ローズマリーの過去 PART1
お久しぶりで申し訳ありません。
これから少しずつ更新していけたらと思ってます。
お話、いったんカモミールたちから離れて師匠であるローズマリーの過去の話をお届けします。
カモミールとセージを見送ってため息をつく。
「……あたしとエリオットのようにはさせない」
脳裏に浮かんだのは夫の亡骸に縋って泣く自分の姿。途方もない時間を独りで生きていくことが確定したあの日の記憶。
三つ年上のエリオットとあたしは家が隣同士の幼馴染だった。貧しい貧しい村、リオドの。彼は美男子というわけではないがそばかすのある愛嬌のある顔をした、銀髪が美しい少年だった。小さな頃から当たり前のように傍にいたエリオットとはこのまま一生一緒にいるだろうと思っていた。そしてエリオットは人の怪我を治すことができる力を持っていることがわかる。それに気付いたきっかけは彼の真似をして登った木から落ちたあたしの足の怪我を治したことだった。確か、あたしが六歳のとき。
木から滑り落ち、堅くがさついた木の幹で足が傷だらけになり血を流すあたしに気付いたエリオットはすぐさま飛び降りて自分が泣きそうなくらいに動揺していた。足に触れる彼の手が温かい、そう感じた瞬間痛みが消えていることに気が付いた。
「もう痛くないよ」
「こんなに血が出てるのに!無理してそんなこと言わなくていいんだ」
「ほんとに痛くないよ」
「あれ?血が止まってる?」
「なおってるよ。エリオット、なんかした?」
「なにも……」
「でも、エリオットが触ったらあったかくなって、痛くなくなった」
「……ちょっと待って」
そう言うとエリオットは自分の腕を木の枝で傷つけた。みるみる傷から血が溢れだす。
「どうして!?血が出てるよエリオット!!痛いよ!」
「見てて……」
エリオットが傷に触れるとみるみる傷がふさがっていった。
「さっき、ローズマリーの傷が治りますように、痛くなりませんようにって願ったんだ。今も、同じようにしてみた」
「すごいね!まほうみたい!」
「ローズマリーの足に傷が残らなくてよかった……」
ほっとしたように私の頭を撫でながら微笑むエリオット。それは聖女の治癒の力だった。今となれば銀髪に聖女の力があることが多いのはわかるけれど、貧しいこの村ではそんな知識もなくこの村からそのような能力者が出たことはもちろん初めてのこと。すぐに大人たちが話し合い、エリオットはそのまま帝国の神殿に送られた。
そこでエリオットを見た大聖女は自分の後を継ぐ存在になる力の持ち主だと言い、修行して聖女として契約した後も神殿に留まることになるだろうと同伴してきた村長に伝えた。ところが村長はエリオットのその能力を聖女として契約後は存分に村で使おうと思っていたため、エリオットがそのまま帝都から戻らないのは困ると思ったらしい。せめて修行に行くのを大きくなるまで待ってもらい、それまでは村に留まり村人の治療をすることで力を培うことを許可してほしいと頼んだ。
本来ならそのような図々しい願いは聞いてもらえないものかもしれないが、大聖女はエリオットの意思を尊重したいと言い、エリオットに自身はどうしたいかと問うた。
エリオットは聖女になるなら帝都に留まらないといけないことを拒んだらしく、それならば一旦村に帰ってもいいと大聖女が許可をして村に帰ってくることとなった。
それは勿論期限つきであることを理解して欲しいと言われて。
村に帰ってきたエリオットは以前と変わらずあたしと遊び学校に行ったり家の手伝いをしたりする合間に村人の治療もする日々だったが、十七歳になった年に帝都の神殿に修行に行くこととなりそのまま帰ってこないということを知らされた。
「エリオット」
「ローズマリー?」
「帝都に行って聖女になるんだね」
「……うん」
「……もう、帰ってこないんだね」
「大聖女候補は神殿にいないといけないんだって。俺の家は村長に恩があるから、聖女にならないといけない。聖女を出した村には帝国からそれなりの謝礼が出るから……」
「そうなんだ……」
