ネロリの話 PART1
カモミール視点から、ネロリの回想に入ります。
わかりにくかったら申し訳ないです。
「だって、私はお姉ちゃんのために生まれてきたから」
お母さんの言葉にローズマリー様はただ一言
「ネロリ……」
と言って沈黙した。その短いやり取りだけで今初めて見た私にも、この二人が互いを大切に想い合っている姉妹なのだと伝わってくる。
「カモミール?」
「……はいっ!」
いきなりお母さんに名前を呼ばれびっくりした私は裏返った声で返事をする。セージが俯いて震えているのは笑っているからに違いない。あとで覚えてろ。
「カモミールは今十七歳って言ったわね」
「はいっ」
「……一人にしてごめんね」
「……」
確か離れると命を落とす呪いを王にかけられていたと言っていた。私を授かった事を王に知られたくなかったからなのだろうがそれほどまでに嫌っているならどうして……王と関係したのだろう。
「まだ混乱しているから教えてね」
お母さんは切なそうな表情で微笑むと私の頭に手を置いて髪を撫でてくれた。
「お姉ちゃんとは十歳になってから会ったって言ったわね。それまでどうやって暮らしていたか教えてくれる?」
「え……と、七歳まではモリオンさんのところで、それから修道院で……」
「修道院?どうして?モリオンさんたちに何かあったの?」
「それは……」
お母さんは王の子の体質を知らないのだろうか。呪いを受けて亡くなっていたので仕方ないが、それでも苦労してきた日々を思うと心が暗くなるのを抑えられない。
「……お前は魔女として帝都で謁見して登録をしてないから知らないだろうが、王の血筋が特殊な魂をしているのが原因だ」
「そうなの……?」
すぐに答えられなかった私に代わってローズマリー様が説明をしてくれる。
「帝都で謁見する時に、大聖女から今の魔法使いや聖女の人数、王の体質、それから昔は王が唯一契約していない土の属性の魔女のスカウトもあったな。……とにかくそういった説明があった」
「それで、王の血筋の特殊な魂って?」
私の方を気にしながらお母さんは食いつくようにローズマリー様に問いかける。
「王族の魂は精霊たちを惹きつける。そして悪い者たちも同様だ。一定の年齢になって聖剣をもって王の器として認められるまで、それらのどの者とも契約は交わせない。だから普通は王族の子は帝王学として魂を堕とさないようにしっかりと教育されて精霊たちと契約できるようになるまで育ててから王の器として認められる」
「でも、この子はそれが出来なかった」
「そう。精霊たちだけでなく、悪魔たちも周囲に多く寄って来ていたそうだ。国が荒れていたし、あの貧しい村じゃ余計にだ。その結果、カモミールに寄ってきた悪魔たちが悪い影響を周囲に与えるようになった。普通に暮らしてる人間なら持っている少しだけの邪念でもつけ入られるくらいに」
「モリオンさんとミヨシさん、もしかして……」
「いや、その方たちは立派な人だったみたいだ。悪魔につけ入られてカモミールを虐待するようなことはしなかった。そうだな?」
ローズマリー様の言葉に私は頷く。ここからは私が話すべきことだろう。
「はい……でも、毎夜悪夢を見るようになったと言っていました。二人は自分たちの心が弱いからだと悩んで……修道院に、そこなら安全だろうと私を預けることにしたそうです」
「そうだったのね。それで、修道院で……」
「……」
実際は修道院にいた他の孤児に虐待されていたのだが、はっきりとは言えなくて俯いた。
「……で、カモミールが十になる頃に弟子が見つけてあたしの所に連れてきたんだ」
「すぐにわかった?……私の子だと」
「ああ、わかった。目の色以外は小さい時のお前に瓜二つだったから」
ローズマリー様は明るく美しいマロンクリーム色の髪をしているが私とお母さんはありふれたくすんだ茶色の髪である。私は三つ編みにしているがほどくと今のお母さんのようにふわふわと毛先に向かって緩く巻いていくため、髪質も同じだろう。
「だからこの紫の目を見た時に絶望したんだ、わかるか」
「うん……ごめんなさい」
