母と娘、そして姉と妹
続きは来週投稿するとか言って数週間、自分に呆れます。申し訳ありませんでした!
魔法陣から現れた女性を抱いてローズマリー様が泣いている。きっと、大切にしていた妹さんなのだろうな、と思った後、ああ、それが私のお母さんなのかと気が付いて急に緊張が走った。
「ネロリ。これがお前の娘だ。名前はカモミール。あたしが名付けた」
「……むすめ?」
「お前が死んで十七年、経ってるんだよ」
「え……私……」
「十七年前に死んで、今蘇ったんだ」
「そんなこと出来るの?あ、できたからこうしてるんだけど……それで、この子が私の赤ちゃん?もう、わかんないよお姉ちゃん……急すぎて……っ」
混乱した様子のその女性はそれでも私から視線を逸らせないようでじっとこちらを見て視線を絡ませる。
私は私でその人に何て声をかけたらいいのかわからないが、きっとかける言葉はこの言葉に決まっているだろう。
「……お母さん、ですか?」
「……っ」
その人はくしゃっと顔を歪め、こちらに歩いてきて私の頬を手で包むと嗚咽を漏らしながら背中に手を回してぎゅうっと抱きしめた。
「こんなに大きくなるまで一人にしてごめんね……、私が育ててあげたかったのにごめんね……っ」
「お母さん……」
「生き返れるなんて思わなかった……」
私から離れて向かい合ったお母さんは涙を拭いながら少し困ったように微笑むと続ける。
「だって、王と何が……あったかお姉ちゃんにもアリアナ様にも言えなかったし、まさか妊娠するなんて……呪いまでかけられるなんて思わなくて……」
「そうだネロリ、どうしてそんな危険な事したんだ。カモミールがこうしているから良かったものの、お前の選択は褒められない。それにあたしがこの子と偶然出会ったのも、この子が十にもなってからだ」
ローズマリー様は慈しむような態度から一転してじろりとお母さんを見て問いかける。するとお母さんは目を伏せて小さく答えた。
「……お姉ちゃんをそっとしといて欲しかったから。静かに……エリオット兄さんを偲ばせてあげたかった」
「そんなことで……!」
「そんなことなんかじゃない!私はずっと見てきた。エリオット兄さんが先に死んじゃったのも、静かに暮らしたいのに、何度も王都から使いが来て……私たちの村で暮らせなくなったことも、お姉ちゃんがずっと同じ場所に定住できないのも、全部あの王のせいだって!」
「だからってお前に何とかしてもらいたいなんて思ってなかった」
「知ってるよ。だから私が先にお姉ちゃんと一緒にいることをやめた。私が中途半端な結界の中で暮らしていればまずこちらに来るから」
お母さんは両手を握りその手をじっと見つめて下を向いた。
「だって、私はお姉ちゃんのために生まれてきたから」
「ネロリ……」
☆
ネロリが産まれた日のことをあたしは今でも覚えている。
エリオットが村を出て行ってから約一年後のことだった。
エリオットが聖女見習いとして神殿に行ってからあたしは空虚な日々を過ごしていた。自身も魔女になればいいと気付くまでは、本当に抜け殻のような状態だった自分。
唯一の支えとも言えるエリオットがいなくなり、周囲の子どもと馴染めないあたしの性格を心配した両親は苦肉の策であることを思いつく。それがネロリだった。
あたしが十五になる年に生まれたネロリはとても愛らしく、そしてあたしのことを愛してくれた可愛い妹だった。
井戸にいるであろう水の精霊を脅す日々の中で過ごす幼い妹との生活。
そこそこ年がいってから子どもを授かった両親には体力的にもきつい部分があったようで、あたしは甲斐甲斐しく妹の面倒を見た。
両親があたしのためを思ってそうしたのがわかっていたのもあったが、無垢な笑顔であたしの指を掴んで離さないその小さな存在はあたしの心に温かい火を灯していた。
あたしが魔女になりエリオットと神殿で仕事をするという夢が叶えられそうになった時に唯一の気がかりだった、まだ言葉も話せないほど幼い存在の妹。
……そして間もなく打ちのめされてエリオットと一緒に戻った村にネロリは変わらずいて、笑顔であたしを迎えてくれた。
正式な聖女になれず少しずつ老いていくエリオットには、同じ人間の寿命を持つネロリが相応しいのではないかと思う日もあった。
ネロリの産んだ子ならあたしはその子を愛せるだろう。けれども、それを口に出すことはエリオットのこともネロリの事も傷つけるのはわかっていた。
そうしているうちにネロリは呆気なくこう言ってのけた。
「私、水の魔女になったよ」
「え……?」
「これでずっと一緒にいられるね」
笑顔で言うネロリをあたしは問い詰めた。
「何でそんな大切な事を相談もなしに勝手に!」
「だって、言ったら反対したでしょう?」
「当たり前だ!普通の幸せは手にすることが出来なくなるんだぞ!」
笑顔のネロリは涙を流しながら続けた。
