節制と芽吹く未来
扉を開けた瞬間、少女は目を見開いた。
目の前に広がっていたのは——
死神が壊した世界だった。
荒れ果てた大地。
砕けた岩、枯れた草木、まだ灰が舞う空。
死の余韻が、ここにはまだ残っていた。
「……終わったはずなのに。」
死神の世界を抜けたはずなのに、なぜここに?
その時——
シャラ……シャラ……
どこからか、水の音が聞こえた。
少女は音の方へ歩く。
すると、そこに立っていたのは 白い翼を持つ女性 だった。
彼女は、片手に 二つの壺 を持っている。
片方の壺から水をすくい、もう片方へと静かに流していた。
それは、まるで 大地を潤すかのように 優しく、穏やかな動きだった。
「……あなたは?」
「私は『節制』。」
女性は微笑んだ。
「あなたが"終わらせた世界"を、新しい流れで満たす者。」
少女は驚いた。
「私が……終わらせた?」
「そう。あなたは、"過去の自分" を手放した。
だから、この世界もまた、一度終わりを迎えたのです。」
彼女はそっと足元の地面に水を注ぐ。
すると、その場所から 新しい草が芽吹いた。
「でもね、"終わる" ということは、"再び始まる" ということでもあるの。」
少女は、死神の言葉を思い出す。
——何かを捨てなければ、新しいものは生まれない。
そのとき、少女のポケットの中で 何かが温かく光った。
「……?」
そっと手を入れると、そこにあったのは——
女帝からもらった種。
「……これ……!」
少女は、ずっとこの種を持っていた。
でも、どこで植えればいいのかわからなかった。
いつ植えればいいのかもわからなかった。
——でも、今ならわかる。
「私は……この種を植える。」
彼女は、そっと大地に膝をつく。
荒れ果てた土の上に、小さな穴を掘る。
そこへ 女帝のくれた種を、そっと埋める。
節制は、優しく微笑んだ。
「あなたの中に"新しい流れ"が生まれたから、その種は育つのよ。」
彼女が手をかざすと、壺の水が光を帯び、少女の手のひらへと流れ込んできた。
「この水は……?」
「それは、あなたの中から生まれたもの。」
「死神を超えたあなたは、もう"昨日のあなた"ではない。」
「だからこそ、その水で育つのは——"新しい未来"。」
少女はそっと水を注ぐ。
すると——
ポツン……
種の殻が割れ、小さな芽が顔を出した。
「……!」
「ほら。」
節制は微笑む。
「"捨てたもの"の代わりに、あなたの中には"新しいもの"が生まれているの。」
少女は、芽吹いた小さな葉を見つめた。
——私は、もう"昨日の私"じゃない。
——でも、それは"別の誰か"になったわけじゃない。
——私は、"新しい私"として、ここから始まるんだ……!
彼女がそっと水を注ぐと、次々に芽が出ていく。
死神の世界にあった灰色の大地が、ほんの少しずつ 色を取り戻していった。
「終わりを迎えた世界は、すぐに元通りにはならない。」
節制は静かに言う。
「でも、焦ることはないわ。」
「流れは、少しずつ整っていく。
すべてが再生し、新しいバランスを取り戻す時が必ず来る。」
少女は、優しく土を撫でた。
種が、確かに根を張っていくのを感じる。
その中心に——
新たな扉が現れる。
少女は、種を植えた場所を見つめながら、静かに微笑んだ。
「ありがとう。」
節制は静かに頷く。
「あなたが流れを作るのよ。」
少女は深呼吸をして、扉へと歩き出した。
——終わりの後には、新しい始まりがある。
その種を育てるのは、自分自身なのだから。