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ドゥームズデイクロックス  作者: tatsukichi_ohta
20/24

20:漸進的後退

 月光を透かして淡く輝くカーテン。夜更けの宿はもの淋しい。


 タイムはセージと二人、隣り合ってベッドに転がり、闇の中、息を潜めて転機を待つ。今頃は姉も、隣の部屋で同じようにしているはずだ。昼頃に爛爛(らんらん)から見せられた牡丹(ぼたん)の映像を思い返しながら、独り寝転がり、物思いに(ふけ)っているはずだ。


 光輝く白布の中で、牡丹は一人中央庁舎を襲撃し、気高く美しく暴挙を振るった。

 軽々と鉄柵を飛び越えて、中庭に立つ衛兵を昏倒させ、芝を散らして駆け抜ける。正面から堂々と庁舎に入り、大階段に集まる数多の兵を打ち倒し、悪行を見咎める大政官像、大法官像を無視して法官広間へ。怒涛の勢いで螺旋階段(らせんかいだん)を降る。

 法庁書庫へ入るとすぐに、透過したまま着いてきていたトルソーが、書棚を動かして出入り口を封じた。その後で二人、人外の速度で資料を読み進める。


 そこで彼女らが得た情報――全ては語り切れないほどの情報を爛爛が要約し、解説してくれたが、残念なことに役立つものは少なかった。

 そのうちの一つが、サイの窃盗罪について補足した記述。

 サイは一貫して、スバースの邸宅から美術品を盗んだ事実は無く、追加報酬として与えられた、と主張していた。しかし、その品はスバース本人からではなく、彼の邸宅に常駐していた私兵から言付けと共に手渡された、との記録があったのだ。

 

 ()しくも、姉がラーナの家を訪ねた日、セージもまた知人――彼に『花見揚げ』の店を教えた老爺(ろうや)と話し、スバース邸の私兵について情報を仕入れていた。

 老爺が言うには、スバースは階級に基づいて人を差別する人物ではないが、階級を超えた融和を求めることも、殊更(ことさら)しなかったらしい。だから、彼の邸宅で働いていたのは、先代から長く仕える使用人、及びその子女だけ。スバース自身が下流中流出の使用人、私兵を新たに雇うことは無かった。


 しかしそれも、娘が失踪する前の話。後のスバースは、老爺も知る市井の人、その中でも素行に不安がある者を雇うなど、少々変わった行動を見せていたようだ。

 タ イムはセージと意見を交わし、この、後からスバースの下で働き始めた私兵こそが、カランの息が掛かった者であり、サイを窃盗犯に仕立て上げた張本人だろうと結論した。


 二つ目は、サイの裁判に類似した案件について。

 サイの件と同じく、軽罪から(かどわ)かしへと変化した事件は他に二つ。どちらも法官長マデューが関わり、一件の弁護を高等弁護官チャールズが務めていた。記録によれば、二人共、その地位を得るまでにスバースの推薦を経ているというのだから、怪しいことこの上ない。

 タイムもセージと同じく、姉がいない間に調べ物をしていた。


 酒は人を軽薄に変える。ニシャが教えてくれたことだ。だから、爛爛を伴って何件かの酒場を巡り、酔っ払いから噂話を蒐集(しゅうしゅう)した。その中で、マデューにまつわる小話と出会ったのだ。

 マデューは中流階級出の苦労人――所謂(いわゆる)叩き上げの法官長である。実力と実績をスバースに認められ、気位(きぐらい)の高い他の候補を押し退()けてシング法官の最高位に迎えられた。(まさ)に庶民の憧れ。彼のようにありたいと励む若者も多いと聞く。けれどもその裏側には、社会の規範となるべき人物とは思えない爛れた過去と、都合の良すぎる更生物語が隠れていた。


 どうやらマデューは、元来放蕩(ほうとう)かつ金離れが良過ぎる性質(たち)だったようで、法官としてシングに来たばかりの頃は、国境ならではの目新しい酒と色に溺れ、窮して金貸しの世話になった。この話をしてくれた店主も、荒れた彼に迷惑していた口らしい。

 しかしながら、借金をし始めた彼は突然覚醒し、金銭の有難味(ありがたみ)に気付く。更には、目付け役となった貸元によって、急速に真人間へと変えられた。その結果、仕事に邁進(まいしん)したマデューは、(つい)ぞ法官長にまで上り詰めたという。


