隠者と灯る光
少女は、新たな扉の前に立っていた。
これまでの世界とは違い、扉は古びた木製で、控えめな装飾が施されている。
鍵を差し込むと、重く、静かな音を立てて扉が開いた。
そこに広がるのは、静寂の世界だった。
足元には砂利道が続き、辺りには高い山々がそびえている。
夜空には無数の星が輝き、冷たく澄んだ空気が肌を撫でた。
だが、この世界には誰もいない。
少女は、ふと寂しさを覚えた。
これまでの旅では、どんな世界にも導く者がいた。
女教皇、女帝、皇帝、正義……彼らはそれぞれの役割を持ち、少女に何かを示してくれた。
だが、今は誰もいない。ただ、一人。
「……ここには、誰もいないの?」
その時——
遠くの崖の上に、かすかに灯る光が見えた。
少女は迷わず歩き出した。
誰かがいるのなら、そこへ向かえばいい。
光に導かれるように、暗い道を進んでいく。
だが、道は険しかった。
砂利道は時折崩れ、足を取られる。
風は冷たく、体温を奪っていく。
暗闇の中、どこに進めばいいのかわからなくなりそうだった。
「……このまま、進んでいいのかな。」
ふと、少女の足が止まる。
ここに来るまで、彼女は数々の選択をしてきた。
知識を得て、受け入れ、秩序を知り、進む力を手に入れた。
正義の世界では「自分の選んだ道を正しいと信じること」を学んだ。
けれど——
「私の選択は、本当に正しかったの?」
思えば、彼女は常に誰かに導かれ、その言葉を頼りに進んできた。
でも、今ここにいるのは、自分だけ。
「私は、自分で自分の道を決められているの?」
心の奥底にあった疑問が、暗闇の中で浮かび上がる。
その瞬間、少女は膝をついた。
「……どうしたらいいの。」
その時——
「迷うことを、恐れるな。」
低く、静かな声が響いた。
顔を上げると、いつの間にか目の前に一人の老人が立っていた。
白い衣をまとい、手には一本の杖。
そして、もう片方の手には、小さなランタンを持っている。
「私は『隠者』。ここは、己の真実を見つめる場所。」
隠者は少女をじっと見つめた。
彼の目には、長い旅路の果てにたどり着いた者だけが持つ、深い知恵と静寂が宿っている。
「あなたは……私に何かを教えてくれるの?」
隠者は首を横に振った。
「私は何も教えない。
ただ、あなたが自分の内側にある答えを見つけるのを見守るのみ。」
少女は戸惑った。
今まで出会った存在は、皆、何かを教えてくれたのに。
「……どうすれば、自分の答えが見つかるの?」
隠者はランタンを掲げた。
「光を見よ。この光は、お前の心にあるもの。」
少女は、その小さな光をじっと見つめた。
柔らかく揺れるそれは、夜の闇の中で確かに存在している。
「答えは常に、お前の中にある。
ただし、それを見るには静かに耳を傾けることが必要なのだ。」
少女はハッとした。
——今まで、誰かの声ばかりを頼りにしていた。
——だけど、本当に大事なのは、「自分の声を聴くこと」なのではないか?
彼女はそっと胸に手を当てる。
確かに感じる、自分自身の鼓動。
「……私は、何を恐れていたんだろう。」
少女がそう呟いた時、ランタンの光が少しだけ強くなった。
それは、まるで彼女自身の中の迷いが晴れた証のようだった。
隠者は微かに微笑み、ゆっくりと背を向けた。
そして、夜の闇の中へと歩き去る。
「あなたは、どこへ?」
少女の問いに、隠者は答えなかった。
ただ、遠くから静かな声が響く。
「進むも、止まるも、お前が決めること。」
「だが、迷った時は、自分の光を見よ。」
少女が再び顔を上げた時——
目の前に、次の扉が現れていた。
少女は小さく息を吐き、そっとランタンを握りしめる。
それは、ほんの小さな光だったけれど、確かに彼女の心を照らしていた。
——次の世界へ。
自分の中にある光を頼りに。
少女は、一歩を踏み出した。