20:漸進的後退
月光を透かして淡く輝くカーテン。夜更けの宿はもの淋しい。
タイムはセージと二人、隣り合ってベッドに転がり、闇の中、息を潜めて転機を待つ。今頃は姉も、隣の部屋で同じようにしているはずだ。昼頃に爛爛から見せられた牡丹の映像を思い返しながら、独り寝転がり、物思いに耽っているはずだ。
光輝く白布の中で、牡丹は一人中央庁舎を襲撃し、気高く美しく暴挙を振るった。
軽々と鉄柵を飛び越えて、中庭に立つ衛兵を昏倒させ、芝を散らして駆け抜ける。正面から堂々と庁舎に入り、大階段に集まる数多の兵を打ち倒し、悪行を見咎める大政官像、大法官像を無視して法官広間へ。怒涛の勢いで螺旋階段を降る。
法庁書庫へ入るとすぐに、透過したまま着いてきていたトルソーが、書棚を動かして出入り口を封じた。その後で二人、人外の速度で資料を読み進める。
そこで彼女らが得た情報――全ては語り切れないほどの情報を爛爛が要約し、解説してくれたが、残念なことに役立つものは少なかった。
そのうちの一つが、サイの窃盗罪について補足した記述。
サイは一貫して、スバースの邸宅から美術品を盗んだ事実は無く、追加報酬として与えられた、と主張していた。しかし、その品はスバース本人からではなく、彼の邸宅に常駐していた私兵から言付けと共に手渡された、との記録があったのだ。
奇しくも、姉がラーナの家を訪ねた日、セージもまた知人――彼に『花見揚げ』の店を教えた老爺と話し、スバース邸の私兵について情報を仕入れていた。
老爺が言うには、スバースは階級に基づいて人を差別する人物ではないが、階級を超えた融和を求めることも、殊更しなかったらしい。だから、彼の邸宅で働いていたのは、先代から長く仕える使用人、及びその子女だけ。スバース自身が下流中流出の使用人、私兵を新たに雇うことは無かった。
しかしそれも、娘が失踪する前の話。後のスバースは、老爺も知る市井の人、その中でも素行に不安がある者を雇うなど、少々変わった行動を見せていたようだ。
タ イムはセージと意見を交わし、この、後からスバースの下で働き始めた私兵こそが、カランの息が掛かった者であり、サイを窃盗犯に仕立て上げた張本人だろうと結論した。
二つ目は、サイの裁判に類似した案件について。
サイの件と同じく、軽罪から拐かしへと変化した事件は他に二つ。どちらも法官長マデューが関わり、一件の弁護を高等弁護官チャールズが務めていた。記録によれば、二人共、その地位を得るまでにスバースの推薦を経ているというのだから、怪しいことこの上ない。
タイムもセージと同じく、姉がいない間に調べ物をしていた。
酒は人を軽薄に変える。ニシャが教えてくれたことだ。だから、爛爛を伴って何件かの酒場を巡り、酔っ払いから噂話を蒐集した。その中で、マデューにまつわる小話と出会ったのだ。
マデューは中流階級出の苦労人――所謂叩き上げの法官長である。実力と実績をスバースに認められ、気位の高い他の候補を押し退けてシング法官の最高位に迎えられた。正に庶民の憧れ。彼のようにありたいと励む若者も多いと聞く。けれどもその裏側には、社会の規範となるべき人物とは思えない爛れた過去と、都合の良すぎる更生物語が隠れていた。
どうやらマデューは、元来放蕩かつ金離れが良過ぎる性質だったようで、法官としてシングに来たばかりの頃は、国境ならではの目新しい酒と色に溺れ、窮して金貸しの世話になった。この話をしてくれた店主も、荒れた彼に迷惑していた口らしい。
しかしながら、借金をし始めた彼は突然覚醒し、金銭の有難味に気付く。更には、目付け役となった貸元によって、急速に真人間へと変えられた。その結果、仕事に邁進したマデューは、終ぞ法官長にまで上り詰めたという。
〈つまりは、金は回りもんなんだから、パッと使えば幸運になって返ってくるんだ。――そうやって締めるわけよ。今では、酒の場を盛り上げる法螺話の一つだな〉
