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以前Pixivに投稿したものの手直しです
なろうは二次創作禁止なので、作品名とか中に出てくる名前とか、改変してあります
でも読む人が読んだら何か分かっちゃう感じ
最終的にハッピーエンドで終わります
10年以上昔に書いたものなので、設定が古い部分があります
5000字程度で区切っております
ふたりでゲーム
「ね、時間ある?」
ピタ、と周囲のざわめきが止まった。
二限目と三限目の間の休み時間は少し長くて、たいていの女の子はおしゃべりに興じていたりして、気の早い男子生徒なんかは早弁とかしてたりする時間。
普段は誰も話しかけてなんか来ないし、僕も小説の続きとか読んで予鈴を待ってたりする。そんな時間のはず。
呼ばれて顔を上げると、そこには。
女神がいた。
冗談でも何でもなく、目の前にいるのは姫神万理沙、生徒会副会長。通称「女神様」。
二年生なので、一コ上の先輩でもある。
騒ぎが大きくなる前に、立ち上がることにした。
「はい。もちろん」
教室の扉を閉めた途端、どういうことだー、ナニナニいまの、キャー、などの声が後ろから聞こえてきた。
連れていかれた先は屋上だった。
普段は閉鎖されているはずだが、生徒会の特権よ、とスカートのポケットから取り出されたカギを使って、ギィーと鳴る扉をくぐれば、梅雨明けの真っ青な空が開放的で風も涼しい。
そのまま、女神は手すりの方へ近づいていく。休み時間はあと少ししかないはずだが、まだグラウンドで遊んでいる生徒の声が屋上まで聞こえてくる。
すたすたと前を歩く背中を見つめる。
自分より少し低い背丈、腰の半ばほどまである、長く艶のあるストレートな黒髪。
右の耳の上にだけあるワンポイントの控えめな花飾りは、女神のトレードマークでもある。毎日花柄の色が少しだけ替わっていて、明日は何色だろうか、と話題になるほどだ。
スラリとした体型はやや痩せ気味とも言えるほどで、短すぎない程度のスカートからは、神の造形物としか思えない程の美しいラインを描く両脚が伸びている。あの脚だけで、30回はヌケる。いやヌケた。
極め付けは、まさしくこれも神の造形、としか言いようのないほどに整った小顔。街を歩けば、男の何人かに一人はあれ?どこかでみたような?といった顔で振り向く。
それもそのはず。
姫神センパイはジュニアアイドルだ。いや、正確にはアイドルだった、というべきか。
5年ほど前のグラビア雑誌なんかを漁ってみれば、必ずと言っていいほど、彼女の小学生時代の水着グラビアが見つかる程の有名ジュニアアイドルだった。TVにも一時レギュラー出演していたし、同じ高校の一年上にいたときはまさか、と思ったものだ。
5年前に活動を停止し、それ以来ずいぶんと大人びた顔になったので、すぐにそれとは気づかれにくいらしいが。
詳しくは知らないが、お母さんの意向で芸能人生まっしぐらのところを、お父さんが娘の人生を危惧して一切を辞めさせ、こんな田舎へ引っ込んできたらしい。
中学生の頃はいろいろと荒れていた、なんて噂話も聞くが、今では品行方正、成績優秀な一生徒として学生生活を送っている。
とはいえ、やはり元芸能人というレッテルはいつまでもつきまとうもので、いろいろと言われることもあるらしい。
だが彼女が女神と呼ばれるのはその苗字や経歴、美貌のためだけではない。リーダーシップもあり、企画力や実行力もある。他人に比べて豊かな人生経験のためか、相談に乗ってもらう生徒も多いらしい。なにか困ったことやトラブルは副会長に、というのが生徒会でも常識だとか。
あともう一つ、彼女が「女神」と称される理由がある。
誰とも付き合わない、と公言しているのがその理由だ。言い寄る男は学園内外を含め後を絶たないらしいが、いちいち返事するのも大変なのだろう。
ごめんなさい、高校生の間はどなたともお付き合いしないことに決めておりますので、が彼女のいつもの返事だ。絶対に男が寄り付かない存在、つまり女神様、というわけだ。
