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2.新たな婚約者

騒動から1週間ほど経ったある日、エアリアは父親のツェルス侯爵と共に登城した。

幕引きのため、国王陛下は思い切った舵を切った。アルバートを廃嫡とし、新たな王太子を定めたのだ。その役は陛下の8人兄弟の末弟であるクリストファー・ウォンに任命された。

王家は代々、ウォン家とリベス家という二つの家が数代で交代しながら続けてきた。アルバート・ウォンの失態を追求されれば王家はリベス家に移さざるを得ず、それを恐れての采配と推測できる。

8人も兄弟がいると、一番下は兄弟の一番上の子供と同世代になってしまう。ツェルス侯爵令嬢エアリアを王太子の婚約者として据え置くことは決定であった為、彼女との年齢の釣り合いを考慮した結果、クリストファーに白羽の矢が立ったのだ。

クリストファーは王弟というよりは騎士として有名だ。彼は末弟という立場をよく理解していて剣で身を立てる道を選んでおり、その腕前は剣聖と称されるほどの実力だ。それが突然、王太子に祭り上げられ、対面したエアリアにまで彼の戸惑いが伝わってくるようであった。

「お初にお目にかかります、ツェルス侯爵家が娘、エアリアでございます、どうぞよろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしく」

美しい金髪に青い瞳は完全に王家そのものであるが、言葉少なく応じるところは騎士らしい。

しかし初対面のそれも婚約者である令嬢に対する態度としては及第点にも遠く及ばない。それは陛下も感じたようで挽回をさせる為なのだろう、クリストファーとエアリアの二人で庭園を散策してはどうか、と提案された。

「申し訳ございません、この後、王太后様のお屋敷へお邪魔することになっております」

エアリアはいかにも残念という顔をして断りを入れた。そしてほどほどに会話をし、ひとり、応接室を後にした。

案内役の侍女の後についてしばらく廊下を進んだところでエアリアは言った。

「ご迷惑でなければ裏門に回ってもよろしいでしょうか」

応接室から裏門へ向かうには庭園の脇を通る、暗にそれを見たいと主張した。要求はあっさりと通り、侯爵家の馬車は裏門に回させ、エアリアは侍女の案内に従って歩みを進めた。

もちろん彼女の狙いは別にある。陛下はクリストファーを叱責していることだろう、婚約者(エアリア)を帰りの馬車までエスコートしなかったからだ。そしてクリストファーは慌てて追いかけてくるはず、しかし彼が正門に到着して侯爵家の馬車が裏門へ向かったことを知った時にはエアリアはもう王城を離れている算段だ。


『こちらこそ、よろしく』

同じウォン家として、アルバートの失態を詫びる一言くらいあるかと思ったがそれもなく、事務的な、ともすれば横柄にも聞こえる挨拶のみというのはさすがに面くらった。

要するにエアリアの、クリストファーの第一印象は最悪だった。

アルバート様といいクリストファー様といい、ウォン家の男はポンコツしかいないのか。

王太后の住まいへと向かう馬車の中で、エアリアは自身の悪習となりつつあるため息をついた。


それから三か月ほどが過ぎ、収穫祭の日となった。クリストファーが公式の場にお目見えする初の機会となるこの大事な行事に、まさかの事態が起きた。

「今日は従妹をエスコートしてもかまわないだろうか、デビュタントではわたしがその役目をすると約束していたんだ」

クリストファーの執務室へ向かうと彼は見知らぬ令嬢と腕を組んで待っており、エアリアが言われた言葉がこれだ。なるほど、婚約者であるエアリアの前でもクリストファーにへばりついて離れないこの令嬢は彼の従妹なのか。

社交界にクリストファーを王太子としてお披露目し、エアリアが引き続き婚約者を務めることで、ウォン家とツェルス家は変わらない協力体制にあることをアピールする。今夜のパーティはこの目的一点のために開催されるといっても過言ではない。

その機会を当の本人が破棄しようとしているとは。

エアリアはちらりと彼の側近と思しき男性に目を走らせたが、彼は反対どころか懇願するような眼をエアリアに向けている。彼だけではない、居並ぶ侍女もエアリアの是を待っている。

クリストファーが慣れない王宮暮らしで不便をしないようにと、屋敷で仕えていた馴染みの者たちをそのまま配置したと聞いている。一介の騎士だった彼の周囲に政治的機微に詳しいものなど存在するわけもなく、その弊害はここに現れたようだ。

いろいろ得心がいったエアリアは少し考えて、口を開いた。

「王太子殿下の仰せのままに」


「ツェルス侯爵令嬢エアリア様、ご入場です」

高らかに宣言され、エアリアは会場へひとりで足を踏み入れた。周囲の、ひときわ父母(ちちはは)の視線が突き刺さる。

王家主催の夜会で貴族令嬢がひとりで入場するなど、これほどの醜聞はない。娘を持った親は誰もが体裁を取り繕うため、金銭を支払ってでも適切な令息にエスコートを頼むのだ。

ましてエアリアは王太子の婚約者であり、この夜会の主役といってもいい。全員が入場し終わったあと、ひとりで登場したエアリアに、会場のざわめきは収まらない。

そんな中、続けてクリストファーが入場した。

「クリストファー王太子殿下、並びに、ハルバート伯爵令嬢マリアンヌ様、ご入場です」

この異例の組み合わせにいよいよ困惑した空気が場を支配した。マリアンヌというクリストファーの従妹の存在はあまり知られていなかっただろうが、この夜会で知れ渡ったことだろう、それも悪いほうで。

クリストファーのエスコートで入場したデビュタント恒例の白いドレスを身に着けたマリアンヌは、意気揚々と会場に入り、空気の読めない二人はそのまま中央に進み出てダンスを始めた。

今夜の夜会は主役のダンスのあと、陛下がクリストファーとエアリアを皆に紹介し、開催を宣言することになっていた。

彼は律儀に打ち合わせ通り、ダンスを披露している。

デビュタントだけあって、つたない動作のマリアンヌをクリストファーは上手にリードしている。通常ならば微笑ましい兄妹のダンスで済んだが今はそうはいかない。

「ファーストダンスは婚約者となさるはずよね?」

「ツェルス侯爵令嬢が継続ではなかったのか?」

「マリアンヌ様に代わられたのよ」

様々な憶測が貴族たちを楽しませている。エアリアは口もとを扇で隠して会場の成り行きを見守っていると、おそらくマリアンヌの父親であろう男性が飛び出してきてダンスを強引にやめさせた。マリアンヌは泣きわめきながら退場させられ、クリストファーは陛下の従者に促され、困惑しながらもそのあとに続いた。

そろそろだな、とエアリアが思っていると案の定、給仕から頼んでもいない飲み物を渡され、

「急ぎ、控室にお越しください」

と小声で指示を受けた。

エアリアは誰にも悟られない程度にうなずいて、優雅な物腰で会場を後にした。

お読みいただきありがとうございます

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