お母さんは頭を下げたあと続けた。
「でも、辛い思いをしたお姉ちゃんにこれ以上嫌な思いをして欲しくなかったの」
「だから!お前に何かを望んでいたわけじゃないし、まして命を懸けてまで助けて欲しいなんてこれっぽっちも思ってなかった!」
「わかってる……でも、お姉ちゃんと間違えて私の所に来る神官についていって、もうやめて欲しいって王に直接言いに行ったら私が一度……王の言うとおりになれば考えてやるって言われて」
「それがどうしてこんなことになるんだ」
☆
私が赤ちゃんを産んだのはつい昨日のことのように感じる。小さくて柔らかく、温かくて愛しい我が子の身体を私は覚えている。実際は十七年も経っていて、私は死んでいたということだけれど。
お姉ちゃんをいつまでも執拗に追い回す王。どうしたら諦めさせることが出来るのか。
小さい時から不思議だった。お姉ちゃんは魔女で、エリオット兄さんは聖女で。周囲の人と同じように少しずつ年を重ねていく兄さんと、いつまでも少女のようなお姉ちゃん。
そのうち、魔女と聖女は人とは違う長い寿命を与えられていつまでも若い姿でいると知った。それならどうして?疑問がつのる。
どうして?エリオット兄さんはいつまでも若い姿でいないの?二人は結婚もしているのに子供がいないの?どうして?
疑問に思って両親に聞いたことがある。いつも言葉を濁してはぐらかされていたが、ある時ようやく教えてもらった衝撃の事実。
「帝国で正式に魔女として認められるために謁見したときに王に気に入られてしまってねえ……」
「あの子は美人だろう。妃になれと言われたそうだよ。それで王を拒んで怒りを買ったんだ」
「エリオットが聖女になったあとに帝都に行っていればこうはならなかっただろうに、運命は残酷だというものだよ」
精霊と直接契約する魔女と違い、聖女は王と大聖女に認められないと聖女としての魂を与えられないことをその時に知った。
「ローズマリーには何も言うんじゃないよ、エリオットのために魔女にまでなったのに、あの子が一番辛いはずだから。私たちが死んでも、あの子だけが生き続けることになるんだよ」
「……」
それなら私が魔女になってお姉ちゃんと一緒にいてあげる。真実を知った私はお姉ちゃんが頼み続けたという井戸に向かい、私に加護をもたらすように、契約するよう頼んだ。その願いはすぐに叶えられ、私は水属性の魔女となることができた。
そして両親が言った通り、両親が順に亡くなったあと長い方とはいえエリオット兄さんにも人としての寿命がやってきて私とお姉ちゃんは二人きりになった。
私だけでもずっと傍でお姉ちゃんを支えていこうと決意し二人暮らしにも慣れてきた頃、王からの使いがやってきて城で暮らすように言ってきた。お姉ちゃんは抵抗し、私はお姉ちゃんを逃がすことに尽力してそれからは別々に暮らすようになった。私には逃げる要素もないしそこまで厳重に隠れて暮らしていなかったのでそのうちまた王の使いがやってきた。私たちは属性は違うけれどよく似た魔力を持っているらしい。
容姿の方は私もそれなりだとは思うけれど、女神のように輝く姿のお姉ちゃんにははっきり言って劣る。使者たちもすぐに人違いだと気が付いたけれど、半ば強引にお城について行った。
「なんだこの娘は。ここに来たことはないな、非公式のはずれ魔女か」
神官と私室に向かった私を見た王はお姉ちゃんではないことを認めるとつまらなさそうに言う。
お城まで行って王に会ったのはこの時が初めてだった。
「もうやめてもらえませんか?」
「やめるとは?」
「おね……ローズマリーを自分の物にしようとすることをです」
私の言葉に王は興味を持ったようで少しだけ瞳に光が灯る。随分年老いているようだけど、この王は一体何歳くらいなのだろう。
「良く見たらお前、ローズマリーに似ているところがあるな。身内か?魔女がいたなんて初めて聞いたぞ。登城して帝国魔女にならなかったのは、あいつに言われたからか」
「もう、お姉ちゃんを追い回すのはやめてください、そっとしてあげてください、お願いします」
