8話 のんびりとした休日
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今日は2人とも休日。
朝御飯を食べ終わり、洗い物を済ませ、ソファーの上でだらだらと過ごす。
「さて、朝ご飯食べて歯磨きして...。朝の身支度は一通り終わったけど今日はどうされますか?」
俺は同じようにソファでごろごろとされている愛莉さんにTVの画面から目を離さずに訪ねる。
視界の片隅でもぞもぞと動く足。
「んー」
特に何もする予定が彼女の中にも無いのかうーんと首をかしげた。
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取り敢えず.............と、買うだけ買って、見る時間がなくて貯まっていた劇場版アニメのDVDを消化する事にした。
超人気アニメシリーズ劇場版第2弾。
普段は30分のテレビアニメなのだが、老若男女問わず人気が出たためその勢いを殺すことなく映画の製作に進んだって感じだ。
異世界ほどぶっ飛んだストーリー展開でもなく、現実世界に少しプラスされたファンタジーは、俺でも覚醒出来るんじゃないか?と錯覚させられる。浮世離れしすぎてない設定が魅力的だ。
2時間のアニメが丁度終盤に差し掛かってきた。
それと同時に俺も限界を向かえる。
「愛莉」
たまらず名前を呼んだ。
案の定、名前を呼ぶとキョトンとした顔で振り向いた。
「なぁに?」
はぁ。
その何で名前を呼ばれたか分かってない顔。
「何度も言ってるだろ?
スカート履くならソファーに寝転がって脚、ぱたぱたさせるな」
俺は出来るだけ目に入らないように全然頭に入ってこなかったテレビアニメを凝視しながら伝える。
けれど、彼女はひとつも動じようとしない。
「んー。大丈夫だよぉ。ちゃんと短パン履いてるもん」
「いい。いい。見せなくていい。捲るな」
短パンを履いている証拠を見せようとしてくる彼女を慌てて制す。
俺の斜め前、部屋着として愛用しているラフなフレアスカートを履く彼女が寝っ転がってテレビを見ている。
L字型になっているソファーのせいで寝っ転がると、その体勢は...。
何度説明しても聞く耳を持ってくれない。
「えー、大丈夫」
えっへん。
何も危機感を覚えていない緩んだ返事が返ってくる。
別に今に始まった事じゃない。
ったく。
「短パン履いてる履いてないの問題じゃない」
スカートから太股の付け根、生足が覗いているのだ。
高校生、色々育ち盛りの俺をお前はどうしたい?
俺の精神が鉄筋で出来ていると思っているのか?
女優と付き合っていると言えど、組長の息子と言えど持つものは青年男性皆同じなのだ。
俺が心の中で悶えているとまた彼女は振り向き、起き上がり、座り直してきた。
「ん。ちゃんと座った」
椅子に正しく腰掛けどや顔をかましてきた。
「どう?って顔すんなし」
「へへへ」
彼女は照れたように頬頭をかいた。
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2時間もののアニメを見終わったタイミング。
「こーくん?」
ぽふっと隣にやって来た。
少しだけソファーが震える。
「こーくん?」
きゅるきゅるした瞳で何かを訴えてくる。
だが、残念ながら俺はエスパーでもなんでもないから言葉にしないと伝わらない。
「何だ?」
つんつん。
「今日、お休みの日だよ?」
この間、俺がプレゼントしたテナガザルのぬいぐるみの手を俺の頬につんつんさせ、何故か当たり前の事を言ってくる。
「ああ。休日だな。ゆっくりしとけ」
毎日、忙しかっただろ?
俺は彼女を気遣って言う。
つんつんつんつん。
それなのに、俺の頬突きはヒートアップする。
ぬいぐるみの手だから痛いとかは感じないが、ここまで連続攻撃を受けると流石にくすぐったい。
伊世早の男、やられっぱなしでなるものか。
俺は素早くサルの尻尾部分を掴むと彼女の首元にくすぐり入れた。
「ふきゃ!きゃははははは」
くすぐったそうに体をよじって笑う。
こしょこしょ。
うりゃ、うりゃ~。
なんの時間なのか.......。
一体どう言う時間を過ごしたのか人に説明出来ない楽しい時間を数分間楽しんだ。
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「で、ですよ!こーくん!今日は休みなのです!」
知ってますか?!
