ニコライにも悩みがある
若干女性の尊厳が奪われるような描写があるのでご注意ください。
ある日、宮殿にて。
「ニコライ!」
ニコライが宮殿の廊下を歩いていると、何者かから勢いよく呼び止められた。
ニコライはアシルス帝国の第二皇子である。そんな彼を敬称なして呼び捨てすることが出来る者は限られている。
「兄上、どうかしたのですか?」
ニコライを呼び止めたのは、彼の兄であるアシルス帝国皇太子エフゲニーだった。
ニコライと同じく、月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にラピスラズリのような青い目だ。顔立ちもニコライと似ているが、凛々しさはエフゲニーの方がある。
「お前は何をしている!?」
血相を変えて慌てたようにニコライに詰め寄るエフゲニー。
「兄上、落ち着いてくださいよ」
エフゲニーとは対照的に、落ち着いて余裕そうな表情のニコライ。
「落ち着いていられるか! ニコライ、お前は未婚のご令嬢に何てことをしているんだ!?」
「未婚のご令嬢……ああ、リヴォフ筆頭公爵家のアリサ・ラヴロヴナ嬢のことですね」
ニコライは相変わらず余裕そうに口角を上げる。
「その様子ですと兄上もアリサ嬢が僕と一夜を過ごしたことはご存知のようですね。大丈夫ですよ兄上。僕とアリサ嬢が結婚することは確定です。アリサ嬢との結婚、楽しみで仕方がないですよ」
ニコライはワクワクとしたようにラピスラズリの目を輝かせている。恐ろしい程に真っ直ぐな目だ。
「お前という奴は……! 公務で少し帝都を離れていたらこれだ……!」
エフゲニーは呆れたようにため息をついた。
「アリサ・ラヴロヴナ嬢の名誉のこともあるし、どうしたら……」
再び盛大なため息をつくエフゲニー。
「ああ、そのことですが、確かに僕はアリサ嬢と一夜を同じ部屋で過ごしました。でも、体の関係はありませんよ。アリサ嬢は純潔を失っていません。アリサ嬢が僕としか結婚出来なくなるよう周囲にそう見せつけて既成事実を作っただけです。まあ、媚薬効果のある強制排卵薬をアリサ嬢に飲ませて僕の子を孕ませてしまい、アリサ嬢を僕から完全に逃げられなくする手もありましたが」
ニコライのラピスラズリの目から光がスッと消えた。
「ニコライ、お前は何を考えている!? その考え方は男としてどうかしているぞ!」
エフゲニーはとんでもないことを言ったニコライの頭をバコっと引っ叩いた。
「痛いですよ兄上。それに、まだアリサ嬢の純潔を奪ったわけではありませんよ。無理矢理した場合、アリサ嬢の心は二度と手に入らなくなる。そんなのは虚し過ぎますから、僕だって手段を選びましたよ。アリサ嬢を愛していますからね」
ニコライはフッと笑った。
「それに兄上、これは貴方の立場を盤石にする為でもあります」
「……ニコライ、どういうことだ?」
エフゲニーは呆れながらも聞き返す。
「兄上は、リヴォフ公爵家……具体的に言えばアリサ嬢の叔父やその妻子、それからアリサ嬢の婚約者とされている奴らが国家反逆を企てていることにはお気付きでしたか?」
ニコライがそっと耳打ちすると、エフゲニーはラピスラズリの目を大きく見開いた。
「何だと!? それは本当か!?」
「兄上、耳元で煩いです」
ニコライはエフゲニーの大声に眉を顰めた。
「まあ、詳しいことはまだ調査中です。事後報告になっていますが、皇帝陛下にはリヴォフ公爵家の調査やアリサ嬢の保護の許可をもらっています。何も問題はありません。兄上は安心してくださいよ」
ニコライは自信ありげなしたり顔である。
「ニコライ、お前は誰よりも早く異変を察知したり、私よりも色々な面で優秀だ。もうお前が皇太子となり次期皇帝になれば良いとすら思う。暴走さえしなければ、私よりも皇帝の資質はあるぞ」
エフゲニーは何度目かわからないため息をついた。
「そんな、僕が次期皇帝だなんて面倒……畏れ多い」
「ニコライ、お前今面倒と言ったな」
「とにかく、僕よりも兄上の方が皇帝に向いていますよ」
ニコライはハハッと笑う。
エフゲニーのツッコミは無視である。
「僕はただ、愛する存在と一緒になりたいだけです。その上で兄上の地位も確かなものになるのなら、一石二鳥でしょう」
ニコライはフッと笑った。
「ああ、もうこの件はお前に任せる」
エフゲニーは諦めたようにフッと口角を上げるのであった。
エフゲニーが立ち去った後。
ニコライはエフゲニーの後ろ姿をじっと見つめていた。
「僕は兄上が羨ましい。兄上は努力して色々なものを身につけている。それが確固たる自信に繋がっているじゃないか」
ニコライは自嘲気味に笑う。
ニコライは元々天才肌で、何でも一発で成功してしまうタイプである。
一方兄のエフゲニーは何度か挑戦して試行錯誤を繰り広げて成功を掴むタイプだ。その努力や試行錯誤を経てエフゲニーは色々なことを身につけて自信を持つようになっていた。突出して得意なこともある。
一方ニコライは何でも簡単に出来てしまうので、色々なことが身についている感覚を得られなかった。エフゲニーと違って突出した何かがない。いわゆる器用貧乏である。そして次第に人生が酷くつまらなく感じるようになったのだ。
(だから、僕は兄上と違って何もない……)
ため息をつくニコライ。
ラピスラズリの目は、弱く揺れていた。
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