ローズマリーの過去 PART2
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ローズマリーの過去編の続きをお届けします。
あたしは二日後に国王に謁見した。今回は数年ぶりということもあったが、魔法使いが三名もいた。聖女同様魔法使いも滅多に出ないためそれは異例のことらしい。
あとの二人は赤い髪が派手なアップルというあたしより四つ年上の明るいお姉さんと、それと同じくらいの年頃のシオンという男の人だった。
面倒だしさっさと終わればいいと思いながら国王のいる間に通されたあたしは王に謁見して書類と王の宣言をもって無事帝国に認められた魔女となった。
「その方」
最初あたしは自分が呼ばれていると思わず、王に背を向けようとしていた。
「お前だ、栗色の髪の……ローズマリーといったか」
「私でしょうか」
面倒くさくてたまらなかったが、ここで下手な対応をして神殿に出禁になっては元も子もないと思ったあたしは失礼のないように返事をする。王はどこか色が悪いその顔を微笑みの形にするとあたしに言った。
「美しいな。俺の側室にならないか」
「なりません」
礼儀云々よりも嫌悪感が勝ったあたしは即答した。王の無茶な提案になのかあたしの対応になのかはわからないが、その場にいる人たちが驚くような声をあげる気配を感じた。国王は片方の眉を上げると面白そうに言う。
「ほう。名誉な事だと思うが。俺を拒む理由を聞かせてくれないか」
「恋人がいます。その方以外と添い遂げるつもりはありません故」
「お前の故郷に謝礼は弾むが。勿論、お前の相手にもだ。必要だったらそいつにいい女を見繕ってやってもいい」
「……っ」
殺意を覚えた。こいつは腐っている。この場にはエリオットもいる。エリオットが相手だと王にバレたら破滅しかないと察知したあたしはその場から逃げることを選んだ。
「それは出来かねます。では」
「おい待て」
捕まえろ、と王が言うが聖女たちはそれを躊躇い近寄ろうとはするが捕まえようとはしない。王に強く言われた神官は捕まえようと動くがそんなものに捕まるあたしではない。しかし業を煮やして玉座から下りてきた王が直々にあたしの腕を掴む。
「離せ!お前の物なんかになってたまるか!」
「ほう。それがお前の本性か。なかなかに面白い」
「お前殺すぞ!」
「それが出来るかな。こちらとて王を長年やっている。あらゆる精霊の力は借りられる」
あたしは必死の抵抗をした。登城するならと、両親が買ってくれた一張羅が破れてしまうのも構わないほどに。やがて王がなにやら強力な魔法の詠唱を始めたので、あたしも負けじと使える中で最大の魔法の詠唱をする。
「土の聖霊よ良く聞け、お前たちが創造したこの空間を破壊しろ」
その瞬間、城の床が抜け、壁も消し飛んだ。周囲から悲鳴があがるが聖女や魔女であれば自身を防御する術くらい持っているだろう。気になるがエリオットの方だけは見てはいけない。そう思って再度土の精霊の力を借りようとしたあたしはその直後に受けた王の魔法で意識を手放した。
意識がない間あたしは夢を見ていた。やっと、想いを交わしたエリオットが目の前にいる。昔から変わらず優しく微笑むそばかすのある色の白い銀髪の青年。あたしは彼の胸に飛び込み、しっかりと抱きとめられる。
深いキスを交わすと、あたしの身体を優しく這うエリオットの手のとても甘美な感触にため息が漏れた。
けれども愛しくてたまらないのに、どこかおかしいとあたしの頭の奥で警鐘が聞こえる。
目を覚まさないとならない。でも、どうして?エリオットはここにいるのに。
「愛してるよ」
身体を離したあたしにエリオットが囁く。微笑む顔が少し違う。エリオットはこんな風に笑わない。でも頭に靄がかかったようで、意識を強く持たないとすぐにどうでも良くなる。
「すき……エリオット」
その名を呼ぶと、ぴくりとエリオットの顔が強張ったように見える。
「エリオット?」
強張った顔のエリオットが遠ざかる。
「エリオット!どこに行くの!?エリオット!」