「お姉ちゃんがエリオット兄さんと私を二人きりにしようとする意味くらいわかってるよ?そんなの、酷いよ。……でもこれで私もお姉ちゃんと一緒。人の子は産めない」
あたしの歪んだ思いを察知するだけでなくそれを回避する術まで自分のものにしていた聡い妹の気持ちを想像するとあたしはただ心が痛く、ネロリの顔を見ることが出来なくなり
「飽きるくらいあたしといることになるんだぞ。お母さんたちとは全く違う年のとり方をするのに……」
と下を向きながら呟いた。
「わかってる。それでも私はお姉ちゃんといる」
「ネロリ……」
「だって、私はお姉ちゃんのために生まれてきたから」
「……っ」
あたしたち三人はそれぞれの能力を活かして村を繁栄させた。エリオットは治癒能力を使い病や怪我を癒し、あたしは土の魔法で、ネロリは水の魔法でインフラ面を整えていった。
そしてそれなりの年月が経過した。変わらないと思えた生活もエリオットの死によって変化する日が近付いていた。
エリオットを失ってからもしばらくはネロリとあたしは村にいて変わらず生活していた。ネロリがいたからあたしは辛うじて自分を保つことが出来ていた。このままいつかは忘れるのかと思っていたが、しかしある時王の使いである神官が村にやってきてあたしに登城するように告げる。辞するのを許さないと言うかのように屈強な兵士があたしの大切な人と判断されたネロリを人質として捕らえようとした。ネロリはすぐさま魔法で応戦すると、呆気にとられる神官と兵士に挑戦的な態度をとりながらあたしに言った。
「お姉ちゃん、早く逃げて。またきっと会えるから!」
「ネロリ……!」
「私は大丈夫だから!早く!」
あたしも引くつもりはなかったが、そのあたしをも攻撃しかねないネロリの様子に苦しい選択をするしかなかった。それからあたしは各地を転々としたが、もうネロリと一緒にいない方がいいというのはお互いに感じていた。ネロリは生まれ育った村に時折帰っていたようだ。そしてごく稀に、ネロリの気配を近くに感じた時にはそれを頼りに再会し数日、空白だった時間を埋めるかのように話して一緒に過ごした。それでも魔女が複数いると人々の噂から目につくのは明らかだったため、あたしは名残惜しくネロリの住む場所から離れた場所に向かった。
そして悲劇は突然訪れた。
その時あたしには成り行きで小さな同居人が増えていた。赤子の時に家の前に捨てられていたセージ。森のはずれに住むあたしのところにわざわざ持ってくるくらいだ、この子の不思議な能力に気付いたのか、親に似ない銀髪を気味悪がったか。こんな辺境の森の近くに住んでいる者になんて聖女に関する知識などあるわけがなかったのだろう。知っているものはこの子の銀髪がそれを意味することにすぐ気が付くというのに。
そしてある日考える。
(最後に会ったのはいつだったか。20年ほど前だった)
可愛いあたしの妹。この弟子も少し成長してきた、そろそろ一緒にここを離れて新しい地を求めてもいいかもしれない。その時にネロリにこの子を紹介したら、一体どんな顔をして驚くのだろう。少し楽しみだ。
そう思っていたのに。
「師匠!とんでもない奴見つけたんです!ここに置いてやってくれませんか?」
焦った様子で帰ってきたセージと外には人ではない魂の気配。そうは言ってもこれ以上魔女だの聖女だの増やすわけにはいかない。目立ちすぎる。
「そいつにだって住んでる場所があるだろう、勝手に決めることは出来ない」
「家族とかいなさそうです」
譲らないセージにため息をついてあたしは返す。
「うちは孤児院じゃないんだよ。無責任に子供を拾ってくるんじゃない、元の場所に返してきな」
「あんな場所に戻したら大変なことになります!とにかく見て下さい!」
「ちっ」
セージもなかなか強情である。仕方なくドアを開けてそこにいる薄汚い子供を見たあたしは息を呑んだ。
どんなに汚くても見紛うこともない、幼い頃の愛しい妹に生き写しのその姿。
そして王家の血を引くものしか持たないとされる紫色の瞳。隠しようもない、わかるものにはわかるその特殊であらゆるものを惹きつける魂。
ネロリに会わなかったこの20年、あたしも変化したけれどあんたも相当な事があったようだね。この子供が孤児で、王家にいないということは恐らくネロリはもう……この世にはいまい。
「あー……これは珍しい魂だね。悲劇だな。これまできっと大変だっただろう。あんた、名前は?」
「ありません」
「……ふーん。じゃ、カモミールね」
「……」
カモミールとの生活はそうして始まった。
あの時確かにあたしはネロリの子なら欲しいと思った。愛せると思った。でも、こんな形で叶うなんて酷すぎるじゃないか……
カモミールは母親とは産まれてすぐに死別して別の者に育てられていたと語った。あの子に一体何があったのか。あの子を死に至らしめたあいつだけは許さない。あたしのこの命を犠牲にしても、絶対にその責任をとらせてやる。
ここまでお読みくださりありがとうございました。