「それならお前が代わりに俺の妃になるというのか」
「それは……」
特に恋人がいない私でも無理というものだった。王の悪評を聞いていたことに加え、老いた見た目も嫌悪感しかわかなかった。
「お前の姉の自由の代償としてそれなりのものは頂かないと割に合わないと思うが?」
ニヤリと笑った顔が不気味に見える。これが悪魔と契約して堕ちた者の顔なのだ、と感じた。
「……一夜限り、一度だけでしたら王にこの身を捧げます。それで忘れてもらえませんか」
「一夜限りとは、随分安いもんだ。今後一生の自由と引き換えられるとでも?」
「私は純潔です。お姉ちゃんとは違い、他の人と比べたりもできません」
「お前もなかなか言うな。……面白い。こちらに来い。お前の名は?」
「ネロリです」
王は私に手招きをすると神官に出て行くように言った。
「では約束してもらえますか?」
「そうだな……」
そう言った王は私が念押しするより先に
「さすがに俺にも良心はある。この姿では嫌だろう」
と言うと一瞬で一般の人間でいう20代くらいの若さに姿を変化させ、驚く私に説明した。
「淫魔には相手を誘惑するために自身の最も美しかった時代に姿を戻す術が使える。……代償はあるがな」
そして私は純潔を散らした。王は意外なほど優しく扱ってくれた。どうせ道具のように一方的に抱かれるのだろうと思っていたが、そのようなこともなかった。私は思ったほどの悲しみも嫌悪感もなく、ただ仕方ないと冷めた感情が心を覆っていた。
「それでは私はこれで」
一夜が明けた後、私は王の部屋を後にしようとベッドから離れ身支度を整える。王はまだ若い姿のままで片肘をついて寝そべったままこちらを見た。
「このままここで暮らさないか」
「ご冗談を。約束したじゃないですか」
ぎょっとする。この王は何を言っているのだろう。
「俺もそろそろ独りでいることにも飽きてきた。以前は妃がいたが出て行ってしまった。子供を授かることが出来なかったしお前が跡継ぎを産んでくれたら俺としても助かる」
「そんなことできません。私を騙したのですか!?」
かっとなって王を睨みつける。また、堕ちた者の魂の気配を感じた。
「騙すつもりはなかった。ただ、気が変わったんだ」
「同じ事です!」
私は急いで扉に向かうと出て行こうとした。が、王が何やらブツブツと言っている気配がして、嫌な予感がした瞬間、一度だけ心臓を捕まれる感触がして私はその場にうずくまる。
「なにを……」
「これ以上身を削る契約はしたくはなかったのだが、俺から離れたら死ぬ呪いをかけさせてもらった」
「……!」
「昨夜きりのつもりではあったが、思った以上に心も温かくいい時間を過ごせたからな。お前を手放すのは惜しいと思ったんだ」
私は王の言葉も聞かず、そのまま城を飛び出して行った。
異変は数日ほど経ってから現れた。メルトの村まで離れてとりあえずの拠点を見つけ、ようやく腰を落ちつけたときだった。鼻血が止まらなくなり、次の日には口からも血が出てくるようになった。
(俺から離れたら死ぬ呪いをかけさせてもらった)
王の言葉が頭の中で聞こえる。身体の内部で何かが起こっている気配がする。これは本当に命を落とすことになるだろう。
(最低……お姉ちゃんを探しに行くことも出来ない……)
私は重くなった身体を抱え、王のいる城に戻っていった。
「戻って来たか」
「……最低です」
「そう怒るな」
年老いた姿に戻っていた王は静かに微笑むと、部屋を用意したと言ってそこに私を軟禁した。
衣食住は整えられ、警戒したがそれから王に身体を求められることは特になく少しだけ安堵する。
ただ食事だけは王と一緒にとることを要求され、私はげんなりしながら王と向かい合って食事をした。
王は私自身のことを知りたがり、育った環境や魔女になったきっかけを聞こうとした。
「お姉ちゃんを独りにしたくなかったからです」
「……そうか」
それから王はお姉ちゃんに繋がる話をすることはなくなった。
そして数週間後、私は体調の異変に気付いて絶望に陥ることになる。
ここまでお読みくださりありがとうございました!




