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第一〇一 黒と白

「兄様!兄様!」


 小柄で美しい白髪の少女がトテトテと大廊下を歩く。目的の人物を見つけたのか、小走りでその人へ近づいていく。


「お爺さまからの呼び出しがありました」


「呼び出し?何の用か分かるか?」


 兄と呼ばれたその男は眉を顰めて少女に問う。


「恐らく、私の大隊への編入についてかと」


「ああ、そうか。妹の晴れ舞台だしな。一緒に行こうか」


 「はい!」と元気な返事をしてニコニコしながら男の隣を歩き始める少女。その可憐な姿は大廊下をすれ違う人々を自然と笑顔にさせるものだった。


「もう白も16か。時間が経つのは早いな」


 男は手慣れた様子で少女の頭を撫でる。「えへへ……」と照れた仕草をする彼女に思わず頬が緩む。


「これで兄様と同じ戦場に立つ事が出来ます!」


「あまり無茶をするなよ」


 そんな世間話をしつつ、大扉の前まで移動する。


「第三〇一魔怪討伐大隊副隊長、天音 黒です。入室の許可を願います」


「入れ」


 扉の向こうから低い爺の声がする。中に入ると、煙草を吸う白髭を生やした爺が睨む様な視線で少女達を見ていた。元々目付きが悪いせいでよくそう見られるのは昔からの爺の悩みだった。


 白が扉を締め切ると、男は鼻を押さえながら爺を睨み付ける。そう、男は煙草の匂いが大の苦手なのだ。


「……ジジイ、少しは白に気を遣ったらどうだ。こんな煙臭え部屋に孫ぶち込むとかどういう神経してんだ?」


「相変わらず口が悪いのお、黒。天音家としてそれはどうなんだ?外では猫被ってる癖に儂の前だと減らず口になりおって」


 二人の早々な険悪ムードに焦る白。「兄様っ、私は大丈夫ですから!」と、なんとか宥めようとする。


「ん"ん"っ、それで、話というのは?」


 白が会話を仕切り直す。


「ああ、想像はついてあるだろうが、白の所属先についてだ」


 やはりか、と思いつつも内心は少し不安な黒である。白には安全な生活をして貰いたいが、本人の希望と天音家の宿命により、その願いは叶う事はなかったのだ。


「おっ、お爺さま!約束通り、兄様と同じ隊に入れるのですよね?」


「ああ、白は黒と同じ隊に入ってもらう」


 約束というのは、数年前からの口約束の話である。ずっと白が爺と交渉していた為、折れた様だ。まあ、黒からしたら近くに居てくれた方が守り易くて助かるのだが。


「但し」


「「?」」


 二人が疑問符を浮かべる。同じ隊に入るという事は、つまり第三〇一魔怪討伐大隊に白が編入するという事である。何か至らない点でもあるのだろうかと黒が思ったその時、


「お前らは、新しく作る特別機動部隊へ入ってもらう。……つまりは黒、異動だ」


「ーーっ」


 予想していなかった言葉に思わず息を呑む。理由は分かる。白という新人を大隊に入れるとなると綻びが発生するからだ。只でさえ、大隊は常に危険地へ向かうというのに。


 しかし、黒にもそれを拒む理由がある。大隊への所属、それも副隊長というのは、誇りでもあったのだ。仲間達との信頼を得るのにも時間はそれなりに掛かった。それを手放すのには、多少なりとも拒否反応があった。


 只、白を常に危険地に行かせる訳にも行かない。それは彼も重々承知だった。


「……了解した」


 よって、黒は大人しく頷いた。


「そうか、それでは部隊の育成期間を設ける。どれ位かよい?」


「まて。部隊の規模はどれ程だ?」


「そうだのう、6名前後じゃな」


「ならば40日もあれば十分だ。……話は以上だな?」


 爺が相槌を返すと、有無を言わずに黒はその場を後にした。

 それに続く様に白も部屋を退出しようとする。


「失礼しました!」


 白が元気よく挨拶をし、扉を開ける。爺は彼女に視線を送り、声を抑えて語りかける。


「あぁ、奴をくれぐれも死なせないようにな?白」


「……えぇ、分かっておりますとも。お爺さま」


 その会話が黒の耳に届く事はなかった。




「さて、白。食べたいものはあるか?」


「え?いきなりどうしたんですか?いつもの食堂に行けばいいじゃないですか」


「入隊祝いだ。甘味でも何でもいいぞ」


 そう聞いて目を輝かせる少女。「いいんですか!?」と嬉しそうにする彼女を黒はそっと撫でる。

 二人は、城下町へ行き、甘味巡りへと赴いた。


「兄様、こちらの店であいすくりーむが食べられるらしいですよ!」


「先ずはその手に持っている団子を食ってからにしなさい」


 指を指してはしゃいでいる少女。この子もあと40日したら魔怪と戦うことになると考えると憂鬱な気持ちになる。


 魔怪とは、魔石と呼ばれる石を動力源とした怪物の事である。その種類は千差万別で、狼、猪、兎といった獣もいれば、昆虫、魚類、はたまた武器の様な形をした個体も見られる。