 〈つまりは、金は回りもんなんだから、パッと使えば幸運になって返ってくるんだ。――そうやって締めるわけよ。今では、酒の場を盛り上げる法螺話(ほらばなし)の一つだな〉

 店主は笑ってそう言った。タイムは全く笑えなかった。更には爛爛が、その店で最も高価な酒瓶を大胆に呷り、飲み干し、幸運を願ったところ、嫌な事実が明かされた。マデューに最も多くの金を貸し付けた人物がカランであり、そして、後のマデューはカランの商売へ、法的な便宜(べんぎ)を図っていたふしがあるそうだ。


 癒着はあると、タイムは確信した。セージも異を唱えなかった。きっと、表のカランも裏のカランも、所々で法を歪め、自らの利益を生んでいる。

 姉がラーナから聞いたスリヤとアミルの悲話。セージが老爺から聞いた私兵の話。タイム自ら仕入れたマデューとスバース、カランの噂。情報は、確かに疑惑の輪郭をより際立たせた。しかし、ただそれだけ、とも言えた。

 結局は、怪しげな相関性を示しているに過ぎない。カランとスバースを法的に追い詰めるには至らない。これが、全員で同意した最終見解だった。


 爛爛が用意した映像は、牡丹が捕らえられるまでの一幕を、あまさず克明に記録していた。

 資料を読み尽くした彼女は、

「開けなさい! 大人しく投降しなさい!」

 と延々繰り返す書棚を悲しげに見つめた後、鋼鞭(こうべん)を握り締めたまま(うつむ)き、意を決したように顎を上げる。空いた右掌で自らの頬を叩くと、トルソーが再び透過して棚の前へ(おもむ)き、おもむろに部屋の封を解いた。


 瞬間、タイムは、言いようのない感動に打ち震える。

 粛々と書庫に流れ込む白銀(しろがね)の兵団。気品溢れる全身鎧を身に纏った、一目で精強と分かる槍兵たち。彼らはきっと、国主の白銀鎗(はくぎんそう)ドニの魂を模したサルティナの(ほまれ)。伝統と歴史を(あが)める気高い精神たちが、見縊(みくび)ることなく自律機械――たった一人の小さな牡丹を睥睨(へいげい)する。

 それが、タイムにとっては嬉しかった。セージも、熱い視線を白布に向けていた。

 白銀兵(はくぎんへい)()が牡丹を勇士と認めているか、怪物と認めているかはどうでも良い。彼女の存在を、他ならぬサルティナ(こく)が認めた。その一点だけで、二人の心は(おど)った。姉もきっと、心躍らせたに違いない。


 兵団の中心にスバースが現れ、詰問する。

「牡丹さん、何故、このような狼(ろうぜき)を?」

「シングは欺瞞(ぎまん)の香りに満ちている。君に狂わされたのさ。分かるだろう、スバース?」

 彼はゆっくりと(まぶた)を閉じ、厳粛に号令を放つ。

「捕らえなさい」


 即座に、兵団が動き出した。

 彼らの進攻は一糸乱れず美しく、(たくま)しい。兵たちは互いに距離を取ることで、屋内にて長物を扱う愚へ一応の解を示している。それは、常の戦においては不合理だが、こと牡丹を相手にしては、全く正しく機能した。

 彼女の音響兵器は、長時間の照射、小刻みな連射には耐えず、だから一射で多数を巻き込むのが最善であるのだが、がらんどうの陣形がそれを許してくれない。


 しかも、兵たちは予め、音の効果範囲が点であると知っていたようだった。掌を向けられた瞬間に体をずらせば、悪影響を最小限に抑えられる。周囲に余裕を持たせているから、そう出来る。それでも牡丹は対応するが、一人を倒すまでに掛かる手間が大きく違ってくる。

 鞭を伝う(いかづち)も、白銀の装甲に弾かれてさしたる効果を示さない。四方八方から迫る槍によって、牡丹はみるみるうちに押し込まれていく。


 やがて掌を弾かれ、激しく胴を打たれて、彼女は伏した。

 勝機を悟り、銀の群れが一点に集う。幕切れ前に映された最後の光景は、幾つもの穂先によって腕を、脚を、頭を縫い付けられる(あけ)の像。牡丹が無様を演じ切ったのか、兵団の力が彼女を上回ったのか、タイムには分からず、また、爛爛も教えてくれなかった。

