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一夜が明けて

 人が動く気配を感じて目が覚め一階に下りると、ローズマリー様が朝食を作っているところだった。


「起きたか」

「……おはようございます」


 朝に誰かに挨拶できるのは久しぶりだ。温かい朝食を作ってもらえるのはなんと幸せなことだろう。そう思って感動していると怪訝そうな顔をしたローズマリー様に問いかけられる。


「今日の予定は?」

「特になにも」


 ローズマリー様はお金が大好きだ。居候なら金を稼いでこいと言いたいのだろうか。予定もないことが申し訳なくて、少しだけ縮こまって答えると、意外な返事がきた。


「町に出るか?服、あのローブだけなんだろ?」

「あの、でも私お金全然なくて。ちゃんとした魔法も使えないので、怪しい占いとか霊媒師的なことでしか稼げなくて……」


 いいものも悪いものも見える私は、その精霊たちからの言葉を聞いて簡単な占いや霊媒師的な事をすることができて旅の最中は細々と生計をたてることができていた。細々、とだが。


「金ならある。気にするな」

「……いいんですか!?」

「大丈夫だ」


 少し困ったように微笑むローズマリー様の笑顔がとても美しくて、何故か私は胸がときめいた。その頬にそっと触れてみたい、と。美女は同性もときめかせることができるらしい。


「午後からメルトから薬草を買いに来る村人がいるから、それまでには戻る」

「はい!」



「やっぱり、この町は貧しいですね」

「そうだな。王がろくな政策をやらない。そろそろ交代してもらいたいもんだ」

「そうですね……」


 この世界の王は人間ではない。正確には人間として生まれているが、王家に伝わる魂の契約により魔法使いや聖女同様人とは違う魂に変化させる。現在の王が千歳はゆうに超えているため帝都の人々でもその詳細を知っている人はほぼおらず、唯一出会えた帝都の魔女から聞いた話によると神殿で特別な儀式をして新しい王と認められたら、その者に正式な王としての魂の契約がなされるらしい。

 現在の王が悪魔に唆されて「堕ちて」しまってから数百年が経っていると聞いている。悪魔とは魔女や王であっても契約を新たに交わすことでその魂を「堕とす」ことになる。堕ちた人間は毎日だらけ、あらゆる誘惑に負け、まさに自堕落な生き方となる。自分さえよければ人身売買なども厭わなくなくなり、まさに悪魔そのものとなるのだ。


 今来ているのはローズマリー様が隠れるように暮らしている森に隣接しているハイスルという貧しい町だった。私が生まれ育ったメルトよりもさらに貧しい。それも、ここ数年で格段に貧しさが増している。王がまともな政策もせずに税金だけをあげた結果である。


「これじゃまともな服は買えないな。どうする?メルトまで行くか?それか、別の日に帝都まで出てもいいし」

「いえ、いいです。私、高価な服なんて買える身分じゃないので」

「金なら気にするな。姫のような恰好をするわけじゃないだろう?」

「姫!?そんなドレスなんて一生着ませんよ。似合うわけもないし」

「……ならもう少し見て回るか」

「はい!」


 見ていると、草木染めをしている店が見つかった。


「わあ……!」


 お茶だけでなくレモングラスかと思われる明るい色合いのハーブ染めの服もあり、とても好きな雰囲気の店だった。見ているとその中のひとつのシンプルなワンピースに目が引きつけられた。控え目な淡い紫色がとても綺麗だ。


「これ、見せて下さい」

「これはアメジストセージの花で染めたものだよ。素材はコットンとリネンが少し」


 身体にあてて丈を確かめる。フードがついていて袖がきゅっと絞ってあり、くるぶしが少し出るくらいの長さ。どれも私の好みだった。


「これがいいです!」

「わかった。これをください」


 ローズマリー様が支払いを済ませてくれ、簡単に畳んで紐で縛られただけの状態で渡される。


「ありがとうございます!とっても素敵な色。生地も素敵だし縫製も丁寧でしっかりしてる。また他のものも買いに来ますね!あ、お金稼いでからなんでちょっと先になりますけど……」

「あはは。こちらこそ、ありがとう。喜んでもらえてなによりだよ」

 