「でも村長は謝礼よりも、村にいる病気や怪我をしている人たちのためにずっとこの村にいて欲しかったみたい。だから、今までここにいられるようにしてもらってた」
「そうだったんだ……」
エリオットがここを出て行ったら二度と戻らないことは親に言われてわかっていた。わかっていたけれど本人からはっきりと言われると寂しさに胸が痛く、涙が溢れそうになる。
「俺がいなくなって寂しがってくれるのはローズマリーだけだよ」
「そんなことない!」
生意気で大人からもエリオット以外の子供からも煙たがられるあたしなんかと違って、エリオットは人懐っこくて思いやりがあって、周囲の人から愛されていた。だから寂しがるのはあたしだけじゃないのは明白だった。
「……俺もこの村を出るのは寂しいよ。でも、ローズマリーは俺だけじゃなく他の子とも仲良く出来るって信じてるよ」
「……っ」
「泣かないで……」
「エリオットじゃなきゃ嫌」
泣きだしたあたしの頭を優しく撫でるエリオット。
「ローズマリーは美人だからもう少し愛想よくしたら友達だけじゃなくて恋人もすぐに出来るだろうな」
「そんなの……っ、絶対いらない!」
エリオットの言葉にショックを受けて否定しながら見上げると、エリオットは寂しそうな顔をして頬に触れて言った。
「ずっと傍にいられなくてごめんね……」
次の朝、まだ暗いうちに。あたしが起きるよりも先にエリオットは村を出て行った。
それからあたしは自分なりに調べて聖女だけでなく魔女なら聖女と同等の寿命を授かって場合によっては一緒に仕事をすることができることもあると知り、村に唯一の井戸に向かい毎日、水の精に呼びかけた。精霊と契約を交わせばその属性の魔女となることができる。
水の精よ出てこい。私と契約しろ。さもなければこの井戸は埋める、毒を入れる、思いつく脅し文句を延々と一年以上言い続けた結果、井戸の水の精ではなく毎日それを聞いていた地面である土の精があたしの願いを聞き届けた。
契約が交わされ、あたしは土の属性の魔女となった。土の精霊の姿が見えるようになり、その言葉に従って土の属性の魔法を使うようになる。
魔女は聖女と違って各属性の精霊の声に耳を傾け願いを込めて思いを詠唱すると魔法が使える。それだけで魔女としてやっていけるがあたしは帝都に赴いて国王に認められる必要があった。
否、国王に認められるかどうかはどうでもよくて、帝都に行って神殿に入れさえすればそれでも良かった。
神殿。そこにはエリオットがいるはずだったから。
基本的に寿命が人間とは違って長い魔女と聖女は独身を貫くか、同じ寿命を長く持つ魔女や聖女同士で婚姻関係を結ぶことが多かった。魔女だけでなく男の魔法使いも一定数いたし、聖女にも多くはないがごくたまに男がいた。稀に、伴侶に人間を選ぶ者もいたが子供は出来ないし寿命も違えば若く美しい肉体を持てる時期も違う者同士のため別れはすぐに訪れることが必至だった。
そしてあたしは聖女となるエリオットと釣り合う寿命を手に入れた。加えて帝国に認められれば、聖女と仕事をすることも出来る。……エリオットと一緒になることを叶えることができる。
あたしは国王に謁見するために帝都に上がった。十六の時だった。早めに到着したあたしは謁見は二日後だから神殿で待機するように言われて通され、そこでエリオットに二年ぶりに会うことを果たす。
「……ローズマリー……?」
「エリオット」
懐かしい愛しい姿に笑みが浮かぶ私を見たエリオットは目を見開いて驚きを隠せないようだった。
「あら、知り合い?そういえばローズマリーさんはリオドから、と書類に書いてあったわね。エリオットと同郷だったのね」
「はい」
あたしたちの互いを見る視線で大聖女アリアナは察知したようで微笑んで言った。
「積もる話もあると思うから、エリオットも今日はお終いにして彼女を案内してあげなさい」
「はい!……ありがとうございます」
二人きりになったあたしたち。エリオットは驚きがまだ冷めないようで動揺している様子だ。
「魔女に、なったの?……精霊もいるしだからここに来たんだろうけど、一体いつ?」
「うん、半年くらい前かな」
「どうやって?」