 群れたり、環境に大きく影響するものだったり、生態系を崩しかねないものだったりと様々だ。只、断言出来ることは、どの個体殺傷能力を持っており、その矛先は主に人間であるということだ。


 黒の所属していた第三〇一魔怪討伐大隊では、主に群れている魔怪や、危険度の高い大型の魔怪を相手にしていた。規模は60名程。黒が編成する予定の機動部隊の約10倍である。

 当然、統率が取れた行動や高度な連携が必要となる。作戦の要となる場合が多い為、危険度も高くなり死亡率も高い。因みに今の大隊は非常に優秀な隊長がいる為、そこまで高くはないと噂されている。


「白、そろそろ戻ろうか。渡したい物があるんだ」


「え?は、はい!」


 雑貨屋や商店街などを巡っていたら、つい日が暮れそうな時間になってしまった。

 城下町を後にし、家でもあり仕事場でもある魔怪討伐軍本部へと向かう。


「兄様!」


 白が歩みを止めて、頬を掻きながら照れ臭そうに話す。


「今日はとても、とっっても楽しかったです!兄様が良ければ、また一緒に来ても……いいですか?」


 黒は少し驚いた様子だった。改めて言われると、なんだか恥ずかしいような気持ちになり、誤魔化すように「当たり前だろ」と言いながら頭を撫でる。


(そういえば、小さい頃からあまり遊びに連れてやれなかったな……)


 もしかしたら白は寂しかったのかもしれないと思い、反省する。こんな可愛い妹に寂しい想いをされるなど、許される筈がないのだ。


 本部の宿舎棟に向かい、用意されている自室に入る。


「先に部屋へ行っていてくれ。少し用意したい物がある」


「そうですか?分かりました」


 笑顔で「それでは、また〜」その場を後にする白。彼女の気配が無くなるのを確認した後、事前に準備しておいたプレゼントを確認する。

 あまり人に贈り物をした時がない為、不安で仕方がない黒だが、保険で無難な日常消耗品も買っておいた。気に入ってくれるといいなという期待を込め、雑貨屋で買った少しお洒落な小包にプレゼントを入れる。


 黒は部屋を飛び出し、少女の部屋へとノックをする。


「俺だ。入ってもいいか?」


「はい!待ってましたよ!」


 ノックした扉が直ぐに開き、少し驚く黒。中からはまだ軍の訓練兵用制服を着ていた白がヒョコッと顔を出していた。


 そのまま部屋の中に入ると、女の子らしくもあり、何処か質素な感じを漂わせる空間が広がっていた。天音家の部屋は他の部屋よりも明らかに広いのだ。

 しかし随分と片付いている。自分の部屋とは大違いだと感じていると、彼女のクローゼットがパンパンに膨れ上がっているのに気づいた。

 もしや大急ぎで片付けてたのだろうか。だとしたら申し訳ない事をしたなと思う。


 そんな視線に気付いたのか、白はジッと黒を見つめ、


「乙女の部屋をジロジロと見ないで下さい!……恥ずかしいです」


と、身を守る様な仕草をして黒の行動を咎める。


「それと、クローゼットの中、見たら兄様でも許しませんよ?」


 どうやらバレていたようで、「そんなことしないよ」と言いつつ苦笑いを浮かべる。女の感、恐るべし。


「そんな事より、今日は入隊祝いのプレゼントをしに来たんだ」


「プレゼント?」


 そう言いながら、白の目が見開かれる。彼女の青色の瞳がより一層輝いているように見えた。


「先ずは……そうだな、これからにしようか」


 黒は手に持っている袋から制服を取り出す。それは、現在彼女が身に纏っている訓練兵用の灰色を基調とした制服ではなく、白色をモチーフにして、黒色をアクセントに作られたものである。


「これは、軍の制服ですか?」


 軍の制服は、和風のデザインと動きやすさが両立しており、軍関連の人々や街の住民からも好評である。少しではあるが、弱い魔力を帯びた攻撃を軽減するという効果がある。

 因みに、通常で配布されている制服はこれといった装飾もない質素なものだ。今彼が渡した制服には、少しでも白が女の子らしく居て欲しいという願いから作られたオーダーメイド品だ。


