セージとローズマリーとの出会い
セージは私と同じでローズマリー様の弟子である。私は十歳の時にローズマリー様に引き取られて以来二年間ここで暮らしたが、セージは私よりも前からいて、私が出て行くときもまだいた。
私は人間でローズマリー様は魔女だが、セージは人間なのに普通は使えない魔法を使うことができた。
ここは普通の人間と、精霊と契約した魔法使いが住まう世界。人間が精霊に認められ契約を交わすと魂の色が変わり、寿命が人間よりも各段に長くなる。そして人間には使えない魔法を使える魔法使いとなるのだ。
「寿命はそこまで長くない。二千年に届くものは少ないとされている。まあ、何事もなければ平均1700か800年くらいか?」
「長っ!」
「長いわ!」
ローズマリー様からその話を聞いたとき、セージと同時に突っ込んだのは言うまでもない。
精霊に認められるのは簡単なことではない。例えば人口千人ほどの村に一人いるかいないか、くらいだ。そして精霊に認められないとその属性の魔法を使えるようにならないのに、セージは加護と浄化の魔法を使うことができた。ローズマリー様が言うには精霊を介さないものは魔法とは言わないそうなのだが、加護も浄化も人間には使えないものなので私は魔法だと思っていた。
セージは赤子の時にローズマリー様の家の前に捨てられていたらしい。以来、ローズマリー様に育てられている。私よりも一つ年上だったから今は十八になっているだろう。いつも背の低かった私をチビだチビだといって揶揄っていたセージ。
そしてセージだけでなく私のカモミールという名もローズマリー様がつけてくれた。
私は捨て子ではなかったから生まれた時は名があったのかもしれない。けれども母親は私を産んですぐに死んでしまったらしい。そこでお隣に住んでいた年いった夫婦に育ててもらっていたのだが、その二人は私に名前をくれなかった。お嬢ちゃん、と呼ばれていたように思う。
愛情を注いで育ててもらっていたと思うがそれも長く続かなかった。私は生まれながらに精霊だけでなく悪霊、悪魔の類も引き寄せてしまう体質らしく、毎夜続く悪魔の甘言に悩まされた老夫婦は七年で私を修道院にいれることにした。
そこならば少しは穢れなき場であり悪魔など寄ってこないだろう、との判断だったようだがそれは甘く、特に聖女のような力を持たない田舎の修道院では為す術なくそこの修道女をも悩ますことになった。修道女たちは私には文句は言わなかったが私と同じように修道院に引き取られた見習い中の子供たちからは私が邪悪な存在とみなされているということはひしひしと伝わってきた。それは三年が経過する頃には顕著となり、相部屋だった寝室は誰も一緒に寝たがらなくなり屋根裏に、食事も皆が終わってから一人厨房で、祈りの時間や授業すらまともに受けることは出来なくなり、あてもなく貧しい街をうろつくようになった。
セージにはそんな時に出会った。ローズマリー様のお使いで私のいる村に買い物に来ていたときだったらしい。私を「堕とそう」とする悪魔の囁きにイライラして井戸水をかぶっていると恐ろしい断末魔の叫びが聞こえた。そちらを見ると悪魔が憎々しげに私から距離を置いており、その時私に加護を与えたものがいるということに気が付いた。
その頃は昼であっても邪悪な悪魔や位の低い妖魔のようなものも私の魂を狙ってやってくるようになっていた。契約する、という私の言葉がないとどんなに脅しても誘惑しても私を堕とすことはできないようになっている。幸い善良な精霊も周囲にはいたので唆されてはいけないと警告され、それが間違ってはいけない道であることが私にもわかるようになっていた。だから易々と悪魔なんぞの甘言に騙されたりはしない。ただ、煩いだけ。それなのに私に加護を与え邪悪なものが近寄れないように守ってくれようとしたものがいる。
それが、セージだった。
「今の……これ、あんたがしたの?」
「お前、名前は?」
セージとは、嚙み合わない会話から始まった。
私には修道院でつけられた名があった。しかしずっと「お嬢ちゃん」と呼ばれていた自分に聖女のような名前を適当につけられても応える気にならなかったし、自分の名だとも思いたくなかった。だから、こう答えた。
「名前なんてない」
「……お前、ここにいると危険だ。俺と一緒に来い。師匠ならきっと助けてくれる」
特別可愛がってくれるわけでもない修道女、私を虐げてくる子供たち。老夫婦は月に一度面会に来てくれるが、爺さんの方はもう足腰が辛いようで会えなくなるのも時間の問題だと感じた。
そんな現状と比べてみると、たとえ怪しげな少年の言葉だったとしても頼るには充分だった。
そして私は十歳でローズマリー様の家に居候することになった。ドアの前で待たされている間、うちは孤児院じゃないんだよ、無責任に子供を拾ってくるんじゃない元の場所に返してきな、という言葉が聞こえてきたが、大変だからとにかく見て下さい、と少年が説得する声が聞こえた直後ドアが開いて、現れたのは話し方から想像されるのとは全く違う若く美しい女性だった。
その美女は私をまじまじと見つめた後ため息をついて言った。
「あー……これは珍しい魂だね。悲劇だな。これまできっと大変だっただろう。あんた、名前は?」
「……ありません」
「ふーん。じゃ、カモミールね」
「……」
名付けられたということはここに住んでもよいということなのだろうか?カモミールという名には特に不満はなかった。薬草の名だな、と思ったところで少年の不満げな声が聞こえた。
「何で薬草ばっかなんすか。俺だってセージだし」
「なんか文句あんのか?可愛い名前だろうが。パセリかバジルでもよかったんだぞ」
「……パセリは嫌だ……」
心底嫌そうな声に思わずふっと笑ってしまうと美女が私の頭を撫でて言った。
「笑うと可愛いじゃないか。戻る場所がないなら、ここにいるといい」
「さっきはもっと大変だったんですよ、高位悪魔まで近くにいたんですから!俺が追い払わなかったら、あの辺一帯影響受けてますって」
言っている内容はよく理解できなかったが、私の魂と契約しようとやってくる悪魔たちは周囲にも悪影響を及ぼしているようだ。そういえばあの老夫婦は毎夜悪魔が夢に出てくると怖がっていたし、修道女たちは自分たちの修行が足りないせいだと怯えていた。それは全て私が引き寄せる邪悪なものが原因だったということがここでようやくはっきりとわかった。
「あんた。両親は?」
「母は私を産んですぐに死んだと聞かされました。父は……知りません」
そういえば父親は誰なのだろう。そもそも母がどのような人であったかも何一つ知らない。
「両親の名前もわからない?」
「はい」
「どこで育った?」
「メルトで。母が死んで隣の家に住んでいた夫婦にしばらく育ててもらいましたが、七歳から修道院に」
「なるほどね。あたしはローズマリー。魔女さ。これからあんたの保護者だよ」
「……よろしくお願いします」
「よし」
修道院ではマリアと呼ばれていたそうです。