投げかけた。
「お前は、この城に留まり、与えられた秩序の中で生きることもできる。」
「だが——」
彼は少女の目をまっすぐに見つめる。
「お前自身の世界を築きたければ、自らの足で歩み、選び、根を張れ。」
少女は息を吸い込んだ。
恐れもある。
でも、彼の言葉は確かに彼女の心を奮い立たせた。
「……行きます。」
皇帝は、その答えを聞き、わずかに微笑んだ。
「ならば行け。」
その瞬間、城の大扉が開き、光が差し込んだ。
次なる旅立ちを告げるように。
少女は、皇帝を振り返った。
「……ありがとうございました。」
皇帝は静かに頷いた。
「お前の道が、お前自身の意志で築かれることを願おう。」
少女は力強く一歩を踏み出した。
扉の向こうには、新たな世界が待っていた——。