 ただ、牡丹は一言、まるで毒蛾の標本だ、と自らを嗤ったという。


 天井を眺めながら回想に浸っていたタイムの耳に、爛爛の声が届いた。

「宿に近づく者がいます。二人共、静かに」

 タイムは一度、セージと目を合わせ、寝た振りをする。

「窓の向こうに一人。カーテン越しに覗き込み……来た方向に戻っていきます。さあ、立って」


 言って、爛爛が飛び上がり、天井の点検口を開いて屋根裏部屋に入る。準備しておいた縄梯子(なわばしご)が垂れ落ちると、まずはセージが先に登った。タイムは片手で梯子をしっかり掴み、三角巾で吊るされた腕も引っ掛けて、出来る限り身体を固定する。

 金属の足音。セージと爛爛が協力して、縄梯子を引っ張ってくれた。ドアが野蛮な音を鳴らす。同時に、タイムは屋根裏に辿り着き、入れ替わりに爛爛が、滑空して部屋へ降りた。


 点検口を閉じ、セージが球ランプを点灯させる。タイムは身を屈め、低い天井に頭を擦りながら、彼にに続いて埃臭い屋根裏を進んだ。激しい剣戟の音が階下から届き、腹を揺さぶる。

 〈敵は全身鎧の重装兵です〉爛爛の声がタイムの頭に響いた。〈山羊頭の兜、螺旋角、得物は長斧。恐らくはルハン(こく)の傭兵でしょう。屋内に五人、屋外に最低七人。制圧を続けます〉


 セージが屋根上に続く窓を開く。彼は外に出ると、両手を差し伸べた。タイムは彼に支えてもらいながら何とか這い上り、待機していた爛爛のトルソーに合流する。

 彼女は一体の人形――パースリーの身代わりを背負う。急ごしらえの代物だが、闇の中では見分けがつき辛い。本物の姉は今、かつてセージがそうしたように荷物箱へ収まり、黒鶴(くろづる)が残したトルソーと共に隠れている。このまま潜伏を続けるか、後々合流するかはこれから次第だ。


 タイムはセージと共に、トルソーの両腕にそれぞれ抱かれた。

 〈絶対に、手綱(たづな)から手を離さないでくださいね。舌も噛まないように〉

 注意の後、爛爛のトルソーは屋根の端へ進む。眼下には幾人かの傭兵。彼女は迷わず、群れの中へと飛び降りた。着地と同時に、激しい衝撃が全身を襲う。タイムは歯を食いしばったまま、胃を揺さぶられる不快感に耐えた。


 轟音が消えゆくより早く、傭兵たちが迫りくる。薙がれる長斧。子供によって両腕を塞がれたトルソーは、しかし背を見せることなく、堂々と彼らを迎え撃った。次々に繰り出される攻撃の(ほとん)どを(かわ)し、必要であれば蜘蛛脚で弾き、隙あらば器用に蹴りつける。そうして五人を沈めたところで、怯んだ敵を置いて駆け出した。

 トルソーの胸元に埋め込まれた半透明結晶体から、爛爛とパースリーの会話が聞こえる。


「パースリー。タイムは囮の役目を果たしました。結果、何が見えたというのでしょうか?」

「爛爛。今の重装兵、装備も動きもシングの白銀兵(はくぎんへい)に似てなかった?」

「そっくりでしたが」

「そっくりでしたが」

「それは、スバースとカランが深く通じ合っているからだと思う。スバースは爛爛のことを知っている。だから、牡丹と黒鶴がいない宿を、彼女たちと同型の自律機械が守っていると予見出来る。恐らく、彼は牡丹を捕らえたやり方をカランに伝え、ルハン傭兵の手配を奨めたのよ」