目覚めると、そこはさきほどまでいた謁見の間ではなく豪華な寝台の上だった。王の寝台だ、とあたしはすぐに悟る。服は破れてはだけたままだったが、恐らく純潔は奪われていない。ほっとしたあたしは周囲に誰もいないことを訝しく思いながら寝室から逃げ出した。
あたしを監禁してどうにかするつもりではなかったのだろうか?身体は無事のようだし、なにより戸が開いていて容易に出て来られたことも訝しく思うがこの場を離れることが先だとあたしは出口を探す。城はあたしが先程放った魔法で半壊状態だった。
走っていると向こうから誰かがやって来る。
「ローズマリーさん!こちらへ」
焦った様子であたしの手を掴んで連れて行こうとするのは聖女の一人。王の味方ではなさそうだがその様子に不安が募る。
「どこへ向かってるんですか?」
「神殿へ……」
向かった神殿での光景にあたしは息を呑んだ。
国王の前に頭を下げて跪くエリオットの姿。
「エリオット……!」
「来たか」
国王はあたしを一瞥すると吐き捨てた。
「俺は……恵まれた者が大嫌いだ。大した努力もせず認められ、称えられ、人々の支持を集める者が。こいつがお前の婚約者なのだろう?この男、全てを手に入れてさぞかしいい気分だろうな」
「……」
何故王に分かってしまったのだろう。あの夢はただの夢ではなく、王が操っていたものだったのか。エリオットは何も答えない。
「だが幸いこいつはまだ聖女ではない。次代を担う大聖女だと?俺はそんなもの認めぬ!俺が認めねばこいつはただの人間のまま。さっさと朽ち果てるがいい。俺を拒んだお前も、この男も不要だ。この城から出ていけ」
「陛下!」
国王に縋るように懇願するのは大聖女アリアナ。エリオットのことを大聖女の後継として育てているだけでなく、国王の唯一の妃である。
「この青年を逃せばしばらく大聖女の器の者は現れないと思います。どうか冷静なご判断を!」
「俺はいつでも冷静だ。百年もすればこの男は死ぬだろう。一方この娘は魔女だ。これから千年はゆうに生きる。絶望を味わったうえで、俺のものにしてやる」
「陛下……!」
あたしはその場でどうしたらよかったのか、数百年経った今でもわからない。
エリオットを諦めて王の物になるからと、慈悲を乞うべきだったのかもしれない。けれどもまだ幼かったあたしは為す術もなく、エリオットと共に城を追われリオドの村に帰るしかなかった。
「良かった……」
「え……?」
エリオットが呟く。
「ローズマリーが王に無理やり自分の物にさせられなくて」
「……」
でも、あたしが我慢すればエリオットは大聖女になれた。永く生きてどこかで幸せを見つけられるかもしれなかった。女はあたしだけじゃない。人として生きる数十年よりは、幸せは多かったかもしれなかった。
「元々人間として生まれて死んでいくのが当たり前なんだし、聖女にならなくたってローズマリーが傍にいてくれたら俺は幸せだよ」
「……あたしも、王の物になんかなりたくなかった」
正解がわからないまま、そう答えるしかなかった。
帰ってきたエリオットとあたしを、村は歓迎して受け入れてくれた。エリオットは帝国のためではなくて村の為に聖女の力を使っていけたし、あたしの魔法も村の役に立った。
間もなくあたしたちは結婚して暮らし始めた。
――けれどもそれは悲しい別れへの道でもあった。
数年経つとそれは少しずつ片鱗を表わすようになった。
少しずつ少年ぽさが抜けて大人の男らしさが漂っていくエリオットに対して、あたしはいつまでも十六の頃の姿のままだった。
エリオットはあたしの容姿をいつも褒めて可愛がってくれたが、それがあたしには辛かった。
……何より、子供が出来ないことが心が張り裂けそうになるくらい辛かった。人間と魔女や聖女の魂は異なるため、子供は出来ない。それははじめからわかっていたことだった。
あたしは友達がいなかったが、エリオットの数多くいる友人たちがそれぞれ家庭を築き、子宝に恵まれていく姿を目にするようになるとあたしはエリオットの子を残すことができないその身体を呪った。