店主は笑ってそう言った。タイムは全く笑えなかった。更には爛爛が、その店で最も高価な酒瓶を大胆に呷り、飲み干し、幸運を願ったところ、嫌な事実が明かされた。マデューに最も多くの金を貸し付けた人物がカランであり、そして、後のマデューはカランの商売へ、法的な便宜を図っていたふしがあるそうだ。
癒着はあると、タイムは確信した。セージも異を唱えなかった。きっと、表のカランも裏のカランも、所々で法を歪め、自らの利益を生んでいる。
姉がラーナから聞いたスリヤとアミルの悲話。セージが老爺から聞いた私兵の話。タイム自ら仕入れたマデューとスバース、カランの噂。情報は、確かに疑惑の輪郭をより際立たせた。しかし、ただそれだけ、とも言えた。
結局は、怪しげな相関性を示しているに過ぎない。カランとスバースを法的に追い詰めるには至らない。これが、全員で同意した最終見解だった。
爛爛が用意した映像は、牡丹が捕らえられるまでの一幕を、あまさず克明に記録していた。
資料を読み尽くした彼女は、
「開けなさい! 大人しく投降しなさい!」
と延々繰り返す書棚を悲しげに見つめた後、鋼鞭を握り締めたまま俯き、意を決したように顎を上げる。空いた右掌で自らの頬を叩くと、トルソーが再び透過して棚の前へ赴き、おもむろに部屋の封を解いた。
瞬間、タイムは、言いようのない感動に打ち震える。
粛々と書庫に流れ込む白銀の兵団。気品溢れる全身鎧を身に纏った、一目で精強と分かる槍兵たち。彼らはきっと、国主の白銀鎗ドニの魂を模したサルティナの誉。伝統と歴史を崇める気高い精神たちが、見縊ることなく自律機械――たった一人の小さな牡丹を睥睨する。
それが、タイムにとっては嬉しかった。セージも、熱い視線を白布に向けていた。
白銀兵の眼が牡丹を勇士と認めているか、怪物と認めているかはどうでも良い。彼女の存在を、他ならぬサルティナ国が認めた。その一点だけで、二人の心は躍った。姉もきっと、心躍らせたに違いない。
兵団の中心にスバースが現れ、詰問する。
「牡丹さん、何故、このような狼藉を?」
「シングは欺瞞の香りに満ちている。君に狂わされたのさ。分かるだろう、スバース?」
彼はゆっくりと瞼を閉じ、厳粛に号令を放つ。
「捕らえなさい」
即座に、兵団が動き出した。
彼らの進攻は一糸乱れず美しく、逞しい。兵たちは互いに距離を取ることで、屋内にて長物を扱う愚へ一応の解を示している。それは、常の戦においては不合理だが、こと牡丹を相手にしては、全く正しく機能した。
彼女の音響兵器は、長時間の照射、小刻みな連射には耐えず、だから一射で多数を巻き込むのが最善であるのだが、がらんどうの陣形がそれを許してくれない。
しかも、兵たちは予め、音の効果範囲が点であると知っていたようだった。掌を向けられた瞬間に体をずらせば、悪影響を最小限に抑えられる。周囲に余裕を持たせているから、そう出来る。それでも牡丹は対応するが、一人を倒すまでに掛かる手間が大きく違ってくる。
鞭を伝う雷も、白銀の装甲に弾かれてさしたる効果を示さない。四方八方から迫る槍によって、牡丹はみるみるうちに押し込まれていく。
やがて掌を弾かれ、激しく胴を打たれて、彼女は伏した。
勝機を悟り、銀の群れが一点に集う。幕切れ前に映された最後の光景は、幾つもの穂先によって腕を、脚を、頭を縫い付けられる朱の像。牡丹が無様を演じ切ったのか、兵団の力が彼女を上回ったのか、タイムには分からず、また、爛爛も教えてくれなかった。
ただ、牡丹は一言、まるで毒蛾の標本だ、と自らを嗤ったという。
天井を眺めながら回想に浸っていたタイムの耳に、爛爛の声が届いた。
「宿に近づく者がいます。二人共、静かに」
タイムは一度、セージと目を合わせ、寝た振りをする。
