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アップルさんの話

ブックマークありがとうございます!

とても励まされます。これからもよろしくお願いします。

 みんなの希望だと言われても正直私にそんな能力があるとも、そうなるべき器であるとも思えなかったが、それでも帝都に辿り着くまでに見てきた人々の暮らしぶりを見ると誰でもいいからあの王の代わりをやって欲しいと願う気持ちはよくわかった。

 

 アップルさんには一年ほどお世話になったが基本的な精霊との契約と王族の精霊の契約の違い、その心構えについての説明に加え、自身が見てきたこと、知っている過去の話を全て教えてくれた。話し好きのようで、こちらが興味を持って聞いて話をせがむと、怒られちゃうわ、と言いながら最終的にはローズマリー様の秘密も全て話してくれた。とても、衝撃的な話も。


 この世界の王は人間として生まれるが、代々魂の形が特殊である。全能オールマイティという全ての精霊に呼びかけることが出来る魂。ただし、よいものだけでなく悪しきものも。王となるまでに、悪しきものに負けないための帝王学はかなり長い期間にわたって学ぶらしい。全能の力を人々に使うためにはどのようにしたらよいか。そして将来王座についても問題ないと判断されると一回目の「契約」がなされる。神殿にて、大聖女と聖剣のもとに、王の器として認められる。すると、精霊たちと契約を交わせるようになるのだ。

 私が精霊と契約を断られているのは、この一回目の契約が成されていないから。器のないものは、生涯人間として生きる。反対に器のあるものは王座につかなくとも契約を交わし、魔法使いとして生きる道も与えられる。

 

 王は現在千二百歳過ぎ。悪魔の手に「堕ちた」のは約六百年前のことだったらしい。詳しくはわからないが、王となるために行った神殿での魂の契約の儀式の際に大聖女に一目惚れ。恋人がいると断られたにも関わらず猛アピールをくり返しやっと手に入れたらしいのだが、結婚したらしたで大聖女の「元カレ」である魔法使いへの非常に強い嫉妬心から悪魔につけ入られて闇堕ちしたらしい。

 聞いてしまえばなんてくだらな……いや、ほんの些細なことでこの国をこんなにも貧しくさせたなんて全く情けない事だと思う。

 さらに闇堕ちした王は淫魔(インキュバス)と契約していたため、恋焦がれて手に入れた大聖女以外の女性にも手を出そうとするようになる。魂が違うため人間の女性には王や魔法使いの子供を産むことが出来ない。そのため王は聖女や魔女を中心に狙った。その結果、当時は何人もいた聖女たちが神殿から姿を消した。大聖女だけは留まり新たな聖女の育成、契約を担っていたのだが、それも四百年ほど前のある事件で音を上げて逃げ出してしまったらしい。それ以降はろくな聖女が育っていない、ということになる。なんとも迷惑な話である。


 ある事件とは今から372年前(!)にローズマリー様やアップルさんは魔女として契約を終え、帝国に認めてもらうため王と謁見したときのこと。

 ローズマリー様は当時十六歳、アップルさんは二十歳だった。それからもう一人は男性で、シオンという二十歳くらいの若者だったらしい。

 王は若く美しいローズマリー様を一目で気に入り、側室になるように執拗に迫った。ローズマリー様は恋人がいると断ったらしいのだが、とち狂っている王は諦めるはずもなく、強引に部屋に閉じ込めてローズマリー様を手に入れようとした。


 自害しかねない激しい抵抗をする美しい娘に手を焼いた王は、契約している淫魔の力を借りて娘を眠らせた。淫魔は夢魔でもあり、甘美で幸せな夢を見せる。すると正体を失っている娘は恋人の名を呼んだ。王はその名前に聞き覚えがあった。それはちょうど今、妻である大聖女が教育中の、次の大聖女の座を期待される大きな力を持つ青年の名だった。

 王はまた嫉妬した。妻の昔の恋人である魔法使いも、稀代の能力をもつ大魔法使いだった。この美しい娘の男も、大きな才能に恵まれた聖女だと?しかも男の身で。そんなものは絶対に認めない。そう、王は自身に大きな才がなく、容姿も凡庸であることを非常に気にしていたのだ。ただ、血統で王になれただけ。そんな自分が大嫌いだった。

