23:あなたにはならないから
タイムはちらちら輝く藍色の光を追って傾斜する林を駆け上がり、近くの茂みに身を潜めた。
爛爛から貰った雷の槍を手に、姉と共の戦を想う。それぞれが直面する苦難を案じ、けれど悲観するでもなく、二人の背中を追う意気に変えた。
白布に吊るされた左腕で胸を叩き、穂先で枝葉を掻き分けて、飛び出す。
「なんだお前!」
カランを取り巻く七人の男。うち一人が放った無意味な問いへ、カランが応えた。
「あれがタイムだ。生け捕りにしろ。多少傷つけても構わん」
男たちが迫り来る。タイムは、嗤いながら温く振るわれた小刀を柄で弾き、返す刃で敵を突いた。先端に仕込まれた雷釘が、容易く大男を昏倒せしめる。
次なる敵の斬撃は速かった。タイムが反応出来ないほどに。非力は暴力に敗れるのが世の理。しかしタイムの傍には、弱さを補ってくれる心強い仲間がいる。
機械の使い魔――不可視のラビットにより刃を弾かれ、一時呆けた小男を、タイムは迷いなく突き崩した。
背後から金音。タイムの身は強張る。
「ひっ!」
死角から襲われる、恐怖のほどを知った。もう一体のラビットが庇ってくれなければ、何も分からず敗けていたのだ。旅を続けたいなら、こういう未熟も早くに克服せねばならない。
また一人倒すと、
「足止めに専念しろ!」
数的優位を失いつつあるカランは、部下を盾にして逃げ出そうとした。
出来る限り自力で戦いたいと、タイムは思っていた。それが、儚く散った霊魂への手向け、未来の自分へ向けた餞だと考えてもいた。しかし現実は非情、かつ自身は矮小なうえ、時間は乱暴に状況を掻き乱す。過去と未来に拘泥して現在を誤っては、皆に顔向けできない。
「ラビット!」
悔やみつつも、大声で頼んだ。声に合わせて姿を見せた二匹のラビットは、立ち塞がる男二人へ珠の身体をぶつけ、痺れさせる。
「カランを!」
先行を促すと、二匹は素早く飛び去った。そうして生まれた隙に乗じて、タイムも残る男たちを仕留め、カランの後を追う。
ラビットがカランの行く先を遮った。彼は振り向き、鋭い眼でタイムを見つめる。
「もう、終わりです」タイムは堂々と告げた。「僕があなたを、法庁まで連れていきます」
「私を? 一体、何の罪で?」
「パースリーとセージの監視を命じたまま、帰ってこない部下がいましたね? 彼の身柄を預かっています。人々から奪った金品を三つの拠点に分けて保管していること。その全てに、ラジーヴという男による子細な指示が届いていることを、聞き出しました」
カランは、馬鹿を眺めるように目を細めて、小さく笑った。
タイムはラビットたちの目を覗く。計四つの半透明結晶体が、藍色の喜ばしい点滅を返した。
「言っておきますが、スバースの加護はもう受けられません。僕の自慢の姉さんと、頼れる親友が彼から悪霊を祓いました。あなたはスバースの証言によって、彼と共に裁かれます」
カランの顔から、血の気が引いていく。
「果たして、スバースすらも認めるあなたの罪を、シング法庁、そして住民はどのように考えるでしょうか。僕は、真実に即した罰があなたたちへ下ることを、願っています」
タイムは、かねてからずっと聞きたいと思っていた質問を、今、この場で投げかける。
「あなたは、喪われてゆく命をどのように眺めていたんですか? どうして、多くの無念へ知らぬ振りが出来るんですか?」
カランは言った。
「知らぬ振り? いや、知らんよ」
その一笑が、タイムの心と体を芯から凍らす。歯を食いしばり、槍をきつく握って自身を痛めつけ、それでも消えないやるせなさを体から追い出したくて、
「僕は、あなたにはならないから!」
吼えて、彼の胸を突く。
――あなたには、学ぶべきところなんて何一つ無い。
そんなこと、思いたくも宣言したくもなかった。けれども、してしまった。
白光と雷鳴。タイムは、前のめりに倒れるカランを胸で支え、そっと腐葉土の上に寝かす。
その後、彼をラビットに見守らせ、独り丘陵の淵へ赴いた。
カランが座っていただろう椅子から物見筒を取り、覗き込んで平野を眺める。セージたちの戦いも既に終結しており、こちらへ歩いてくる三人の姿が見えた。
爛爛が指先を向ける。セージが顔を上げ、腕に抱かれた黒鶴と共に笑む。
皆が手を振ってくれた。望む結末が訪れたのに、全てを達成したのに、悲しみが勝り、得られた喜びは僅か。タイムは苦々しい感傷を味わいながらも笑み、大きく手を振り返した。