「時間はかかったけど精霊を説得した、かな?」
時には汚い言葉を使って脅しに近い言葉を投げかけ続けたとはさすがに言えなくてあたしは穏やかそうに聞こえる言葉を選んで伝えた。
「ローズマリーが魔女になりたかったなんて知らなかったよ……」
漏らすように言うエリオット。魔女になりたかったのは正しいけど、魔女になること自体が私の願いだったわけじゃない。
「魔女になりたかったのは……」
エリオットと一緒にいたいから、ただそれだけ。でもそれを伝えても大丈夫なのだろうか。二度と会えないことになると思って別れて二年も経ったのだ。もしかしたらこの神殿で既に他の聖女や魔女と将来を約束していたら、という不安が急に首をもたげる。
「……魔女になりたかったから」
本心を言えなくて、答えにならない答えを返す。エリオットは、前みたいに私の頭をくしゃっと撫でると言った。
「帝国お抱え魔女として認められたら仕事もしやすくなるもんね」
「……」
そんなことのために来たんじゃないのに、やっぱりエリオットにとっては私の事なんて幼い頃の他愛ない仲良しごっこでしかなかったのだろうかと心が痛む。
「あたし……寿命授けてもらったよ、エリオットと同じくらいの……」
「そっか、俺はまだ見習いで聖女として国王から認められてないからまだだけど、ローズマリーは精霊と契約してるからもう寿命が違うんだね」
「……エリオットはまだだったんだ?」
てっきりとっくに聖女になっていると思ったから驚く。エリオットは少し気まずそうにして言葉を続けた。
「今の修行が終わったら国王に謁見して聖女として契約できるよ。そしたら……」
エリオットは私の頬に触れて言った。
「ローズマリー、俺と……これから長い時を共にして欲しい」
「うん」
「えっ!?」
「うん、いいよって言った。だってそのつもりで魔女になったから」
エリオットは嬉しそうな泣きそうな顔をして片手だけでなく両手で私の頬を優しく包んでありがとう、と言った。
「小さい頃からずっと君が好きだよ」
「私も」
そっと、抱きしめられる。子供の頃から何度もしてもらったけれど、今はそのどれよりも甘い気持ちになった。
「諦めてたから……リオドを訪れることがあったとしても、俺だけ独り長い時を生きていかなきゃいけないから、もうローズマリーとは会わない方がいいと……二度と会えないと諦めてたから……」
「あたしは諦めたくなかった。努力はしたかった」
「俺と違ってローズマリーは強い子だね」
「……強くなんてないよ」
結局村の誰とも友達にならなかった。あたしにはエリオットしかいない。
「でも、エリオットが好きって気持ちはきっと誰よりも強い」
その言葉に、あたしを抱きしめる腕の力が少しだけ強くなった。もっと壊れるくらい抱きしめてくれてもいいのに、優しいエリオットらしいと思った。
物足りなくなったあたしはエリオットの胸に頬を寄せて、彼の背に回した自分の腕をぎゅっと自分に寄せた。一瞬の躊躇いのあと、エリオットの腕の力も更に強くなりあたしはその温かい感触に愛しさがこみ上げて目を閉じた。
「正直言うとローズマリーに好かれている自信もあまりなかったから、単に他に友達をつくるのが面倒だから俺の……っ」
言いかけるエリオットの顔を手でつかんで引き寄せ、、あたしは精一杯背伸びしながらキスをした。
「……っ」
顔を離すとエリオットが史上最大に驚いた顔をしているものの少しだけ「男」の目をしていたのを見たあたしは言った。
「次そんなこと言ったらあたしもうエリオット置いてリオドに帰るから。それが嫌ならもう一回、エリオットからキスして」
「……」
二回目のキスは、さっきより長かった。気持ちが昂ったあたしがエリオットの首に腕を回すと、エリオットもそれに応えるようにキスは深いものへと変わった。
しかし人生最大に幸せを感じた二日後、あたしは人生最大の不幸に突き落とされることになる。
次話もローズマリーの過去予定です。
ちゃんと更新しますのでお待ちくださいませ。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました!