 通信の向こうで爛爛が笑った。夜逃げの最中にあって、タイムは(にわ)かに楽しくなる。

「後は、大門。大門の様子を見てみたい」

「ええ、そういたしましょう」

 幻想的なシング。窓明かりとガス灯の光がもの凄い速さで過ぎ去っていく。住宅街を越え、公園を越え、大門に続く大通りに至って、トルソーは更に速度を上げる。


 タイムも想像した通り、門前では多くの守兵が陣を張っていた。

 異変の報せが届いているはずもない。トルソーの最高速を超える足など機械のそれしかあり得ず、知る限り、シングとカランは自律機械を使役していないのだから。

「あいつらシングの装備を着込んでいるが、正規兵じゃないな」

 セージが言う。判るの、とパースリーが訊いた。

「陣が汚い。正しく訓練されたシングの衛兵なら、あんな無様は晒せない」


 篝火(かがりび)に照らされて浮かび上がる顔、顔、顔。人の防壁が急速に迫る。

 偽の守兵たちは馬防柵の後ろで数重の列を成し、槍を構えた。雑然としているが、層は中々に厚く、トルソーの脚力をもってしても一息に越えられるかは分からない。

「目を閉じてください。いきますよ、三、二、一!」

 爛爛の号令に合わせて、タイムは目を守った。

 瞼の裏が白む。白光に視力を灼かれた者たちが悲鳴を上げる。そうしてすぐに、浮遊感。


「衝撃に備えて!」

 落着。割れんばかりの音が騒めきに華を添える。驚き、狼狽(うろた)え、目が見えないまま槍を振るった者がいたようだ。(つんざ)く怒声がタイムの耳を刺す。惑乱の中をトルソーは駆けた。喧騒は徐々に遠ざかり、やがて、八本脚が石を打つ音の他は聞こえなくなった。

 タイムが瞼を開く。そこは、見知った石造りの通路。初めてここを通った時、パースリーは浮かない顔をしていて、自分は三角巾ばかりに姉の目が行かないよう、努めて明るく振る舞っていた。あれから二人、目標は(たが)えたが、まだ並び歩けている。それが何よりも喜ばしい。


 通路を越えて、生活圏外へ。空には無限数の星々が煌めく。タイムは慌てふためく出口の衛兵に別れを告げた後、トルソーに注意を促した。

「あまり速くしちゃ駄目だよ。追手が、僕たちの行き先を見失わないように」

 藍の点滅が返り、僅かに足が遅くなる。彼女はそのまま、一途な速度で平原を走り抜け、小川を渡り、隆起する岩の根元に空く洞穴の中へと潜り込んだ。


「お疲れ様。ありがとう、トルソー」

 タイムは二人のトルソーを(ねぎら)ってから、一段高くなった石の上に座り、一息ついた。

「さあ、パースリー。君が思ったことを聞かせてくれ」

 セージが、遠くパースリーへ問いかける。

 ――少しくらい、休ませてよ。

 タイムは忙しない彼に呆れた。しかし、それはね、と姉が嬉しそうに語り出すものだから、口を挟むことも出来ない。


「牡丹が庁舎で暴れたにも係わらず、スバースは宿に正規兵を遣わさなかった。本来であれば、牡丹の持ち主である私を捕えるか、説得させようとするはずよ。政庁による拘束を避けるよう、カランが働きかけているのは間違い無い」

「やはりな。呆れるばかりだ」

 満足げに頷くセージ。そこに爛爛の通信が続く。

「同感ですわ。まさか、あの彼がこんなふうになるなんて」


「爛爛も見たでしょ?」パースリーが興奮気味に言った。「正規兵の装備を融通するくらいだもの。スバースは思っていたよりもずっと、カランの後ろ盾として機能しているわ。そして、カランは何をするにも、自分の手を汚さない。これでは、彼をいくら攻めても裁けない」

「では、どうされるのです?」

「裏を返せば、カランがあれほどの悪でいられるのは、スバースによる保証があるから。彼もそれを弁えているから、スバースが我に返らないよう、罪悪感を調整している。サイが捕まる切欠を作った者も、疑惑の裁判を主導した法官長も、高等弁護官もカランが用意した手駒。スバースの役割は、彼らの働きを黙認するだけ。ただそれだけなのよ」


「と、いうことは?」

 爛爛が小気味よく、わざとらしく合いの手を打つ。

「スバースをどうにかするしかない。彼の罪を明らかにして、彼にも罪を自覚させて政官を辞めさせる。そうすればカランの力も弱まるし、未来の被害者だって減るはず。それにね――」

「それに?」

「スバースを改心させて、カランを裁く手伝いをしてもらうことだって、出来るんじゃないかな。私はそう思ってる」


 タイムは思わず声を上げた。

「出来るの? そんなことが?」

「可能性はある。私は、スリヤを語るスバースの瞳に、親の温もりを感じたの。カランの配慮が幸いして、未だ悪に覚醒出来ていないとも思える。娘を殺めたことで道を踏み外したのなら、娘の死を追及することで、道を正せるのかもしれないわ」


