6話 これ、反則だろ
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俺の知る彼女は天然だ。
テレビとかでは、美しい容姿に演技力を兼ね備えた逸材だと騒がれたりしているが、そんな演技派女優の片鱗はどこからも感じ取れない。
むしろ、ぽわぽわした掴み所の無い空気をまとっている不思議系だ。
これで本当にドラマの収録現場できびきび動いているのか?と疑いたくなる。
ふと気が付けば、愛莉は箸を止めこちらを見ていた。
ふっと目が合う。
......。
へらっ。
「こーくん可愛い」
じっと見つめてくるから何かと思えば、そんな事を言われた。
はぁ。
そんな君が一番可愛いんだけどな。
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夕食を食べ終わり、食器皿を2人で片付ける。
俺が洗って彼女が拭く。
流れ作業だけどそうじゃない。
キッチンに並ぶ2人のシルエット。
いつも思う。
これ、夫婦みたいだよな......。
「あ」
洗い終わったお皿を彼女に渡したつもりが、俺の手が彼女に触れてしまった。
「「ごめん」」
俺達の声が揃った。
くすっ。
彼女が笑った。
「はもったね」
「そうだな」
こんな些細な出来事も彼女となら全てが良い思い出に変わる。
そんな微笑ましいいつもの日常。
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彼女のおかげでお腹も満たされた。
今はお風呂に入っている彼女を待っている。
人の家だと言うのにいつものようにソファーに寝転がり、ボーッと天井を見つめていた。
久しぶりの愛莉、可愛いな。
今、愛莉のエプロン姿を見ていたのは俺だけ。
愛莉の手料理を食べるのも、風呂上がりの素っぴん姿を見るのも多分、世界で少数派。
日本、いや世界中に名を馳せる大物女優の些細な日常。
つーか、普通に考えてもすごいよな。
初めて会った時は、こんな関係になれると思ってもなかった。
女優なんだよな.....。
テレビに映る彼女は、別人でハキハキとして美しい。
ただ、俺的には家で見せるふわふわな素の愛莉の方が好きかもしれない。
他人が知らない彼女の一面を見れるという謎の優越感に浸っていると人の動く気配がした。
ガチャリ。
リビングの扉が開きお風呂上がりのほかほかな体、乾かしたてのふぁふぁな髪の彼女が入ってくる音がする。
「康介くん」
久しぶりに名前を呼ばれた。
横を向くと彼女は、ソファーの腹に背中を預けカーペットに座ってきた。
俺がソファーに寝っ転がっているせいで位置的にちょうど、彼女の頭が俺の顔の横にくる。
パジャマとして愛用している『ゆるふわくまのぬいぐるみパーカー~半袖バージョン~』のもふもふのフードの端が頬に当たってくすぐったい。
シャンプーかリンスーかの甘い良い香りが鼻を抜ける。
もう少しこの匂いを嗅いでおこうとしたら、彼女が向きを変えた。
ソファーの腹に肘と顔を預ける。
ソファーに横になったままの俺と彼女の目の高さが同じになる。
近くに顔がある。
彼女の息遣いがする。
とろんとした瞳。
いつものくっきり二重が随分、部厚くゆるゆると揺れていた。
「今日もよく頑張ったねぇ」
突然、突拍子もない事を口にした。
ろれつが回らないのか語尾がポワポワしている。
ああ。
眠たいのか...。
彼女の眠気を察し「ここ座れ」と、
独り占領していたソファーから体を起こしソファーの半分を彼女に譲った。2人でL字のソファーを半分ずつ。隣に彼女が座る。
「昼まで仕事だったんだろ?」
そう俺は彼女に聞いた。
彼女の眠気を察し「ここ座れ」と、
独り占領していたソファーから体を起こしソファーの半分を彼女に譲った。2人でL字のソファーを半分ずつ。隣に彼女が座る。
「昼まで仕事だったんだろ?」
「うん。もうすぐ公開の映画の番宣で、朝の情報バラエティ用の収録が何本かあったんだ」
彼女は、眠い目をこすりながら言った。
「お疲れさん」
「うん」
こくんと頷く。
「こーくんもお疲れさま。部活だったんですよね?」
「ああ。頑張った。虎雅に全勝」
俺はあの馬鹿を思い出した。
「ふふ。本当、新城くんと仲良しだ」
「そーだな」
幼稚園からの腐れ縁だしな。
「む。そこは否定してくれなきゃ妬いちゃうもん」
少し拗ねたように眉を寄せた。
ふっ。
俺は彼女の拗ねた顔が好きだ。
彼女が俺に焼きもちを妬いて"うぐぐ"と唸る声が好きだ。
あれ?俺、ドSなのか?
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「明日、春休み最初で最後のオフ日だろ?眠たいならさっさと寝ておいで」
俺はさっきから横でうっつらうっつら船を漕き、『はっ!』と覚醒するのを繰り返している彼女に言った。
「むー。やだもん。せっかくこーくんと一緒に居るのに私だけこーくんを長く眺めていられないなんて嫌だもん」
幼子のように駄々をこねる。
疲れて眠たすぎて自制が効かないのか、俺の頬を"つにっ"っと摘まんで目を"うるうる"させて訴えてくる。
「どうひらんら?」
どうしたんだ?と俺は頬をつままれたままあやふやな呂律で聞き返す。
「むー」
悔しがる様に手を離した。
彼女の中で何か葛藤があるのだろう。
「別に俺はどこにも行きませんよ。眠たいときは寝ればいい」
そうぽんと頭を撫でた。
くぁ。
彼女を見ていたら俺も睡魔に襲われそうだ。
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あれから愛莉は少しの間、眠気を我慢しようと格闘していたのだが我慢が限界に達したらしい。
「おにゃすみする」
目を擦りながら立ち上がった。
「ああ。ゆっくり寝てきな。俺ももう少ししたら寝る」
「うん」
彼女は素直に頷き...... 。
そのまま寝室へ消えるのかと思っていたがクルリと振り向いた。
「こーくん、寝る前に」
“ん。”
そう言って彼女は両手を俺の前に突き出してきた。
え?
ええ?!
突然の無防備な行動に戸惑う。
抱きしめろって事か?
う、うわ?
そう考えている間も迫ってくる。
「ん」
多分彼女は眠気が勝りすぎて自分が今、どんな大胆な行動に出ても受け入れてしまうだろう。
けど、そこまで非条理な男じゃない。
「ん」
早くしてと言わんばかりに何かを彼女は催促する。
ただそれ以上は何も言わない。両手を広げ次に取る俺の行動を待っている。
言葉にしなくとも心が通じ合えば分かるはず‥‥‥‥。
女子が両手を広げ上目遣いに待っているものって何だ?
握手‥‥‥‥じゃないし、き、きす‥‥‥‥は無理だ。
だったらハグ⁉
ハグだったらこの場合上から?
でも彼女が両手を先に広げているから、下から潜るべき?
‥‥‥‥‥。
分からん。
思考回路は爆発寸前。
俺はいつになくフル稼働な脳みそで考える。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
“プッツン”
俺の中で何かがちぎれた。
「はい。おやすみ」
俺は彼女の首の後ろに手を回し、パジャマのクマ耳フードを頭に被せた。
「むぅー」
少し不服だと言うように眉を寄せたが、眠気が勝ったのか、てとてとと自室へ寝に行った。
おやすみ。
つーか、これ、反則だろ。
これ以上は俺に何も期待するな、求めるな。
俺は彼女が寝た後もバクバクと心臓がうるさくて体の火照りが冷め寝付けるのにあれから2時間起きていた。