「好みかどうかは分からないが……一流の仕立て屋に頼んだんだが、どうだ?」


「兄様、着てみてもいいですか?」


 断る訳もなく、是非と頷く。その場で着替えようとしていたので、黒は部屋の外に出た。

 壁に寄りかかって待っていると、ガチャリと扉の開けた白が期待した目で見つめている。


「ど、どうですかね……?」


「凄く似合ってるぞ。食べちゃいたいくらいだ」


 その言葉を聞くと、身体をくねながら「兄様にだったらいつでもぉ」デレデレとする白。いい反応するなこいつと思いながら二つ目を袋から取り出す。


「そ、それはっ!?」


 その正体は髪留めである。過度な主張をしない鮮やかな青色の玉が連なったものだ。ブランド品ということもあり、お値段も高めである。


「兄様、付けてくれませんか?」


 期待に満ちた声でお願いをしてくる妹。勿論と頷き、横髪を抑える様に髪を纏め、髪留めで固定した。

 すると、トテトテと自室の鏡の前へ行き、髪留めと自身の姿をジッと見つめる。


「可愛いですね、気に入りました!」


 少女不安だったが、何とか喜んで貰えた様で安心する黒。初めてのサプライズで緊張したのだ。


「友達と決めたんだ、それ。俺はこの手の物には自信がなくてな」


「そうなんですね……って友達?」


「ん?」


 妙なところで突っかかる白。黒は『兄様って友達いたんだ……』と妹に思われてるんじゃないかと不安になる。流石にそれは情けないにも程がある。


「それって女性の方ですか?」


「ん、ああ。野郎に女子のお洒落なんて分からないからな」


「……ふーん。そうなんですね!有難いです!」


 少し声のトーンが低くなった様な気がしたが、コロっと声色が変わったので、恐らく気のせいだと思う黒。


「兄様、最後に一つ、頼みたい事があるのですが」


「なんだ?何でも言え」


 顔を赤らめながらそう言う彼女。何か頼み辛いことなのだろうかと考えていると予想の斜め上のお願いが返ってきた。


「あの、ぎゅっとして欲しいんです。兄様から撫でて貰うの好き、なので」


 みるみる顔が真っ赤になり、その白い肌によってそれが更に顕著になっていく。


「い、いえ、別に嫌ならいいんです。こんな気持ち悪いお願い、いくら兄様と言えど……」


「そんな事、ないぞ」


 黒が白を優しく抱きしめる。驚いた白は、固まりながらもその抱擁を受け入れていった。暫くすると黒は白の頭を撫でながら言い聞かせる様に話した。


「無理をしなくても良い。甘えたって良い。辛くなったら俺を頼れ。何があっても、俺は白の兄であり続ける」


 彼は、白の目をジッと見た。そして最高の笑顔で


「改めて、入隊おめでとう。白」


と、そう言った。





✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 兄様の後ろ姿を見送り、廊下の角で見えなくなるまで見送りをする。


ーー死ぬかと思った!


 人生の中で一番濃い一日だったのではないかと思う程、今日は幸せだった。幸せ成分の過剰摂取で逝きかけるところだったし、実際イッた。下着はグショグショだ。

 今思えば、兄様から抱きしめられたのなど何年前の話だろうか。もしかして、一度も無かったのでは?こんなに幸せだったらもっと早く頼めばよかった。


「兄様の匂いがこの部屋に……」


 深呼吸を繰り返す。今のうちに沢山堪能しておかなくては。アレも今すぐにしたいが、兄様が部屋に戻ってくる可能性もあるので、我慢。

 どうしようも無くムラムラするものの、兄様の落としていった髪の毛を口に入れることで欲を満たしていく。


 何であんなに兄様は優しく、格好良いのだろう。あそこまで魅力的じゃなかったら、こんなに辛い思いはしなくていいのに。


 兄様よりも強くなく、頭が良い訳でもない私だが、唯一誇れる所があるとすれば、それは兄が天音 黒だということだ。

 自分は周りから見ても、綺麗な部類だと自覚している。というか周りの女とは比べるまでもない程可愛いと思う。やろうと思えばどんな男でも堕とせるという自信はある。

 しかし、例外はいる。兄様だ。血縁関係というものは美しくもあり、非常に厄介なものである。お陰で、兄様から向けられる視線はあくまで妹に向けられたものだ。


 ベッドに倒れ込み、溜息をつく。まあ、今は焦らなくても良い。ゆっくり、ゆっくりと意識を変えていけばきっと兄様だって……


「あ……」


 先程、兄様が言っていた事を思い出す。女友達、その言葉から想像されるイメージは、『そんなものは存在しない』である。勿論、あることにはあるだろうが、兄様はイケメンだ。格好いいのだ。私だったら仲良くなれたのならそのまま恋仲まで持っていく。


「確認……しなきゃね」


 確認、そう確認だ。本当に女友達ならそれでいいのだ。場合によっては排除しなくてはならないが、そんなことは無いと願おう。


 一つ仕事が増えたとまた溜息をつく。いや、ここで気張らなくては。明日から夢にまで見た兄様との仕事だ。輝かしい兄様と私の未来の為に!


ーーバアアアン


 クローゼットが壊れ、押し込んでいた沢山の物がなだれ込んでくる。兄様をイメージして作ったぬいぐるみ、いつかの日の為の勝負下着、大量の自慰行為道具……みるみると部屋が散らかっていく。


「……風呂入ってシて寝よ」


 また一つ仕事が増えたと萎える白であった。


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