ネロリの話 PART3
(お腹が痛い。それにこの張り、もしかして)
その日は城にいて、王と夕食を食べたばかりだった。ここ一週間ほどは城で大人しくしていて次の日からは王とオルトナに数日滞在する予定だった。それくらい、予定日まで猶予があったはずだった。
(最近転移魔法の魔法陣の用意で魔力使いすぎて身体に負担かけていたから?……痛た)
考えているうちに次の痛みが襲ってくる。
「これ、やっぱり陣痛よね……次は何分後かしら。うまく動かないと」
王とはちょうどいい距離感で生活できていた。ここに来た当初なら、きっと何も告げず逃げるように隠れ家に行っていただろうに……その時私は礼儀を通そうと、陣痛の合間に王に城を空けることを告げる選択をしてしまった。
「王」
「どうした」
「明日からのことですが」
「オルトナに行くんだろう?」
その予定だった。でも今はそれどころじゃない。
「申し訳ありません、今回は私一人で行かせて下さい」
「……構わないが、それはお前の隠しているそのお腹の子と関係があるのか、聞いておこうかな」
「……ッ」
冷静に言う王に妊娠を気づかれていたと悟り、顔から血の気が引く。
お腹が大きくなる前から体型を拾わないゆったりとしたローブを着て、お腹が出てからは下着にお腹を支える工夫をして目立たないように出来ていたはずなのに。
「見た目ではわからないようにしているようだが、俺は魔力の感知が得意でな。お前の魔力が何か別の魂と複雑に絡んだ気配に変わったのはすぐにわかっていたよ」
「うそ……」
全てわかっていたうえで、私に魔法を教え、オルトナの町でままごとのように過ごしていたというのか。
「その気配から……子どもの容姿はどちらに似るかわからないが、瞳の色だけは紫だと断言できるぞ」
「そんな……」
「いつ教えてくれるのか待っていたんだが、お前は何も言わずその子を産んでどうするつもりなんだ?……本来なら一日と俺から離れることが出来ない身体なのにどこに行こうというんだ」
「……」
怒っているわけでも、微笑んでいるわけでもない王の感情の読めない顔を見た私は何故か恐怖を感じた。何にしてもこのままこの男の側で赤ちゃんを産むわけにはいかない。王妃になるなんてまっぴらだ。私は転移魔法を出現させるとすぐさまオルトナに移動した。
(早く、王が追ってくる前に……!)
私は計画していた通り、転移魔法でオルトナから様々な場所を経由しながらメルトに向かった。
何度か移動するのはその痕跡を少しでも消すことが出来たらと、各地に用意した魔法陣には一度使用すると形跡を消すことが出来る魔法も組み込んで複雑に用意してあった。
見る限り新たな魔力も感じないので事前に追跡魔法がかけられた様子もない。きっと私がこうして逃げていくことは王には予想できていなかったはず。
「はぁ……っ、ここはバレてないよね……」
痛むお腹を押さえてメルトの家に到着した私は、ソファに倒れこむようにして痛みを逃した。
「ううぅぅぅ~~」
胸を張って、幸せを感じながら、私と誰の子だと言うことも出来ない子。
そんな業を負わせてしまい申し訳なさと自分の情けなさに涙が流れる。
そう。私は自分が情けなかった。どこで判断を間違ったのだろう。たった一人で、深い業を背負わせた子を産まないといけない自分。
いや、私は一人ではない。
「ミヨシさん、すみません、」
「あら、ネロリ。どうしたの……?」
「お願い、先生を呼んで」
「生まれそうなんだね!お父さん、急いで!先生呼んどくれ!」
「お、おう!待ってな!」
陣痛の合間になんとか立ち上がりお隣のミヨシさんに頼みに行った。このメルトにいる唯一のお医者さんはこの村全員の子どもを取り上げたことがあるベテランだ。
慌てて出ていくモリオンさんを見送りながら、私は襲ってきた痛みに耐えながらミヨシさんに支えられ部屋に戻る。痛みの間隔が短い。もう間もなくなのだろう。
「ほら、ここに寝るんだ、シーツも綺麗だよ、安心して。今、お湯を沸かしてくるから」
「あ……ありがとう」
また襲ってきた痛みをなんとか逃す。
「もう近そうだね、もうしばらくの辛抱だよ、お父さんったら、遅いんだから!」
「だいじょうぶ……」
「先生、きたぞー!」
モリオンさんの大きな声に安心した私は泣き笑いでミヨシさんの手を握った。
「これはもうすぐだ!初めてなのによくここまで頑張った!」
「ああ……!」
ほぎゃ……
声が小さく聞こえたのはそれから間もなくだった。
「女の子だよ、いやあ、これはべっぴんさんになるに違いないね」
「どれどれ赤ん坊なんてどれも同じ顔だろ……あれ、本当にはっきりした顔してるな」
「お父さん!黙んなさい!入ってこないで!」
先生やモリオンさん、ミヨシさんが口々に言う中、私は見せられた赤ちゃんの小さな姿を見て感動の涙を流していた。
(かわいい……この子が誰の子だって、私の大事な赤ちゃんなことは変わらない。この世で一番大切な、私の子)
その柔らかい身体の温もりを感じながら幸せを噛みしめていたその時。
「ごフッ」
「ネロリ!?」
「どうしたあんた!」
私の鼻から口から、血が吹き出てくる。
「あ……」
視界も赤い。目からも血が出ているのを感じる。
(どうして……七日くらいは猶予があったはず……!)
そこで思い出された、王の「本来なら一日と俺から離れることができない身体なのに」という言葉。
(もしかして、この子がお腹にいることで呪いが緩和されていた?)
一人でオルトナで過ごしたあとは必ず魔法陣を使ってすぐ帰るように念押ししてきていた王の強い瞳。
私の身体に、新たな生命があることを知っていた王ははじめにこう言っていなかったか。
「早いな。俺の血が呪いを和らげたか」
それは王に抱かれた次の日に逃亡した私が身体の異変を感じて戻った時に言った言葉。何が早いのだと、気にもしていなかったあの段階で、私が王の子を宿す運命だということをもう把握していたというのだろうか。
全部、あの年老いた王の掌の上だったということか。
視界がかすんでくる。
ああ、駄目。もう少し、私のかわいい赤ちゃんとの時間を過ごさせて。せっかく会えたのに。
「ネロリ!」
「しっかりするんだ!」
みんながそう言っている言葉を聞きながら、私は意識を手離した。
☆
「……というわけで、気が付いたらメルトの家じゃないし赤ちゃんはいないしで……」
「お前が話すと緊張感に欠けるな」
私が生まれるに至った経緯をお母さんが話し終えると、ため息をついてローズマリー様が言った。
「事情はわかった。終わったことはもう責めても何も変わらないしな。まずは今しなければならないことをやっていくぞ」
「そうね」
国王は死んだ。そして、この国は荒れている。全部が私のこれからの働き次第だという重圧を感じた。でも、私は一人じゃない。セージと見つめあい、頷いた。
「……積もる話はまだあるが暗くなる前に崩れた城の修復から始めるか。シオン、お前も手伝えよ」
「……ああ」
先ほどは王の手下としてローズマリー様の魔法に対抗していた魔法使いの男性は頷くと、神殿から見える、かつて城があったはずの場所に視線を移した。
ここまで読んで下さりありがとうございました!
もう少し、続きます。




