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11話 明日始業式

 ■■■■■

 ところで、

「晩飯によもぎ餅って、女優としてありなのか?」

 俺は皿に盛った出来立てのよもぎ餅を食べる愛莉さんに尋ねる。

 あんこ、めっちゃ砂糖使ってるし、餅系ってカロリー高いって言うだろ?

 体型気にする仕事の人って割りと食べ物に気を使うものだと思うのだが......?




 ?

 いや、意味わかりませんみたいな顔するなし。

 お前、本当に人気女優やてるんだよな?


 ???

 や、流石にそこは肯定してくれ。




「こーくん、これ美味しいぃ」

 ガン無視してくれるな。

 よもぎ餅と緑茶を交互に味わっている。

 どうやら、俺の突っ込みを受ける気は無さそうだ。


 愛莉さん...。








 ■■■■■




 あれだけ皿に山盛りだったよもぎ餅は影も形もなかった。

 二人でよくもまぁ、こんなに食べれたものだと感心しながら、満腹になったお腹をさする。



 愛莉がお茶を入れ直してくれた。


 はぁ。

 俺はほろ苦い緑茶で口の中に残ったあんこの甘さを清めながら、深く息を吐いた。



 彼女もまた、ズズっとお茶を傾けた。

 静かな一時が流れるこの空間。

 ただ、今の俺には溜め息をつくことしか出来なかった。

 はぁ。

「明日から、新学期か...」

「うん。私達も、高校2年生ですね」

 この1年、色々な事がありました。

 だけど、あっという間でした。

 また新学期あしたから気を引き締めなくてはですね。

 愛莉はふんっと拳を握ることで意気込みを表した。


 ■■■■■

 そう。

 明日は4月10日月曜日。

 入学式の2日前から俺達、在学生の新学期は一足先に始まるのである。

 私立 立川学園高等学校。

 最寄りの駅は八掛やかげ駅。八掛駅から直線距離に徒歩10分、住宅地の中に空気を読まずデカデカと立地している私学である。

 私立だからと言っても、お金持ちのお嬢様や有名会社の息子など、エリート族が集っているきらびやかな私立学園と言う訳でもなく、単なる地元の小さな私学って感じだ。

 わりと、家から近いから...と言う理由で通ってる奴が多い。学費も決して高い方でもなく、ほぼ公立と同等、リーズナブルな学校である。

 学力レベルで言うと中の上くらい、スポーツとか部活動成績でだと上の下な感じの、よくも悪くもあまりパッと自慢できる事が少ない平凡な学生が通う学校である。



 そんな高校の平凡高校生が明日から学校生活を再始動する訳なのだが...。

 はぁ。


 どういうわけか、俺の口からはため息ばかりがこぼれ落ちていった。


 ■■■■■

 そんなに溜め息ばかりついて何がそんなに嫌なんだ?って言いたいのか?

 そりゃ、新学期だからに決まっているだろ?





 いや、新学期だからじゃないな、学校が始める事が嫌なんだ。

 何故なら、俺と愛莉の関係は学校では無に等しいから。




 愛莉と両思いになって交際と言う言葉を使いはじめてから約2年。

 同じ高校に進学した俺達は晴れて同じクラスになった。




 ただ、何か期待される目で見られている気がするので先に断っておくが、学校での俺達の関係はただの同級生でクラスメイト。それ以上でもそれ以下でも無い。至って普通の男女の仲を演じているのだ。




 そうする理由は至ってシンプル。

 俺達は馴れ合ってはいけない業界どうしであるから。

 愛莉は芸能界に精通した知り合いが沢山居る。

 そんな中で裏社会の入り口のような存在の俺と友達だとでも言ってみろ。

 一瞬で彼女の仕事を奪うことになる。

 最近、『こーくんと一緒なら私はどこでも行きますよ。ファンの皆と離れるのは寂しいけど、お仕事なんて無くなってもいいです!』と訳の分からない事を言い始めては居るが、どう考えても俺が関わると彼女に不利益しか生じない。







 ■■■■■

 和菓子祭りと言う名の夕飯を済ませ、俺は明日学校だからと後、2時間くらいで帰ると伝えた。

「うぅ。こーくん、もう帰ってしまわれるのですか?」

 愛莉はぎゅっと手を握って、エナメルバッグに荷物をまとめようとする俺の手を遮ってくる。

「まだ帰らん」

 後、2時間くらいは大丈夫だ。先に帰り支度済ませとけば、心置きなくゆっくり出来るだろ?