転落防止用の高いフェンスに指を絡ませて、女神は外の景色を見つめていた。
「かのんくん」
僕の名前、というかあだ名が呼ばれる。鈴を転がすような、とはこういう声のことだろうか。
ほぼ毎日のようにネット越しの声は聞いているが、生身で直接会話したり、間近で見るのはこれが初めてだ。
「は、はい」
「ごめんね、昨日は。話してる途中で切れちゃって」
夏を感じさせる強い風に、彼女の髪がたなびく。
白いうなじがすぐ近くに見えて、つい昨晩眺めた彼女のアイドル時代の水着姿を重ねてしまう。昨夜はあれからあのきわどい水着写真集で、ティッシュを2回も・・・・・・
「ええ。そうだと思いました。みんなにはフォローしときましたから」
「ありがとう。昨日のあたし、どうだった?」
「ええ。最後も途中までうまくいってたんじゃないでしょうか。ラストでアルバのバックジャンプブレスにやられなければ、ですが」
「うーん、それなのよね。あれだけ注意されてたのに、ね」
「慣れですよ、慣れ」
「うーん、うまくいかないね」
僕らが話しているのは、ネットゲームの話題だ。
モンスターバスターズ、略してモンバス。国内では評判が高い。いろいろな武器、防具、アイテムを駆使して、強力なモンスターを倒しては自分のキャラが成長していく。
このゲームの難しいところは、単純にキャラクターを鍛えていけばいい、ということではない点だ。操作が煩雑なので、一瞬の油断や操作ミスが命取りになったりする。いい武器、いい防具がすなわちいいプレイヤーではないということだ。
普通のゲームなら、自分がゲームオーバーとなればそれまでなのだが、ネットゲームというのはそうもいかない。他のプレイヤーまで巻き込まれてしまうため、自分のミスがパーティ全体の失敗につながったりする。特に、モンバスは個人でクリアすることが難しく、接近戦にも複数の武器がある。長距離攻撃や偵察・罠重視など、様々なタイプのプレイヤーが集まってクリアすることがコツであり醍醐味だ。
そのため、偶然居合わせる他のプレイヤー、通称野良バスター達と共闘して戦うのは難しい。一見しただけではプレイヤーの技量が分からないからだ。気の合うプレイヤー同士はさっさとパーティを組み、一緒に出かけたりする。あとから始めた新参プレイヤーは、古参プレイヤーから見れば下手クソと罵られることもある。しかし、偶然知り合った人がもの凄く上手かったり、やけに相性が良かったりもする。それもまた、ネットゲームの楽しみである。
高校に受かったことで買ってもらったモンバスを始めて数カ月、かなり上達した頃、ふと野良プレイをしていた時に、始めたばかりのプレイヤー、JJと出会った。
JJは極めつけに下手だった。マニュアルもちゃんと読んでいないようだったし、操作の基本すら出来ていなかった。なのに口調は強がってばかりで、ほとんどのプレイヤーから地雷認定されるような始末だった。
少し前にパーティを解散したばかりだった僕は、たまには初心者の手助けもいいさ、と長い時間JJと遊んだ。
いろいろと教えてやって、それ以来、たまに一緒に遊ぶようになった。JJはまだまだ下手だったが、フレンド認定を送ってやったら素直に受け入れてきた。
だが、弱いモンスターはそれでいいものの、なかなかJJは強いモンスターに歯が立たなかった。プレイしている最中は会話をキーボードで打つのも覚束無いので、細かい点が修正しにくい。
ある時、上位女王バチに3乙したJJに、つい提案してみた。
「なあJJ、おまえSkypeとか持ってる?」
「は?なにそれ」
「電話みたいなもんでさ、プレイ中に実会話したりするやつ。パソコンとかある?」
「あるけど、めんどー」
「無線LANあれば無料でSkypeできるから、ちょっとアカウントとってみて」
「おk」
そこから1時間あまり、拙いキーボードでのやり取りを終えて、僕のSkypeに「marisa」というアカウントから連絡が来た。