 40代くらいの優しそうなおばさんが笑ってくれる。私が買うことでお店の助けになるのなら、占いでもなんでもしてまたこのお店で買い物をしようと思った。


「そっちはアメジストセージの茎で染めたものだね。こちらのお嬢さんが買ってくれた服が花、それが茎の部分。同じものを使っているよ。そっちのお嬢さんは恋人にかい?」

「あ、いや……」


 ローズマリー様は男性用のローブを見ている。淡い黄緑色でそれもとても素敵だった。


「あの、彼氏できたんですか?」

「冗談を言うな!そんなものはいない」

「じゃあ、セージが帰ってきたとき用ですか?」

「いや、まあ……もう身長がどのくらいかもわからんしな」

「これならある程度身長の幅があっても大丈夫だよ、ズボンなんかと違って丈は好みだからね」

「……ローズマリー様、これ、買っておいてくれませんか?私、お仕事してお金返すので」

「誰か、渡したい奴がいるのか?」

「セージに」

「え?」

「せっかくだし、久しぶりに会えたら渡してあげたいかなって。きっとセージのことだから同じ服ばかり着てそうだから」

「そう、か」


 何とも言えない表情のローズマリー様がこれもください、と言い支払いをしている。


「恋人に渡すのはそっちのお嬢さんなんだね」

「こ……!」

「いえ、そんなんじゃ!」


 ローズマリー様と私が同時に動揺した声を発する。


「なんだ違うのかい?同じ花と茎から染めたものを、恋人で分け合うなんて素敵だと思ったんだけどね」

「いいえ、あの、その……」


 確かに恋人なら素敵な話かもしれない。恋人、なら。


「それはそうとあんたたちは姉妹かい?美人姉妹だねえ」

「いえ、姉妹ではありません」

「いいえ!まさか!」


 美人と言われると素直に嬉しいが、ローズマリー様は若く見えても百歳は超えているだろう。一方私は十七。血も繋がっていないし似ているはずもないのだが、友人同士ではなく姉妹に見えたのは師弟という関係だからだろうか。私たちが否定するとおばさんは気にすることなく笑いながら話を続けた。


「そうかい?若くて綺麗な時期なんてあっという間だよ、楽しみな!」

「はい……」


 ローズマリー様は相当長い間この姿なんだろうけど、と思いながらも、おばさんに励まされたので曖昧に頷いて店を後にした。



 歩いていて感じるのはやっぱりこの町は貧しいということ。路上には職もないであろう大人の姿、まともな食事にありつけてなさそうな子供の姿が少なくなかった。

 すると小さな小さな精霊に衣服を引かれる。


「ちょっと待ってください」

「どうした」


 引かれる方向に邪悪な気配を感じる。ローズマリー様も感じたようで表情が険しくなる。


「あっち、ですね」

「ああ」


 汚い路地を進むと子供の泣き声と大人の罵声。そして、悪魔の姿があった。


「あの人、堕ちて……いや、まだだわ」


 魂はまだ綺麗な人のものだった。けれども心の隙に悪魔につけ入らている。


「痛い、父ちゃん、やめてよう!父ちゃんが頑張らなくても、俺が金稼いでくるから!」

「うるせえ!ガキのくせに生意気な口きくんじゃねえよ!」


 父親と思われる酒瓶を持った男に髪を掴まれながら蹴られている少年を見ると、かつての自分の姿とかぶった。

 修道院の他の子供たちに私が虐待されていたのは、私自身が呼び寄せた悪魔が子供たちの心の隙に入り込んだからだった。ある程度修行していた修道女たちが私に不平不満を言わず変わらない態度だったのはそういうことだったのだろう。

 普通の人であれば負けてしまう。自分の現状を人のせいにして、責め立てる。悪魔とはそういうものだった。


「父ちゃん、母ちゃんが死んでからおかしいよ!二人で力を合わせようって言ったじゃないか!」

「お前には関係ねえ!親に向かって説教するな!」


 激昂した男が酒瓶を振り上げ、少年に向けておろした。

 

「やめて!!!」

「危ない!!」


 時間の流れを遅く遅く感じる。私は少年を胸に抱いて庇い、来るであろう衝撃に身体を固くして待った。さっきの小さな精霊が少しでも守ってくれることを願って。


「加護を」


 そう聞こえた瞬間酒瓶が私の手前で勝手に派手に割れ、続いて聞こえた言葉で悪魔とガラスが弾け飛んだ。


「浄化」

 

 悪魔の姿が粉々になり、あっという間に消えていく。


「浄……化……?」

「お姉ちゃん、ありがとう!」


 少年が礼を言う声で現実に引き戻される。


「あ……無事だった?怪我はない?」


 頬に両手で触れて無事を確認する。顔が腫れているがこれは今回のものではない。以前、父親にやられたものだろう。


「う……」

「父ちゃん!」


 先程の衝撃で吹っ飛んで倒れていた父親が起き上がろうとしていて、少年はそんな父親の手を支えて心配そうに助けている。あれだけされてもまだ心配する親子の情というものを目の当たりにして複雑な気分になった。


「カミル……」

「父ちゃん!」

「さっきのは何だ?俺は……瓶を……お前!大丈夫だったか!?」

「大丈夫だよ!あのお姉ちゃんたちが助けてくれたから!」


 父親がよろよろと私とローズマリー様を見上げて立ち上がる。


「ありがとうございました。俺は……息子に手を……どうかしていました」


 虐待は許されることではない。しかし、悪魔につけ入られていたことを知っている私はただ責めることだけはできなかった。


「もう、辛くても、楽な方に逃げたらだめ。隙を見せたら、またあいつらにつけ入られる。同じことを絶対にくり返さないで」

「加護を与えている。あんたらが立ち直るまでは効いているだろう。だからといって驕り、悪しき感情を心に抱けばすぐにまた取り憑かれるぞ」

「はい……ありがとうございます!」


 泣いている父親を見ると、この分なら大丈夫かなと感じた。


「困ったら、周りの、まともそうな大人の人に頼るのよ」

「うんわかった!ありがとう!」


 私がカミル少年と話している間にローズマリー様は踵を返して森に向かっているところだった。


 いや、あれはローズマリー様じゃない。加護や浄化を使えるのは、あいつだけ。


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