「窓の向こうに一人。カーテン越しに覗き込み……来た方向に戻っていきます。さあ、立って」
言って、爛爛が飛び上がり、天井の点検口を開いて屋根裏部屋に入る。準備しておいた縄梯子が垂れ落ちると、まずはセージが先に登った。タイムは片手で梯子をしっかり掴み、三角巾で吊るされた腕も引っ掛けて、出来る限り身体を固定する。
金属の足音。セージと爛爛が協力して、縄梯子を引っ張ってくれた。ドアが野蛮な音を鳴らす。同時に、タイムは屋根裏に辿り着き、入れ替わりに爛爛が、滑空して部屋へ降りた。
点検口を閉じ、セージが球ランプを点灯させる。タイムは身を屈め、低い天井に頭を擦りながら、彼にに続いて埃臭い屋根裏を進んだ。激しい剣戟の音が階下から届き、腹を揺さぶる。
〈敵は全身鎧の重装兵です〉爛爛の声がタイムの頭に響いた。〈山羊頭の兜、螺旋角、得物は長斧。恐らくはルハン国の傭兵でしょう。屋内に五人、屋外に最低七人。制圧を続けます〉
セージが屋根上に続く窓を開く。彼は外に出ると、両手を差し伸べた。タイムは彼に支えてもらいながら何とか這い上り、待機していた爛爛のトルソーに合流する。
彼女は一体の人形――パースリーの身代わりを背負う。急ごしらえの代物だが、闇の中では見分けがつき辛い。本物の姉は今、かつてセージがそうしたように荷物箱へ収まり、黒鶴が残したトルソーと共に隠れている。このまま潜伏を続けるか、後々合流するかはこれから次第だ。
タイムはセージと共に、トルソーの両腕にそれぞれ抱かれた。
〈絶対に、手綱から手を離さないでくださいね。舌も噛まないように〉
注意の後、爛爛のトルソーは屋根の端へ進む。眼下には幾人かの傭兵。彼女は迷わず、群れの中へと飛び降りた。着地と同時に、激しい衝撃が全身を襲う。タイムは歯を食いしばったまま、胃を揺さぶられる不快感に耐えた。
轟音が消えゆくより早く、傭兵たちが迫りくる。薙がれる長斧。子供によって両腕を塞がれたトルソーは、しかし背を見せることなく、堂々と彼らを迎え撃った。次々に繰り出される攻撃の殆どを躱し、必要であれば蜘蛛脚で弾き、隙あらば器用に蹴りつける。そうして五人を沈めたところで、怯んだ敵を置いて駆け出した。
トルソーの胸元に埋め込まれた半透明結晶体から、爛爛とパースリーの会話が聞こえる。
「パースリー。タイムは囮の役目を果たしました。結果、何が見えたというのでしょうか?」
「爛爛。今の重装兵、装備も動きもシングの白銀兵に似てなかった?」
「そっくりでしたが」
「そっくりでしたが」
「それは、スバースとカランが深く通じ合っているからだと思う。スバースは爛爛のことを知っている。だから、牡丹と黒鶴がいない宿を、彼女たちと同型の自律機械が守っていると予見出来る。恐らく、彼は牡丹を捕らえたやり方をカランに伝え、ルハン傭兵の手配を奨めたのよ」
通信の向こうで爛爛が笑った。夜逃げの最中にあって、タイムは俄かに楽しくなる。
「後は、大門。大門の様子を見てみたい」
「ええ、そういたしましょう」
幻想的なシング。窓明かりとガス灯の光がもの凄い速さで過ぎ去っていく。住宅街を越え、公園を越え、大門に続く大通りに至って、トルソーは更に速度を上げる。
タイムも想像した通り、門前では多くの守兵が陣を張っていた。
異変の報せが届いているはずもない。トルソーの最高速を超える足など機械のそれしかあり得ず、知る限り、シングとカランは自律機械を使役していないのだから。
「あいつらシングの装備を着込んでいるが、正規兵じゃないな」
セージが言う。判るの、とパースリーが訊いた。
「陣が汚い。正しく訓練されたシングの衛兵なら、あんな無様は晒せない」
篝火に照らされて浮かび上がる顔、顔、顔。人の防壁が急速に迫る。
偽の守兵たちは馬防柵の後ろで数重の列を成し、槍を構えた。雑然としているが、層は中々に厚く、トルソーの脚力をもってしても一息に越えられるかは分からない。