 王は美しい娘に手を出すことも忘れ、寝室を飛び出した。そして妻である大聖女の元へ行きこう言い放つ。


「今育てている若者を聖女とは認めぬ。俺が認めねばそいつは人間のまま。百年もすれば朽ち果てるだろう。そのうえで、あの娘を手に入れてやる」


 懇願する大聖女の話は一切聞かず、王は娘と青年を神殿から追い出した。


「俺を拒んだことを永遠に後悔し続けるがよい。お前たちに幸せな未来があると思うな。時の流れの違いに、絶望するがよい」


 それから娘と青年の姿を見たものはいない。百年経ったあと、定期的に栗毛の美しい魔女を探す使いが帝国中を回っているが、ローズマリーが見つかったという話は聞かない。そしてあまりのことに、大聖女もついに王を見限り、出て行った。それから約四百年近く経過して、現在に至る。



「そんな……」


 そんな事があったなんて。あのふざけた調子のローズマリー様に、そんな過去があったなんて。

 貧しい生まれで、井戸の精霊を脅したり、お金にがめつかったり、美人だけど自分のことを「ワシ」と言ってしまうちょっと残念美人で、それで……

 自身の話をほとんどしないのには辛く悲しい過去があったからだった。きっと聖女となった恋人と今でも仲睦まじく生きている未来を思い描いていたはずなのに、王に不当に幸せを奪われていたのだ。

 誰も来ないような深い森に、必要な人しか通ることが出来ない「道」を設けてあとは結界で姿をくらませているのはそういう事情があったのだと悟った。


「だからね。あの子がこうして誰かを、……あなたを弟子にして育てているのがびっくりよ。その時の恋人はもういないでしょうけど……元気だったのね」

「元気……でした。弟子ももう一人いるんです」

「あら、そうなの?」

「でも、ローズマリー様はいつも本心をどこか隠しているような。わざと変わった魔女の仮面をかぶっているような、気がしてました」

「そう……」


 そうだ。私はただの弟子ではない。ローズマリー様が誰よりも憎んでいるはずの男の子供だ。どんな思いで私を引き取り、育ててくれていたのだろう。想像もできない。

 笑うと可愛いと言って撫でてくれた手。女同士だからと毎日一緒にお風呂に入ってくれた。頭を洗ってくれた。女の子なんだからと言っていつも髪を綺麗に梳いてくれた。こっちの方が似合うんじゃないか、と言いながら私の服を楽しんで選んでくれた。彼女と過ごした年数がセージよりも少ない分、私を可愛がろうとしてくれていたのを感じていた。その優しさの数々が今、思い出されてならない。

 きっと私の目を見る度に思い出したのではないか。それでもローズマリー様は態度にも出さずそのままの私でいさせてくれた。目の色も、旅での安全を考えたときに初めて変えただけだった。

 ローズマリー様の負ってきた痛みを想像すると、涙が溢れてきた。

 ふと、初対面のあのとき言った「悲劇だな」とは、自分にも言ったのかもしれないと思う。

帰ったら、沢山恩返しをしよう。そして私ができることは、今の王を私の手で引きずり下ろすこと。


「私が次の王になるには、どうしたらいいのでしょうか?」

「……そう言ってくれて、よかった」

「今の王をこのままにしておくと、国は貧しいままだし、また誰かが傷つけられる。そんなのは嫌です」

「あなたは優しい子ね。あなたにはしっかりと王の器があると言えるわ。方法はちょっとだけ難しいけど、単純よ。大聖女を見つけること」

「どこにいるんでしょうか」

「それはわからないわ。大聖女が認めてくれるなら契約は成される。その前に、今の王が自ら王を退くと宣言しないといけないけどね」

「それも難しそうですね」

「そっちは大丈夫よ。魔法戦でちょっと脅せば、嫌でも言うわよ」

「へえ……」


 魔法戦とはちょっと穏やかではないが、炎を使うというアップルさんの目が少し輝きを増したのが怖かった。


「お話は以上よ。知りたい情報は得られたかしら?」

「はい」

「なら、まずは一旦帰りなさい。ローズマリーのところへ」

「はい」


お読みくださりありがとうございました。

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