繋いでみてびっくりした。JJはずっと男言葉だったので男認定していたんだけど、実は女、それもかなりかわいい声だった。高1の僕よりもやや下くらい、中学生くらいかな、と思った。
Skype通信を初めてからは細かな部分まで会話が成り立つようになり、JJのプレイヤースキルはみるみる上達した。
僕も他のパーティに顔を出すことが減って、ついつい声が聞きたさにJJが来るのを待つことが多くなった。
僕のキャラクター「Canon」が正式にパーティを組んでいるプレイヤーにも十分に紹介できるレベルになり、一緒にハントに出かけたりもした。それでもSkypeでの会話は二人だけだった。なんとなく、他の誰かにこのかわいい声を聞かせたくなかったし、みんなJJのことは男だと思っているようだったし、いまさら教えたくなかった。
つい2週間ほど前、ふとしたことでJJが僕と同じ、地元のスーパーの名前を知っている時に気づいた。
この可愛らしい声、そしてmarisaというSkypeアカウント名。
「ふく・・・・・・かいちょう、さん?」
「あれ?バレましたか?かのん教官はリアルお知り合いさんでしたか?」
「はい、あのう、僕N高の一年生で」
「あら、それは知りませんでした。偶然ですね」
「すみません、先輩とは知らず、いっつも命令口調で」
テレビ画面の前で、なぜか頭を下げてしまう。
「いえいえ、教官は教官ですから。で、誰君ですか?」
「一年C組の今宮といいます」
「今宮くん、ですか。これからもよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ!」
そんなわけで、JJとの間柄は微妙に変わった。
でも、それからもゲーム内で待ち合わせては、一緒に狩りを続けている。
「ケンローンの角折りは10分かからなかったのに・・・・・・」
女神はその時のことを思い出したのか、ため息をつく。
「ですよね。バトルハンマーもうまくなりましたね」
風が強くなり、女神は軽く髪留めを押さえた。いちいち動作が絵になる人だ。
「教官がうまく、振り向きでスタン取ってくれたから。スタン行くよーって言ってくれたから溜めてたし」
「あとの二人は麻痺無しでしたからね、ちょうどタイミング合わせたんですよ」
「うん・・・・・・ってだから教官、敬語はいいって言ってるのに」
「ここはリアルですから」
「じゃあ、ゲーム内でもやめてくれる?」
「いやあ、中の人が誰かって分かっちゃうと、どうしても、ですね」
「むかしみたいなので良かったのに・・・・・・おいJJ!次、閃光弾用意!みたいな」
「はは。そうもいきませんよ」
じっとりと汗が出る。
普段あまり女の子と話す機会も少ないというのに、学園の頂点に立つ美少女が目の前なんて、緊張するなという方が間違っている。
JJだと思えばいいんだろうけど。
「ちゃんと、前みたいな命令口調でお願いします」
にこ。
初めてこちらをまっすぐに見つめてくる。いや反則だろこれ。見とれちゃうだろ。
「ど、努力します・・・・・・」
「ほんとにー?」
口元をすぼめて、人差し指の先を軽く唇に押し当てる。もうたまりません。
努力はしますが、畏れ多くてできません。ていうか、女神とほぼ毎日スカチャしながらゲームしてるってバレただけで、二年や三年生の怖い人達からどんな目にあうやら。
「だ、だから、リアルでは知らんぷりってことで、お願いしたはずなんですが」
「ああ、そうそう。ごめんね、呼び出しちゃって。カノジョさんに怒られるね」
「いませんし、これからもありえません」
「そうなの?かのん教官、優しいのにね。って、もう予鈴か」
タイミング良く、きーんこーんかーん、と予鈴が鳴り響いた。
「教室、戻りますか」
「ん。じゃ、要件だけ。これパパにもらったチケット。今週日曜、朝9時に大宮駅集合、誰にも言わないこと。いいですか?」
手のひらに細長い紙切れが押し付けられる。は?ナニコレ?
「がんばろうね、教官!」