「目を閉じてください。いきますよ、三、二、一!」
爛爛の号令に合わせて、タイムは目を守った。
瞼の裏が白む。白光に視力を灼かれた者たちが悲鳴を上げる。そうしてすぐに、浮遊感。
「衝撃に備えて!」
落着。割れんばかりの音が騒めきに華を添える。驚き、狼狽え、目が見えないまま槍を振るった者がいたようだ。劈く怒声がタイムの耳を刺す。惑乱の中をトルソーは駆けた。喧騒は徐々に遠ざかり、やがて、八本脚が石を打つ音の他は聞こえなくなった。
タイムが瞼を開く。そこは、見知った石造りの通路。初めてここを通った時、パースリーは浮かない顔をしていて、自分は三角巾ばかりに姉の目が行かないよう、努めて明るく振る舞っていた。あれから二人、目標は違えたが、まだ並び歩けている。それが何よりも喜ばしい。
通路を越えて、生活圏外へ。空には無限数の星々が煌めく。タイムは慌てふためく出口の衛兵に別れを告げた後、トルソーに注意を促した。
「あまり速くしちゃ駄目だよ。追手が、僕たちの行き先を見失わないように」
藍の点滅が返り、僅かに足が遅くなる。彼女はそのまま、一途な速度で平原を走り抜け、小川を渡り、隆起する岩の根元に空く洞穴の中へと潜り込んだ。
「お疲れ様。ありがとう、トルソー」
タイムは二人のトルソーを労ってから、一段高くなった石の上に座り、一息ついた。
「さあ、パースリー。君が思ったことを聞かせてくれ」
セージが、遠くパースリーへ問いかける。
――少しくらい、休ませてよ。
タイムは忙しない彼に呆れた。しかし、それはね、と姉が嬉しそうに語り出すものだから、口を挟むことも出来ない。
「牡丹が庁舎で暴れたにも係わらず、スバースは宿に正規兵を遣わさなかった。本来であれば、牡丹の持ち主である私を捕えるか、説得させようとするはずよ。政庁による拘束を避けるよう、カランが働きかけているのは間違い無い」
「やはりな。呆れるばかりだ」
満足げに頷くセージ。そこに爛爛の通信が続く。
「同感ですわ。まさか、あの彼がこんなふうになるなんて」
「爛爛も見たでしょ?」パースリーが興奮気味に言った。「正規兵の装備を融通するくらいだもの。スバースは思っていたよりもずっと、カランの後ろ盾として機能しているわ。そして、カランは何をするにも、自分の手を汚さない。これでは、彼をいくら攻めても裁けない」
「では、どうされるのです?」
「裏を返せば、カランがあれほどの悪でいられるのは、スバースによる保証があるから。彼もそれを弁えているから、スバースが我に返らないよう、罪悪感を調整している。サイが捕まる切欠を作った者も、疑惑の裁判を主導した法官長も、高等弁護官もカランが用意した手駒。スバースの役割は、彼らの働きを黙認するだけ。ただそれだけなのよ」
「と、いうことは?」
爛爛が小気味よく、わざとらしく合いの手を打つ。
「スバースをどうにかするしかない。彼の罪を明らかにして、彼にも罪を自覚させて政官を辞めさせる。そうすればカランの力も弱まるし、未来の被害者だって減るはず。それにね――」
「それに?」
「スバースを改心させて、カランを裁く手伝いをしてもらうことだって、出来るんじゃないかな。私はそう思ってる」
タイムは思わず声を上げた。
「出来るの? そんなことが?」
「可能性はある。私は、スリヤを語るスバースの瞳に、親の温もりを感じたの。カランの配慮が幸いして、未だ悪に覚醒出来ていないとも思える。娘を殺めたことで道を踏み外したのなら、娘の死を追及することで、道を正せるのかもしれないわ」
「そうそう都合よくいくかな?」
セージは失敗を確信しているようだった。タイムも正直、同じ思いでいる。
「難しいでしょうね。けれど、カランとスバースがこうまで繋がっている以上、時間は彼らを不利にしない。なら、無理を承知で賭けてみるべきよ」
