ニコライなりの誠意
アリサがニコライに誘拐されてから、これでもかという程に甘やかされる生活が始まった。
「アリサ嬢、はい、あーん」
現在アリサはニコライからクッキーを手渡しで食べさせられている。
「ニコライ殿下、自分で食べられますわ」
アリサは困惑したような表情だ。
「うん。でも、僕がそうしたいんだ。お願い。ね、アリサ嬢」
甘く虚ろなラピスラズリの目。懇願するかのような表情のニコライ。
アリサは何も言えなくなり、ニコライの手からクッキーを食べることになった。
「あ……」
蜂蜜の優しい甘味とほんのりピリッとしたスパイスの刺激が口の中に広がる。
それはアリサにとって懐かしい味だった。
「アリサ嬢、どうだい?」
「美味しいです。……昔お父様とお母様と一緒に食べたクッキーと同じ味ですわ」
アリサは少しだけ表情を綻ばせた。
この場所に来てまだ数日しか経過していないが、出される食事やティータイムのお菓子は恐ろしい程にアリサ好みの味なのだ。
どうしてここまで自分の好みの食事やお菓子が用意されているのかは、敢えて聞かないアリサである。
おまけにニコライはアリサの着替えや入浴の手伝いまでしようとしたので流石にキッパリと断るアリサである。ニコライも諦めたようで、着替えや入浴に関してはノータッチになった。
アリサが本気で嫌がることはしないようである。
また、勝手にアリサの体に触れるようなことはせず、手を握る際もアリサに許可を得てから握るニコライであった。
(まあ……私が嫌だと言えばニコライ殿下はやめてくださるし、無理やり体の関係を迫って来ることもないわ。それにここには私を虐げてくる人はいない。叔父一家がいるリヴォフ公爵城にいるよりは快適だわ。……この枷は外して欲しいけれど)
アリサは思ったより快適な暮らしをしていたのだ。
手足の枷が外されることはなかったが。
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ニコライはリヴォフ公爵家を乗っ取っているアリサの叔父一家を調べる為に、定期的にリヴォフ公爵城へ向かう日々が続いていた。
ニコライがいない間、アリサは相変わらず枷を装着されたままであった。しかし、読書や刺繍、領地経営の勉強など室内なら自由に過ごすことが出来た。
使用人達も軽食などを持って来てくれるので、痩せ細っていたアリサは健康的になっていた。真っ直ぐ伸びたブロンドの髪にも艶が戻り、肌の荒れもすっかり元通り。アメジストの目の下の隈も消えている。
そんなある日の夕方。
「アリサ嬢、ただいま」
ニコライは大きめの荷物を持って帰って来た。
「お帰りなさいませ、ニコライ殿下。その荷物は……?」
アリサは不思議そうに首を傾げている。
「開けてごらん」
ニコライは意味ありげに口角を上げた。
アリサは何だろうと思いながらニコライが持ち帰った荷物を開ける。
中には少し埃を被った懐中時計やヴァイオリン、万年筆やアクセサリーなどが入っていた。
アリサはアメジストの目を大きく見開いた。
「これ……お父様とお母様の形見ですわ……!」
叔父一家に奪われていたアリサの両親の形見。アリサが大切にしたかった品々である。
「今日の潜入調査ついでに取り返して来たんだ。アリサ嬢の大切なものだと思ったからね」
「ありがとうございます……ニコライ殿下」
アリサは懐かしさと嬉しさのあまり、アメジストの目から涙を流す。
(お父様……お母様……)
嗚咽を漏らすアリサに対し、ニコライはそっと優しく涙を拭った。
「アリサ嬢、落ち着いたかい?」
ニコライは優しい表情でアリサを覗き込む。
アリサはコクリと頷いた。
「本当に……ありがとうございます、殿下」
アリサは柔らかく微笑んだ。
「あの、ニコライ殿下」
「何だい、アリサ嬢?」
「殿下はリヴォフ公爵家を調べていると仰いましたが、公爵家の様子はどうでした?」
アリサは自分がニコライに保護(誘拐)された後、リヴォフ公爵家がどうなっているのかが気になった。
するとニコライの表情が険しくなる。
「奴らは……アリサを気にかける素振りすら見せなかった。それどころか、アリサを死んだことにしようとしている……!」
ニコライはグッと拳を握りしめる。
「左様でございますか……」
叔父達が考えそうなことだとアリサは苦笑した。
「だけどアリサ嬢、奴らにそんなことは絶対にさせない。僕が君を守るし、君が大切にしているもの全てを守る」
ニコライはラピスラズリの目を真っ直ぐアリサに向ける。
アリサを誘拐した張本人とはいえ、アリサを大切にしていることが分かる表情だ。
「ニコライ殿下……」
アリサの胸が少し高鳴る。
「大丈夫だよ、アリサ嬢。死ぬことになるのは君を虐げていた奴らの方だからね」
ニコライはボソッと小さな声で呟いた。ラピスラズリの目からは光が消えて虚ろである。
アリサは敢えて聞こえないふりをした。
「今日取り返せたのはこれだけだった。でも、君が叔父一家達から奪われたものは必ず僕が取り返すと約束する。奴らは国家反逆を企てているが、リヴォフ公爵家自体を潰させはしない」
色々と恐ろしく思うところはあるが、ニコライのラピスラズリの目からは確固たる意志が感じられた。
「リヴォフ公爵家の件、信じております」
アリサはアメジストの目を真っ直ぐニコライに向けるのであった。
いきなりの誘拐、監禁に色々と思うところはあるが、ニコライがリヴォフ公爵家を何とかしようとしてくれていることは十分に伝わった。
ニコライなりの誠意なのだろうと彼を受け入れ始めたアリサである。
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