虐げられた生活
リヴォフ筆頭公爵家が治めるリヴォフ公爵領は、アシルス帝国帝都ウォスコムと隣接している。
筆頭公爵家故、アシルス帝国内でかなり重要視されている。
おまけにリヴォフ公爵領の面積は広大だ。そしてリヴォフ公爵城がある地域が街として最も栄えている。
立派で豪華絢爛なリヴォフ公爵城。歴代当主達が守ってきた城と領地。リヴォフ公爵家長女として生まれたアリサ・ラヴロヴナ・リヴォヴァは、歴代当主達が守ってきたものを自分も守っていこうと意気込んでいた。
しかし……。
「ちょっとアリサ! 何なのよこの紅茶は!? 熱過ぎるし濃過ぎるわよ!」
甲高い怒声にアリサはビクリと肩を震わせる。
「申し訳ございません、ウリヤーナ様」
アリサは同い年の従妹ウリヤーナに謝ることしか出来ない。
「それに、このジャムも何? 私はブルーベリーのジャムを持って来てと言ったの。全然違うジャムじゃない」
「申し訳ございません。その、ブルーベリーのジャムは切らしておりまして」
「言い訳なんか聞きたくないわよ!」
甲高い怒声と共に、アリサは左手に熱い紅茶をかけられてしまう。
「……申し訳ございません」
熱さで一瞬表情を歪めるものの、アリサには謝罪の言葉しか口にすることを許されていない。言い訳をすると、先程のように熱い紅茶をかけられたり暴力を振るわれたりするのだ。
「騒がしいな」
「一体何の騒ぎかしら?」
「ウーリャ、どうしたんだい?」
そこへ、壮年の男女二人とアリサやウリヤーナと同い年くらいの青年がやって来る。
「お父様、お母様、デミード様、聞いてください。アリサったら全然使えないのですわ。不味い紅茶を入れるし私の好きなブルーベリージャムを用意しないのです。楽しみにしていた午後のティータイムなのに、アリサのせいで台なしよ」
ウリヤーナはわざとらしくため息をつく。
「アリサ! お前の両親が死んで以降この家に置いてやっているというのに、俺の可愛い娘ウリヤーナを悲しませるとは何て恩知らずなんだ!?」
「本当に愚図な娘ね」
アリサの叔父ヴラスと叔母プリヘーリヤからも責められてしまう。
「こんなのが俺の婚約者だなんて。早く俺の婚約者をコイツからウーリャに変える手続きをしないと」
心底嫌そうに言うのは、一応アリサの婚約者であるウグロモフ侯爵家次男デミード。黒褐色の髪、ペリドットのような緑の目の青年だ。デミードはリヴォフ公爵家に婿入りして継ぐので、リヴォフ公爵城に来てもらっているのだ。しかしデミードはウリヤーナを親しげに愛称のウーリャと呼び、アリサを蔑んでいる。
「申し訳ございません」
ここでもアリサは謝罪の言葉しか口にすることを許されていなかった。
アリサの父ラーヴルはリヴォフ家当主だった。
ラーヴルとその妻ロザーリヤの間に生まれたアリサ。
アリサは両親からの愛を一身に受け、立派な淑女に育った。
アシルス帝国では女性が爵位を継ぐことは出来ないが、アリサはいずれ婿を迎えてリヴォフ公爵家や領地を守っていく覚悟を持っていた。
昨年十五歳になり成人し、デミードと共に将来リヴォフ公爵家を盛り立てて行くところだった。
しかし昨年の秋、リヴォフ公爵領内で起こった事故に巻き込まれてアリサの両親は不幸にも帰らぬ人となってしまったのだ。
アリサとデミードは婚約しているが、まだ結婚していない状態だ。未婚のアリサは爵位を継げず、結婚までの間誰かに中継ぎをしてもらわないといけない。
そこで現れたのがラーヴルの弟、つまりアリサの叔父であるヴラスだった。
ヴラスはアリサの後見人となり、妻プリヘーリヤと娘ウリヤーナを引き連れてリヴォフ公爵家にやって来たのだ。
しかしアリサは叔父一家から使用人のように扱われ始めた。
ヴラスからは仕事を押し付けられ、ウリヤーナにはドレスや部屋や婚約者デミードなどありとあらゆるものを奪われ、プリヘーリヤからはネチネチと精神攻撃をされる日々である。使用人もアリサやアリサの両親達の味方は全員解雇され、叔父一家の味方しかいなくなった。最終的にアリサはヴラス達からの許可なくリヴォフ公爵城に入ることを禁じられ、今は倉庫で生活をしている。
アリサの真っ直ぐ伸びたブロンドの髪からは艶が失われかけており、白くきめ細かい肌も少し荒れてきている。そして、アメジストのような紫の目の下には薄らと隈が出来ていた。
その反面、ウリヤーナのふわりとカールしたブロンドの髪には艶が増し、肌も美しくエメラルドのような緑の目は日に日に輝きを増していた。
「まあ良い。アリサ、お前はもう戻れ。しばらく俺達の前に姿を出すな」
「……承知いたしました」
椅子に座るヴラスに対し、アリサは俯きながらそう返事をし、その場を立ち去ろうとした。
その時、ウリヤーナに足を引っ掛けられ転んでしまう。
「まあ、アリサ! 私の足を蹴ったわね! 痛いわ!」
わざとらしい怒号。ニヤニヤと嫌な笑みのウリヤーナだ。
「アリサ! よくもウリヤーナの足を蹴ったな!」
ヴラスは勢いよく立ち上がり、転んだままのアリサを蹴り飛ばす。
その痛みに「ゔっ……」とくぐもった声を出すアリサ。
「……申し訳ございません」
ここでもアリサは謝罪の言葉を口にすることしか許されていない。
「何も出来ないくせに人を傷付けることだけは一人前のようね! 死んだ両親から碌な教育を受けていないようね!」
プリヘーリヤの怒号が響き渡る。
「兄夫婦と一緒にお前も死ねば良かったんだ!」
「お父様、その通りですわ。生きる価値のないアリサは早く死んで欲しいわね」
「お前が死ねば、俺は堂々とウーリャと結婚出来る」
叔父一家とデミードはアリサを蔑んで笑っていた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
倉庫に戻ったアリサは両親の肖像画を見て涙を零す。
叔父一家から捨てられそうになったアリサの両親の肖像画を何とか死守し、倉庫で大切に保管しているのだ。
「お父様、お母様……」
アメジストの目から零れる涙はまるで水晶のようだった。
「こんなの、間違っていますよね。私は、何も悪いことをしておりませんもの。こんな扱いを受けるのは……絶対におかしいですわ。お父様とお母様、そして歴代当主達が守ってきたリヴォフ公爵家を、領地をあんな人達に渡したくありません……!」
アリサは十五年間愛されて育った。
故に、現状がおかしいことに気付いている。しかし、今のアリサに現状を打破することは出来ず、悔しい思いをしていた。
「お父様とお母様ではなく、叔父一家とデミード様が死ねば良かったのに……」
思わずそう呟いたところで、日々の疲労が祟りアリサは倒れるのであった。
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!
皆様の応援が励みになります!