「何もかもが上手くいかなかった場合、どうされるおつもりなのでしょうか?」
爛爛が試した。が、姉の声は動じない。
「そしたら諦めて、一目散に逃げるわ。出来るでしょ、牡丹?」
パースリーが牡丹の名を呼ぶと、まず静寂があり、しばらくして応じる声が届いた。
「ああ、やってみせるさ。――パースリー、僕に頼るということは、君がスバースへ相対すると心に決めたんだね?」
肯定するより早く、セージがぼやいた。
「その役は、俺が拝するものと思っていたが」
「私は嘘もはったりも得意なの。だから、セージよりも善い結果を掴める。それに、あなたには、あなたのやるべきことがあるでしょ?」
一瞬目を丸くした後で、セージは、彼の持つ表情の中で最も彼らしい、自身と決意に溢れた笑顔を見せる。
「成程、分かった。俺自身を餌に、カランをシングから引き離そう」
その顔にも、声にも、タイムの憧れる精悍な覚悟が宿っていた。
「あいつらには、綿密な連絡を取らせない。その上で同時に攻略する。そうだろ?」
「うん」
「ドニが来るなら、決着だって着けてくるさ。あいつに君の邪魔はさせない」
「なら、僕も一緒に行くよ」
タイムが言うと、セージは不安げな顔を見せ、沈黙した。
「――連れて行ってあげて」
姉が言う。顔は見えないが、心配を押し殺して、口元だけで笑っているのだろう。向こう見ずの勇気を、認めようとしてくれているのだ。そう思うと、タイムの四肢に熱が満ちる。
「二人共、無理はしないでね。危なくなったら必ず逃げて」
「俺は逃げない」セージはパースリーの言葉を否定した。「もし敗けるようなことになれば、皆を逃がして一人捕まろう。俺の家出は、そこまでだったってことだ。――そしたら従順に生きて、いつか母を説得して、今度は堂々とサルティナを出て……君たちを、探しに行くさ」
「そう」姉は寂しげな声を聞かせた後、きっと、微笑んだ。「――待ってるからね」
おあつらえ向きだと、タイムは思った。自分らが機械姉妹に繰られた人形であろうとも、この決意でさえ、彼女らの望みをなぞったものでしかなかったとしても。人間の矜持を見せてやりたいと、心から思った。
離れていても共にある。かそけき愛のために、身を投げ打って挑める。牡丹が、黒鶴が、爛爛が、もし本当に巻き戻しを引き起こし、後悔の果てにこの旅を始めたのなら。知ってもらわなければならない。三者三様、子供たちそれぞれが思い描く愛の形と、自己犠牲の在り方を。
「それで」痺れを切らしたかのように、牡丹が割って入る。「君は、如何にしてスバースへ迫ろうと言うのかい?」
ちょっと待って、とパースリーは答え、黙り込む。思わせぶりな沈黙を、タイムは楽しみながら待った。しばらくすると、セージがそわそわし始める。
「スリヤを連れていくわ」ようやく明かされた解は、思いもよらないものだった。「トルソーも全員託してほしい。中央庁舎を奇異で染め上げて、スバースから理性を剥ぎ取るために」
「そうか。君は前史技術の粋を集めて、古典的ネクロマンシーを行おうと言うんだね?」
「そうしたい。でも、まだ考えが纏まってないから。みんな、助言をくれる?」
それから長く、姉の考えが語られた。タイムが思うに、それは諸々を詰め切れていない、聞いていて危なっかしさを覚えるほどに見切りの構想だった。しかし、牡丹、黒鶴、爛爛。自分にセージ。更には通訳を介してトルソーたちも加わり、九人の考えを混ぜ合わせると、みるみるうちに細部が固まっていく。
黒鶴と爛爛が戻るまでを準備の時間とし、牡丹にはその日まで牢屋にいてもらうことにした。
「最高の私で迎えに行くからね、牡丹」
「最高の僕で待っているよ、パースリー」
パースリーと牡丹、二人を繋ぐ見えない糸は、屋敷にいた時よりもずっと朱い。話し合いを終え、未来へ希望を感じたタイムは、トルソーの腕を枕にして土に横たわり、心と体を休めた。