大聖女アリアナの想い
今回もローズマリー視点です。
憎き王は死んだ。一世一代の禁忌の術を使った王は妃であるアリアナの腕の中で永遠の眠りについた。
一体どれほど肉体を削る契約を悪魔どもとしてきたのだろう。年よりも老いたその姿はどこかほっとした表情で目を閉じ、満足しているようにすら見える。
この男は心が弱かった。だから悪魔なんかの囁きに負けて自分に都合のいい夢を見るためにその魂を堕とした。
別の男から奪ってまで手に入れた大聖女アリアナ。それなのにアリアナの元恋人だったという稀代の大魔法使いに劣っていると常に悩み、愛される自信がないあまり現実から目を背けようとした。
「バカな奴……」
自身を腕に抱いている女がどんな表情で、どんな気持ちで今お前を見つめているか知ることが出来ないなんて。
その姿を見れば、自分がどれほど想われているかわからないはずがないのに。
一度アリアナと話したことがある。
淫魔のせいとはいえ、自分の夫が若い魔女を追いかけ回すのだ。いい気がするはずがない。それに、あたしからエリオットを奪った男の妻として何か思うことはないのか、という気持ちがあったのもある。
「大聖女アリアナ」
「ローズマリー……」
エリオットが死んでネロリと離れて暮らすようになってすぐのこと。アリアナの気配を探って辿り着いたあたしにアリアナはただ目を伏せて頭を下げた。王の傍にいた時と美しさは変わらないものの、質素なローブに身を包む姿。
「……エリオットは亡くなったのね」
アリアナが自身の跡継ぎとして育てていたはずのエリオット。王のせいで聖女として生きていくことが叶わず人として短い生を終えた。
「はい」
「……あなたは今どこに」
「王の使いがやってきてかなわんから今は逃亡生活です」
「ごめんなさい。私が、あの人の心を安らげることができなかったせいで……あの人は魂を堕としてこんなことに」
「あなたのせいじゃないだろう、全てはあの、あいつの弱さのせいだ」
アリアナを責めることは出来ず、視線を落とすときらりと光るアリアナの指が目に入った。
「……それでもまだあの王を想っているのですか?」
「そうね……」
王から贈られたであろう透明に光る石のついた指輪をそっと撫でたアリアナはあたしを見ると哀しそうに微笑んで話し始めた。
「私たちの馴れ初めは聞いたことがある?」
「まあ……有名なので」
「どこまで聞いているの?」
「……大聖女に一目惚れした王が交際している大魔法使いからあなたを奪ったと」
「そうね……王がどうして堕ちたのかは知っている?」
「王は……どちらかというと平凡な性質で……その才能のある大魔法使いに負けているのではないかという嫉妬心が心を闇に傾けた、と」
あたしの言葉にアリアナは泣きそうな顔で微笑むと言った。
「他の人にもわかっていることなのに、私はその時それに気付くことが出来なかったの。あの人の心に寄り添うことが出来なかった。隣にいることが答えだとわかっているだろうと、はっきりと言葉にして伝えたりしなかった」
「でもその通りじゃないですか?嫌な男と結婚するわけないだろう、あなたが王を受け容れたのが答えなのでは?まさか命令されて結婚したのですか?」
「違うわ。でも私は感情を口にすることが苦手で……あの人に乞われて嬉しかったのに、求婚の言葉に頷いてただ『はい』と言っただけだった。五回目の求婚だった。そんなに熱心に想われて、嬉しかったの。毎日面白い話をして私を楽しませてくれたわ。気が付いたら恋人よりも会うのが楽しみになっていたの。でも私のはっきり言わない態度があの人を苦しめていたということを、離れてこんな場所に来てやっと……人々の噂から聞いて理解したの。こんな取り返しのつかないことになってから……」
あたしは色恋には疎い。エリオットしか知らないし、恋愛の駆け引きもうまいやり方も何もわからない。けれども。
「……それを伝えてみたらいいじゃないですか」
王はもう堕ちてしまい、ろくな政策も補償もしないから国は荒れる一方だけど……
「……そう思って何度か王都に行ったの。でも、王は私の顔を見たくないと……」
「それでも強引にでも聞かせてやったらいいだろう!」
なんてもどかしい。大聖女相手に辛うじて丁寧に話していたがそれもやめた。この女の奥ゆかしさは魔女になりたいからと毎日井戸にいる水の聖霊を説得し続けるくらいはしつこいあたしの性格からは考えられない。
「できないわ……」
弱々しく言う大聖女アリアナに、あたしはそれ以上何も言うことが出来なくなった。
そして、数百年が経過してしまった。
それでも自分の命と引き換えに他の者を蘇らせる禁忌の魔法を使わせたくなくてエリオットのフルネームを伝えるのを渋った姿からきっとあの男は理解したのではないだろうか。
エリオットはもう戻らないが同じく伴侶を失ったアリアナに免じておまえのことは許そうかと思う。ネロリとカモミールがいてくれるだけで幸せだと思えてる自分が薄情なような、それでいて誇らしい気がする。
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