「そうそう都合よくいくかな?」

 セージは失敗を確信しているようだった。タイムも正直、同じ思いでいる。

「難しいでしょうね。けれど、カランとスバースがこうまで繋がっている以上、時間は彼らを不利にしない。なら、無理を承知で賭けてみるべきよ」

「何もかもが上手くいかなかった場合、どうされるおつもりなのでしょうか?」

 爛爛が試した。が、姉の声は動じない。

「そしたら諦めて、一目散に逃げるわ。出来るでしょ、牡丹?」


 パースリーが牡丹の名を呼ぶと、まず静寂があり、しばらくして応じる声が届いた。

「ああ、やってみせるさ。――パースリー、僕に頼るということは、君がスバースへ相対すると心に決めたんだね?」

 肯定するより早く、セージがぼやいた。

「その役は、俺が拝するものと思っていたが」


「私は嘘もはったりも得意なの。だから、セージよりも善い結果を掴める。それに、あなたには、あなたのやるべきことがあるでしょ?」

 一瞬目を丸くした後で、セージは、彼の持つ表情の中で最も彼らしい、自身と決意に溢れた笑顔を見せる。

「成程、分かった。俺自身を餌に、カランをシングから引き離そう」

 その顔にも、声にも、タイムの憧れる精悍な覚悟が宿っていた。

「あいつらには、綿密な連絡を取らせない。その上で同時に攻略する。そうだろ?」

「うん」

「ドニが来るなら、決着だって着けてくるさ。あいつに君の邪魔はさせない」


「なら、僕も一緒に行くよ」

 タイムが言うと、セージは不安げな顔を見せ、沈黙した。

「――連れて行ってあげて」

 姉が言う。顔は見えないが、心配を押し殺して、口元だけで笑っているのだろう。向こう見ずの勇気を、認めようとしてくれているのだ。そう思うと、タイムの四肢に熱が満ちる。


「二人共、無理はしないでね。危なくなったら必ず逃げて」

「俺は逃げない」セージはパースリーの言葉を否定した。「もし敗けるようなことになれば、皆を逃がして一人捕まろう。俺の家出は、そこまでだったってことだ。――そしたら従順に生きて、いつか母を説得して、今度は堂々とサルティナを出て……君たちを、探しに行くさ」

「そう」姉は寂しげな声を聞かせた後、きっと、微笑(ほほえ)んだ。「――待ってるからね」


 おあつらえ向きだと、タイムは思った。自分らが機械姉妹に繰られた人形であろうとも、この決意でさえ、彼女らの望みをなぞったものでしかなかったとしても。人間の矜持を見せてやりたいと、心から思った。

 離れていても共にある。かそけき愛のために、身を投げ打って挑める。牡丹が、黒鶴が、爛爛が、もし本当に()()()()を引き起こし、後悔の果てにこの旅を始めたのなら。知ってもらわなければならない。三者三様、子供たちそれぞれが思い描く愛の形と、自己犠牲の在り方を。


「それで」(しび)れを切らしたかのように、牡丹が割って入る。「君は、如何(いか)にしてスバースへ迫ろうと言うのかい?」

 ちょっと待って、とパースリーは答え、黙り込む。思わせぶりな沈黙を、タイムは楽しみながら待った。しばらくすると、セージがそわそわし始める。

「スリヤを連れていくわ」ようやく明かされた解は、思いもよらないものだった。「トルソーも全員託してほしい。中央庁舎を奇異で染め上げて、スバースから理性を剥ぎ取るために」


「そうか。君は前史技術(ぜんしぎじゅつ)の粋を集めて、古典的ネクロマンシーを行おうと言うんだね?」

「そうしたい。でも、まだ考えが纏まってないから。みんな、助言をくれる?」

 それから長く、姉の考えが語られた。タイムが思うに、それは諸々(もろもろ)を詰め切れていない、聞いていて危なっかしさを覚えるほどに見切りの構想だった。しかし、牡丹、黒鶴、爛爛。自分にセージ。更には通訳を介してトルソーたちも加わり、九人の考えを混ぜ合わせると、みるみるうちに細部が固まっていく。


 黒鶴と爛爛が戻るまでを準備の時間とし、牡丹にはその日まで牢屋にいてもらうことにした。

「最高の私で迎えに行くからね、牡丹」

「最高の僕で待っているよ、パースリー」

 パースリーと牡丹、二人を繋ぐ見えない糸は、屋敷にいた時よりもずっと(あか)い。話し合いを終え、未来へ希望を感じたタイムは、トルソーの腕を枕にして土に横たわり、心と体を休めた。

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