彼女の猛烈アピールはまだ終わっていなかった。
休みですよ休み!
彼女にとって久し振りの休日だからか少々興奮していらっしゃる。
「ああ。そうだな」
俺は彼女に冷静さを取り戻してほしくて静かに相槌を打った。
ただ、その効果は期待できそうにない。
「外、外へ遊びに行きませんか?」
ねぇねぇとかまってほしそうに彼女が俺の腕を引っ張る。
そんな事だろうと思った。
「無理だ。この前、危うく盗撮そうになっただろ?」
「むー」
いいもん。週刊誌に私達の関係が載っちゃってもいいもん。
ぐずるように言う。
や、ダメだろ。
俺はどうでも良いけどさ、愛莉は仕事に影響出るだろ?
ネット大炎上とかになったらこのご時世、いくら事務所が庇ってくれたとしても、芸能業界で干されるのは確定だぞ?
愛莉の夢がこんなしょうもない事で躓いて欲しくない。
それでも、今日の愛莉は甘え上手であった。
「むーー。春休み、私、お仕事頑張りましたよ?」
むぐぐぐと唇をちょっぴり噛み締めて上目遣いに俺を見てくる。
「ちょっとだけ!だめ?かなぁ?」
お願い。
そう両手を顔の前に合わせ頼まれる。
別に俺が彼女と一緒に外出するのが嫌とかそう言うんじゃない。
むしろ一緒に買い物にだって行きたいし、諸旅行だってしてみたい。
ただ....。
「変装して外出歩くの面倒いのに良いのか?
なんだったら俺は留守番しているから独りで気分転換してこい。それだったら気を使わなくてもいい」
もしカメラに納められたとしても、それは女優、井勢谷愛莉の休日にすぎない。気にすることはない。
俺と一緒のところを撮られるコトとは桁違いに普通のことだ。
「ダメ!私はこーくんと行きたいんだもん」
ちょっとこーくんと外の空気を吸うだけ!
変装はやる気十分と言う顔をした。
「でもなぁー。万が一身バレしたとき面倒いし.....」
俺が渋っていると「大丈夫!」今日はいつも以上に自信満々だった。
何度もお願いされては仕方ない。
俺だって2人で遊びに行きたいしな。
「はぁ。最近の頑張りに免じて......」
俺が致し方なく承諾するとヤッター!とはしゃいでいた。
ま、可愛いから良しとするか.....。
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俺達はそれぞれ違うベクトルで有名人である。
愛莉は芸能界、俺は極道界で言わずもがな、時の人である。
この肩書きのせいで苦労は絶えない。
普通の、一般人同士のお付き合いは出来たもんじゃない。
同じ高校なら、登下校時一緒に通えばいいじゃん?
いや、無理だ。
俺達が付き合ってる事をクラスの奴らは勿論、虎雅のような幼馴染みにさえ話してないから。
敵を騙すにはまず味方から。
なら、どこか2人で旅行に行けば?
阿呆か。
愛莉はどこ行っても顔バレする。
じゃ、どこにも行けねぇじゃん。
ああ。そうだよ。
どこも行けねぇ。
だから家デートがほとんど。
だが、今日みたいに偶にどうしても外を出歩きたくなった時。俺達はお互い変装して素性を隠すようにしている。俺は地毛の茶色い髪を黒髪に。当然、ピアスも外す。勉強用の黒縁眼鏡をかけると伊世早康介のオーラがどこにもない、普通のガリ勉眼鏡みたいになる。名前、名前聞かれたらどうすっかな。変装、偽名と言えば、アナグラムな所があるからな。使う機会が無いことが望ましいが、万が一俺が名を名乗らなくてはいけない場面に出くわしたら、早助絋晴とでも名乗っておくか.....。
そして、俺は髪色だけだが、愛莉は、性別も偽る。何故なら、髪色、服装全てを変えたとしても、井勢谷愛莉の可愛さを抑えることが出来なかったから。色々試した結果、愛莉はミルク色の短髪、ショタめな少年が可もなく不可もなく変装的にベストな状態になると分かった。まぁ、流石に、女優が男装してるなんて誰も思ってないしな。
そういうわけで、この変装をして初めて俺達の余所行きが完成するのだ。
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俺は、要らないかと思ったが持ってきておいて良かったとエナメルバッグからウィッグセットを取り出したのだった。




