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弱い本音

 数日後の夜。

 アリサは夕食と湯浴みを終え、寝るまでの間自由時間を過ごしていた。

 手足は枷と鎖で繋がれているが、この広く豪華な部屋の中なら自由にして良いのである。

「アリサ、もし良ければ僕とチェスをしないかい?」

 ニコライはチェスのボードを持って来た。

「ええ」

 カウチソファで読書をしていたアリサは、特に断る理由がなかったのでコクリと頷いた。

(チェス……久々にするわ。お父様が生きていた頃は、よくお父様と対戦していたわね。お母様は(わたくし)達の対戦の様子を隣で楽しそうに見ていたわ)

 アリサは両親が生きていた頃を思い出し、懐かしそうにアメジストの目を細めた。

「ただ普通にチェスをするのもつまらないから、負けた方は勝った方の言うことを何でも一つだけ聞くっていうのはどうだろう?」

 やや悪戯っぽい表情になるニコライ。

(負けた方が勝った方の……。お父様と対戦した時は、勝率は五分五分だったわ。ニコライ殿下にも……もしかしたら勝てるかもしれないわね)

 アリサはふふっと口角を上げる。

「承知いたしました」


 こうして、二人のチェスが始まった。

(……この調子なら、勝てる可能性があるわね)

 アリサは数手先まで考え、白のナイトを動かす。

 ニコライとアリサは互角だった。

 中盤までは。

(あら? もしかして……(わたくし)、今不利になっている?)

 対戦中盤を超えたあたりから、アリサはじわじわとニコライに追い詰められていた。

 ニコライは余裕そうな表情で黒のクイーンを動かす。動かした先は、アリサが最も困る位置だった。

(どうしよう……。今ルークを動かしたらチェックメイトだわ。ナイトなら……チェックにはなるけれど、次の一手で回避は可能……)

 アリサには焦りが見えた。

 そして……。


「チェックメイトだね」


 ニコライはニヤリと口角を上げた。

 アリサは若干悔しそうに黙り込んでしまう。

「アリサ嬢、覚えているよね? 負けた方は勝った方の言うことを一つだけ何でも聞くこと」

 ニコライは悪戯っぽくワクワクとした、どことなく妖艶な表情である。

(ニコライ殿下……一体(わたくし)に何を要求なさるおつもりかしら……? 今の殿下の様子だと……何だかとんでもないことを要求されそうな気がするわ。……もしかしたら、(わたくし)の純潔を……)

 アリサの心臓は跳ね、少しゾクゾクとしている。


 ニコライはゆっくりとアリサが座るカウチソファまでやって来て、彼女の隣に腰を下ろす。

 アリサの鼓動は速くなったままで、少しだけ肩をピクリと震わせた。

 今のアリサはまともにニコライを見ることが出来ない。

「アリサ嬢、どうか……どうか僕の側から離れないで欲しい……」

 隣から聞こえて来たのは、少し弱々しく切なく、懇願するような声。

「え……?」

 予想外のことを言われ、アリサは驚き思わずニコライの方を見る。


 甘く切なげな表情のニコライ。アリサに真っ直ぐ向けられているラピスラズリの目は、いつもの余裕そうな様子とは違いどこか弱々しい。


 ニコライは自嘲してアリサに装着している枷と鎖に触れる。

「本当は枷や鎖(こんなもの)を使わずに、アリサ嬢には自由でいてもらいたい。だけど……そうしたら君は僕の元から逃げてしまうのではないかと不安なんだ。僕は……何もないつまらない人間だからね」

 ニコライの声は震えていた。

「僕はただ、アリサ嬢を愛しているだけなんだ。去年の成人(デビュタント)の儀で君を見たその時から。今まで、どんなことにもあまり本気になれなかったけれど、アリサ嬢のことになると、いてもたってもいられない。まるで僕が僕でなくなるかのようだった。そのくらい、アリサ嬢に対して僕は本気なんだ」

 真っ直ぐ向けられるラピスラズリの目。

「殿下……」


 初めて聞いたニコライの弱い本音とアリサに対する本気度。

 最初はいきなりアリサを誘拐、監禁したのでニコライのことを少し怖いと感じていた。

 しかし、ニコライはアリサが本気で嫌がることは絶対にしなかった。アリサが守ろうとしているリヴォフ公爵家を守ろうとしてくれた。アリサの両親の形見を取り戻してくれた。


 アリサはゆっくりとニコライの震える手を握る。

 その時、シャリンと鎖が擦れる音がした。

 ニコライの手は、アリサの小さく温かい手に包まれる。

「アリサ嬢……!?」

 ニコライは驚き、ラピスラズリの目を大きく見開いていた。

「ニコライ殿下、(わたくし)はどこにも行きませんわ。この先も殿下のお側にいることをお約束いたします」

 アリサはアメジストの目を真っ直ぐニコライに向けた。

「確かに最初は驚きましたし、少し怖かったです。ニコライ殿下が(わたくし)を誘拐して監禁している事実は変えることが出来ません。ですが……ニコライ殿下が(わたくし)の為に、リヴォフ公爵家の為に動いてくださった事実も変わりません。(わたくし)はニコライ殿下を受け入れる覚悟が出来ましたわ。それに、ニコライ殿下はつまらない人間ではございません」

 アメジストの目は力強かった。

「アリサ嬢……!」

 ニコライはアリサを強く抱きしめた。アリサはニコライの大きな体に包み込まれる。

「ありがとう、アリサ嬢。愛してる。愛してるよ」

(わたくし)も愛しておりますわ、ニコライ殿下」

「嬉しいよ、アリサ嬢。……リヴォフ公爵家の件、今後捜査ペースを進める。早く君と結婚出来るようにするよ」

「期待しておりますわ」

 すると、ニコライはアリサを解放する。

「アリサ嬢、君はさっきこの先もずっと僕の側にいてくれると言ったね」

 アリサは「ええ」と頷く。

 すると、ニコライはニヤリと口角を上げた。

「言質は取ったよ、アリサ嬢。僕はもう君を一生逃さないからね。覚悟してね(愛してるよ)

 甘く仄暗いラピスラズリの目。妖艶な笑み。いつものニコライに戻ったのであった。

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