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3

翌年の2月から花澤との治療を再開し、母の調子も少しずつ良くなり、妹の大学受験も終わって、梨紗の心にも少しずつ活気と余裕が戻って来た。


けれど誰にも言えない憧れや恋に似た都筑への想いは、願った程簡単には消えてくれなかった。


恋愛をしたら忘れられるかと思ったけれど、実際にはそんな事は無くて、2、3回目のデートで相手からキスをされると、なんだか泣きたい気持ちになって、続かなかった。


花澤にも話せない恋心は、梨紗の中でどんどん膨らんで行くようで、毎回押し込めるのに苦労した。







その日は9月なのに、まだ日中は34度にもなって、午後からの診察に行くのがしんどかった。

クーラーの効いていた地下鉄を降りて地上に出ると、どっと汗が吹き出たと同時に立ちくらみがして、その場に座り込んでしまった。


「大丈夫ですか?」


後ろから声がしたと思ったら、目の前に座り込んで梨紗の調子を尋ねる都筑がいた。


『都筑先生』と思わず声に出しそうになったけれど、半年以上前に数回診た、それも途中で治療を投げ出した患者の事など覚えていないだろうと思って、ただ「すみません、大丈夫です。少し暑さで立ちくらみがしました」と答えた。


「日向さん……」


都筑の口からそう出た時、梨紗はびっくりして都筑を見返した。


「都筑先生……」


「やっぱり、日向さんですね。ここからは病院も近いですが、この駅の救護室は更に近い。行きましょう」


「いえ、大丈夫です。もう立てます。予約が30分後に入っているので、もう行かな──」


「無理をしてはダメですよ。失礼します」


都筑は梨紗の言葉を遮り背中と膝裏に手を回し、軽々と抱き上げた。


忙しそう小走りしている人からですらチラリと見られながら、都筑に抱えられて駅の救護室に到着する。


涼しい室内で少しずつ赤みの戻った梨紗の顔を見て、都筑は安心したような笑顔を見せた。


『都筑先生、こんな顔するんだ……』


都筑の買ってきてくれた冷たいスポーツ飲料のペットボトルを首の後ろに当てながら思う。


「日向さん、今日は花澤の診察で病院に?」


「そうです。あ、あと20分しかない」


慌てて梨紗が立ち上がろうとするのを制して、自分が時間をずらしておくから後からゆっくり来て下さいと言った。


梨紗が礼を言って頭を下げると、少し困ったような顔で微笑み「無理は禁物ですよ」と言って先に救護室を出ていった。


その瞬間、梨紗は我に返り赤面した。

都筑に抱き上げられて、運ばれてしまった。

清潔なシャツからは爽やかな香りがした。

当然だけれど、あんなに都筑と接近したのは初めてだった。

具合の悪さであまり覚えていないはずなのに、都筑の腕の感触や、近くで聞いた声に鼓膜と鼓動が震えたのが妙にリアルに思い出される。

梨紗は無意識に左耳を触った。

ジンジンと熱くなっていた。








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