 俺は愛莉を諭すように落ち着かせた。


 ■■■■■


 終電前に帰る必要がある為、12時前には帰らなくては...。一駅分なら歩いて帰れなくもない距離だが、この時間は裏路地を歩けば何処からともなく、不良ザコが湧いてきて片付けるのが面倒だからな。


「じゃ、まだ時間があるならボードゲームしませんか?」

 彼女はテレビボードの下の扉を開け、いくつかのボードゲームを持ち出した。

 最近、新しく知った事だが、彼女は意外に負けず嫌いならしい。それはテレビゲームからボードゲームまで何でもござれり。一度対戦して俺に負けたゲームは自分が勝つまで誘ってくる。

 勝てば喜び、負けると拗ねる。なんとも扱いにくい人種である。

 かといって、手加減すれば酷く怒られる事が目に見えているため出来ないのだが...。


「今日は、何にするんだ?」

 俺は、鼻歌混じりに上機嫌で選んでいる彼女に聞いた。



「ふっふっふ。今日はボードゲームの代表格、オセロ様をやりたい気分なのです」

 彼女はそう言うと緑色のマグネット板を胸の前に掲げた。



 折り畳み式の机を広げそこにオセロのボードを広げた。

 ぱちん。ぱちんと白黒の駒が忙しく駆ける。

「む...」


「ほい」



「むぐぐ」


「はい」




「うぐぐぐ」




 だんだん彼女の顔が険しくなっていく。



 今日のところは手加減して.....。



 めっ!!!



 あー、はいはい。

 じゃ、勝つけど良いんだな?




 頑張るもん。



 分かった。

 じゃ、今から本気出す。





 ふぇ?

 まだ、本気じゃないの?






 当たり前だ。

 ほら。

 真黒になるぞ?





 あわわわ。

 えいっ。



 ふっ。

 まだまだだな。





 うぅー。





 俺は愛莉の百面相を堪能していた。






「そーいえば、明日は学校に来れるのか?」

 俺はふと、多忙を極める彼女に訪ねた。

「うぅぅ。こーくん....」

 その言葉にピタリと動きを止め目に、涙を溜めうるうるさせながらこちらを羨ましそうに見てきた。




 ....。

 その反応......。

 仕事なんだな......。

「あのね。始業式の日、マネージャーさんがちゃんとスケジュールを開けてくれていたんです。なのに....、なのに......、直前になって急遽、雑誌の撮影が入ったんです」

 予定していたモデルさんの体調不良らしくて.............。




 うぅぅぅ。

 目に涙を溜めて悔しがっている。



 まぁ、愛莉の仕事が増えるってことは良いことだ.............よな?

 それだけ世間に注目して貰える機会が増えたってことだし。

 女優としてもっと名を馳せたいんだろ?



「うぐっ。で、でも良くないです。タイミングの問題です。新学期はクラス替えの発表があるんですよ?私たちの高校では3年生の時にクラス替えがないので、明日が高校生活最後のクラス替えなんです。一世一代の大勝負なんです」

 透明な鉢巻きをつけた愛莉が炎の中でメラメラしている幻覚が見える。



 や、愛莉さんが今から戦おうが戦わまいが、もうクラスは決まってると思うぞ?

 撮影、頑張っておいで。

 な?


「うー。それでも初日は行きたかったんですぅ」


 俺はぽんぽんと頭を撫でると、愛莉は悔しそうにソファーの上の"ゆるふわくまのクッションバージョン2"に顔を埋め、むむむと唸っていた。




 ■■■■■


「2年生でも、また同じクラスが良いです」

 "ゆるふわくまのクッションバージョン2"を抱きながら、ゆるふわくま耳の間から、ひょこっと目だけを出してきた。

「ああ。そうだな」

「今年は学校でもこうしてお話がしたいです」

 "ゆるふわくまのクッションバージョン2"の右手をぴしっと挙げしゃべった。


「俺とお前が学校で言葉を交わすとこ見られると、ニュースに取り上げられるかもしれないぞ?」

「ふふふ」

 彼女の背中が揺れた。

 少々大袈裟だがあながち間違ってはいない。

 俺たちは生まれ育った環境が違うからな。


「大丈夫ですよ。私と康介くんはただのクラスメイトですから」

 彼女は人差し指を口元に添え、静かに微笑んだ。




 ■■■■■

「じゃ、次は.............明日来れないから.............明後日だな」

 明日は電話はするが会えないな。

 顔を見れないのが残念だ。


 俺は彼女のふわっふわな髪の毛のなかに手を埋めた。

「明日の朝、絶対に教えてくださいね?」

 クラスどうなったのか気になります。


 ふんっ。絶対ですよ?と念を押される。

「んー。どうすっかなー」

 ちょい、意地悪を吹っ掛けたくなった。



 俺がニヤリと笑うと、彼女は卑劣だという風な目をしてきた。

「今日のこーくん意地悪です.............」



 くく。

 やっぱ、拗ねた顔も可愛いんだよな。

「冗談、嘘に決まってる」

 ちゃんと連絡するよ。



 俺は笑いながら彼女の家を後にした。


 気が付けば、空が暗かった。

 いつの間にか日が沈んでいた。

 今日は新月なのか、星が肉眼でいくつか見える。

 俺は星空の下、最寄り駅で電車を降り、自転車を飛ばしていた。



 ■■■■■

 家に帰ると出迎えてくれた帯を襷掛けした着物姿のお手伝いさんに玄関先で呼び止められた。

「旦那様が御呼びです」




 はぁ。またか...。

 何度断れば諦めてくれるのか...。

 詳しいことは説明出来ないしな......。

 それとも、俺達は無理矢理引き離される運命にあるのか...?

 だが、子供のように無視する事も出来ず、昼間の電話の続きを話すべく伊世早組の組長部屋のある奥間へ向かったのだった。





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