一度精霊と契約すると人間とは違う魂の構造になり、もう元に戻ることは出来ない。どう頑張ってもあたしは人として生きていけないのだということを目の当たりにして辛くてたまらなかった。
エリオットがあたしを選んだことは間違いではなかったのではないかと思うくらいに。
養子を貰うことも提案したが、エリオットは必要ないと言った。ローズマリーがいればそれでいい、と。
それからまた年月が過ぎ、エリオットが青年から働き盛りの壮年に差し掛かった頃、あたしは自身に土の魔法をかけて姿を変えた。
人間は土から生まれ土に還る。見た目の変化は容易だった。
少しずつ少しずつ、あたしは十六から二十歳くらい、それから二十代半ば、エリオットと釣り合う姿に変化した。
それに気付いたエリオットは「そんなことしなくていい、ローズマリーはいつまでも美しいままでいて」と言ったが、あたしは聞かなかった。
そのうち夫婦でいるにはおかしいほどに差が出る前に、せめて一緒に年を重ねる「フリ」はしたかった。
そして数十年の年月が過ぎた。
自分の両親を、エリオットの家族を見送り、友人たちを見送った。それでもエリオットのおかげでリオドの村人の寿命はよそと比べて各段に長い方だと思われるが。
エリオット自身、118歳まで元気だった。
けれども別れは必ずやって来る。
「ローズマリー」
「ん?」
「俺はもうすぐ死ぬ」
「またそんなこと言って。もう少しいけるだろう」
「自分の事くらいわかる。もう心臓が止まろうとしている」
「……っ」
エリオットは最近はベッドに寝ていることが多くなっていた。動くと心臓に負担がかかるからだろう。きっと、本当にもうすぐ死ぬのだということがわかった。
「ローズマリー、すまなかった」
「何が……?」
「俺が君を手放したくないがために、数十年を無駄に過ごさせてしまった」
「……そんな事言わないで!あたしは無駄だなんて思ってない」
「俺は……あの時ローズマリーの恋人はお前かと王に聞かれて、自分ではないと言うことも出来たのにそれをしなかった」
「……!」
「そもそも、君が王に捕まえられたときに俺は動くことが出来なかった。そんな自分が情けなくて、今も苦しい」
蘇る、数十年前の記憶。
「あたしだって……エリオットには聖女になる道も、あたしじゃない人を選ぶ選択肢もあったのに……」
「俺は……これで良かったと思っているよ。聖女になるために君を犠牲にするなんて俺は耐えられない、ローズマリー以外の女なんて選びたくない」
「……っ」
あたしは言葉にならず、涙を堪える。
エリオットは皴しわの手で、同じく皺だらけのあたしの手を撫でた。
「俺に合わせてこんな姿にならなくても良かったのに……」
「これ、気に入ってるんだよ」
「話し方まで婆さんみたいにしなくてもいいのに、君は……」
「あたしはこっちの方が落ち着くんだよ」
あたしは見た目と相応になるように話し方を変え、エリオット以外の人と話す時は自分のことを「ワシ」と言うようになっていた。
「最期の頼みを聞いてくれるか」
「最期なんて言わないで」
あたしは懇願するように言うが、もう間もなくその時が来るのだろう。
「今の、君の本当の姿を見せてくれ」
「……っ」
あたしは魔法を解除した。どんな姿かはわからないが、あっという間に背筋が伸びて身体中の重力が軽減されたのを感じる。きっと十六歳の頃とそう変わらないだろう。
「ああ……綺麗だよ。君は誰よりも可愛くていつまでも綺麗だ、俺の可愛いローズマリー……」
「エリオット……!」
「愛してる。すまなかった、愛してる……」
「エリオット!」
もう、応えはなかった。あたしは夫の亡骸に縋って愛してる、と言い続けた。
それからあたしは村を出て、リオドから遠く遠く離れた辺境の森に住むことにした。そして、数百年が経った。
カモミールとセージは同じような目には合わせない。
家のドアが開く音がする。これから二人とは帝都に向かう話をせねばならない。そう思いながらあたしは玄関に向かった。
次回はまたカモミールとセージ視点のお話に戻る予定です。
ここまでお読みくださりありがとうございました!




