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メルトへの郷愁

(お嬢ちゃん。……のお嬢ちゃん)


「あ……」


 夢。随分懐かしい夢をみていた気がする。昨日、メルトからの客人が来ていたからだろう。起き上がり、目から流れ落ちた涙を拭った。

 メルトは私が生まれ育った町だ。今住んでいる森を出るとハイスルに、ハイスルからさらに西に向かうとメルトに出る。そこから来たという村人のおじさんは大量の薬草の購入予約をしていた。


「これが今日予約分の薬草だ。他のものも新しく入ったからいる分を言ってくれ」

「それはよかった。なら追加でこれとこれも」

「……随分たくさんの薬草が必要なんですね」

「ああ、まあね。町自体が古いし最近じゃ少しいた若もんも出て行くから年寄りばかりなんだ。残っている年寄りは大体が身体にガタがきている。高価なポーションなんぞは手が出ないから、こうして原料になる薬草を煎じて飲んで気休めにしているのさ」

「……」

「なに。若い人が気にすることじゃないさ。老いるってそういうことだからな」

「あの、モリオンさんをご存知ですか?」

「ああ、モリオンか。あの爺さんも薬草を希望しているよ」

「お元気なんですか!?」

「元気では、ないな。随分長い事足腰の痛みに悩まされてるからな。最近はもうほとんど家から出てこない」


 私が最後に会ってから七年は経っている。最悪もう亡くなっているかもしれないと思っていたから生きていることにほっとした。けれども元気とはいえない状態。こんな私によくしてくれたのに、何も言わないまま勝手に修道院を出て行ったことを今更ながら悔やんだ。


「ミヨシさんの方は?」

「モリオンの嫁さんか。結構前に死んでるよ」

「え……?」

「何年前だったかなぁ。急にやつれて、そのまま病気で死んじまったな」

「病気?どうして!」

「確か、育てていた子供をやむを得ない事情で修道院に入れたんだが、その子供が実は修道院で虐待されてたらしくてね。そいつが消えちまってから虐待があったことを知って大層心を痛めたらしい。毎日泣いて後悔してたって、その心労がたたったんだろうってな」

「嘘……」


 愕然とした。ミヨシさんが亡くなっていた。しかも私を心配して、そんなにも心を痛めていてくれていたなんて。その優しさに報いることなく、何も言わずに修道院を出て行った自分の身勝手さが今更ながら重くのしかかる。モリオンさんだけでなく、ミヨシさんにこんなにも辛い思いをさせて死なせてしまった事実は、あまりにも残酷な現実だった。

 私は面会に来てくれる二人を心配させないように、修道院での辛いことは言わなかった。何も。暴力を振るわれても、せっかく買ってもらった新しい服を破かれても、教科書を捨てられても、何も言わなかった。顔に傷があって心配された時も、何も。

 もし後からその事実を知ったとすれば、ミヨシさんは自身がもっと寄り添ってやればよかったのではないかと後悔し、或いは修道院に預けてしまったこと自体を悔やみ自分を責める優しい性格であることをどうして想像しなかった?

 そして私はどうして何も言わずに出て行った?あの時、いくら心に余裕がなくて、今の生活から抜け出したいと思っていたとしても。あの家にいた頃私は確かに可愛がられていて、ちゃんと幸せに暮らしていたのに。

 ローズマリー様に引き取られてからも、そのあとも、いくらでもあの家を訪問するチャンスはあったはずだ。修道院での苦い思い出があるとしても、メルトにはいずれ訪問して彼らのその恩に報いる必要があったのに、どうしてそれをしなかった?今は幸せに暮らしていると伝えるだけでも、結果は違ったかもしれないのに。

 私がいることで悪魔に悪夢を見せられても、低級妖魔が来たことで私の代わりに怪我を負った時も、仕方ないよと言って私を責めたりしなかった優しいおばあちゃん。修道院の子供たちと違って心の隙につけ入られたりして、私をいじめたりなんかしなかったのに。

 私は、してもらったことに対して、ほんの少しの恩返しも、お礼を言うことすら出来ていなかった。自分の事しか考えていなかった。

 そう思うとただ大きな後悔しかなく、涙があとからあとから溢れだしてくる。その様子を見たメルトの村人も、私の異変に気付いて問いかける。


「親しい間柄だったのかい……?まさか、あんたがその子供なのかい?」

「……っ」


 ただ泣きじゃくるだけで答えない私の肩をセージが優しく抱く。


「大切な人だったんだな」

「……うん……っ」


 ため息をついたセージが私の背中をさすり、ちょっと待ってろと言って奥の部屋に消えると、瓶を何本か持ってくる。


「すみません、これ、モリオンさん?に。薬草よりは効果あります。痛みに効くポーションなんで。でも原因を突き止めてそこを治療しないと、根本の治療にはならないんで、また痛むと思います」

「あ、ああ。わかった。確かに渡しておくよ。他に言付けはあるかい?」

「いえ、今は……こんな状態なんで」


 セージが私を見やって言い、続ける。


「落ち着いたら必ず会いに行かせます。それまでお元気でいて下さいと、伝えてもらえますか」

「わかった。また、来るよ」


 力強く頷いたメルトから来たおじさんはそう言うとそっと小屋を出て行った。



「お前を育ててくれていた人なんだろう?いい人だったんだろうな。残念だったな……」

「……っ。ど……しよう……っ。なにも、お礼も……勝手にいなくなってごめんなさいも……言えなかった……!」

「あの時そのまま連れて行った俺にも責任はある。ごめん」

「ううん……」


 全ては自分の身勝手さからだ。わかっている。


「落ち着いたら、モリオンさんに会いに行って安心させてやろう?俺が助けられることなら、助けてやるし」

「ありがとう……」



 起き上がった私はしっかりとした足取りで一階に下りる。セージはやっぱり先に起きて、朝食の準備をしていた。


「おはよう」

「おお。よく寝れたか?」

「うん。私、決めた。モリオンさんに会いに行く。ちゃんと、育ててもらったお礼を言って、今までの不義理をお詫びする」

「うん」

「それと、出自をはっきりさせてくる。どうして私がみんなに迷惑をかけてばっかりだったのかも、はっきりさせる」

「そうか」


メルトに帰る村人のおじさんはきっと「それはそうと魔女さん鼻に詰め物してたな……」と思っているに違いないです。シリアス回なのに涙

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