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第9話  女官はピンチに陥る

筆頭王宮魔法使いノーマンは、随分と至近距離から私を眺めている。

不躾な視線に、正直不快な気持ちになるが、相手が筆頭魔法使いでは、文句を言うことはできない。

リオ様もどうしたものかと、右往左往している。


何かブツブツと呟き、私を色々な方向から観察して、数分経った頃、ノーマンは鼻で笑った。


「なるほど、確かにあの王子(アイザック)の魔力を感じるな。しかも随分深く入り込んでいる」

「え?」

「本当ですか!?ノーマン様。アイザック様を戻せますか!?」


戸惑う私をしりめに、リオ様は勢いよく問いかけた。


「切り離しは容易い。リオ、体の方はどうなっている?」

「国王陛下付き魔法使いのエドワード様がお守りしていると、聞いております」


そうか、と呟くと、ノーマンは風のように消えていった。


私はただただ呆然としているだけだった。


◆◆◆◆◆◆


王太子執務室では、昨日のことは無かったかのように、王太子殿下もエドガー様も、いつも通りに仕事をされていた。

だが、色々ありすぎて、もう王太子殿下を直視できない。目を見られたら、私が例の件を知ってしまったことがばれてしまいそうで怖い。

エドガー様も信用できないし、リオ様もとんでもないエピソードを聞いてしまったせいで怖い。


(もう、この部屋で信用できるのはソフィア様だけだよ……)


ソフィア様も、昨日私だけが呼ばれたことに疑念を抱いているらしく、いつも以上にあたりが強い気もするが、裏も表も分かりやすいソフィア様の方が、私にとって、今一番安心感がある人になっている。


「メリッサさん、この書類を軍第四師団長の執務室まで届けてもらえる?」


もうすぐお昼かなと思い始めたころ、ソフィア様にお使いを頼まれた。

王国軍の拠点は、王宮内でもかなり辺鄙な所に位置し、男だらけでかなりむさ苦しいため、女官や侍女の人気は無い。

多分、ソフィア様の可愛い嫌がらせな気がするが、今の私には、ソフィア様はこの王太子執務室から出かけられる口実をくれた天使に見える。


「はい!行ってまいります!」


意気揚々と飛び出す。

後ろからスッとリオ様も出てきた様子があったが、構わず階段を駆け下り、建物の外に出た。


同じ王宮内とはいえ、王国軍の執務室は1キロ以上離れている。

小走りで各役所の建物が密集した区域を抜け、木に囲まれた石畳の続く道に入った時だった。


右足が地面に着いた、はずなのに、地面があるはずの場所に感覚がない。


「え?」


ふわっと体が浮いた感覚がして、一瞬周りが暗くなる。

驚く間もなく、すぐに明るくなり、何事もなかったかのように、地面に足が付く。


「……どうなってるの?」


先程まで外にいたはずなのに、気づくと見知らぬ部屋の中にいた。

私の部屋の何倍もある広さで、高級感溢れる家具が置かれているが、派手さはなく、落ち着いた色合いで統一されている。

カーテンが閉められた中には、人の気配がない。


おっかなびっくり見渡すと、部屋の奥のベッドに膨らみが見えた。


(え?誰か寝てる!?)


バレないうちに、速やかに出ていかないと……。しかし、ここがどこか分からない上に、明らかに高位身分の方の部屋である以上、部屋を出た直後に捕まる可能性もある。


(どうしよう……)


どこかこっそり出る場所はないかと、見回すうちに、ベッドの上の人物に目が止まった。


薄暗く距離があるため、顔は見えないが、その闇の中でも浮かび上がる白銀の髪は、見覚えがある。


(レイファ王家の白銀)


最近は毎夜見ている。何なら、畏れ多くも触ったことのある髪。

背中から嫌な汗が滲む。うるさい鼓動を感じながら、1歩ずつ近寄る。


そして、ついに、その顔を見てしまった。


「アイク様……」


いつも見ている顔と違う、アイク様が横たわっていた。

確かに顔の作りは紛れもなく同じだが、顔は白く、生きている人間のそれではない。


どちらかといえば感情豊かで、物騒だけど、腹黒そうだけど、よく笑うアイク様が、目を閉じ、表情もなく、彫像のように横たわっている。


(これで…本当に生きているの……?)


ピクリとも動かず、呼吸をしているようにも見えない。

足が震え、その場から一歩も動けない。口に手を当て、必死に声を押さえる。


「どうだい?魂を抜くというのは凄いものだろう」


場違いな明るい声が響く。

急いで振り返ると、他に誰もいなかった部屋の中に、いきなり1人の人物が現れた。


「ノーマン…様」


筆頭王宮魔法使いノーマンは、相変わらず全く感情の読み取れない表情で、そこにいた。


「抜魂術というのは、暗殺魔法としては、証拠も残らないし、何より美しい。身体から抜けた魂は、普通はそのまま黄泉の国へ行く。なのにこの男は他人の身体に居座っている。だから身体も中途半端に生きている。実に不思議な現象だ」


ノーマンは独り言のようにペラペラと喋っている。

別に私の相づちを求めているわけでも、理解してもらおうと思っているわけでもないようだ。


「本当はじっくり研究したいんだが、陛下から早く戻すように言われた。だからさっさと済まさせてもらう」


にじり寄ってくるノーマンに恐怖を感じ、後ずさるが、「動くな」の一言で、突然全身が金縛りにあったように硬直する。


「何!?何をするんですか!?」


逃げようとしても、身体は指先ひとつ動かない。

パニックになる私に、ノーマンは面倒くさそうに告げた。


「今から君に抜魂術をかけて、君の体から魂を抜く。あの王子の魂は、黄泉に行く前に捕獲して、本来の身体に戻るよう、この部屋中に結界を張ってある。私にとっては難しい話ではない」


アイク様が助かるという願っても無い話なのに、嫌な予感がぬぐえない。

この部屋には他に人がいない。なぜ、こんなこっそりやる必要があるのか。


「ああ、そういえば」と、私の心の声を聞いたように、ノーマンは何てこともない様子で付け加えた。

「術をかけると、多分君の魂も抜けるが、やむを得ないだろう」


さらっと言われた内容に、血の気が引く。


「そ、それって、私は死ぬってことですか!?」

「君の魂まで捕獲する余裕はない。王家に仕えている以上、王子に代わって命を捨てたって問題ないだろう」


ノーマンは、ごくごく当たり前のことを話しているかのようだった。

そこには、悪意も、同情も、人間らしい感情は何一つ感じられない。

彼にとっては、お掃除やごみ捨てと、何一つ変わらない、普通の仕事かのように。


「…や、いやです。止めてください!!」

「本当にうるさい女だな」


ノーマンが右手を軽く振ると、突然声が出なくなった。

どんなに力を込めても、口がパクパクするだけで、何の音も出ない。

そして、ノーマンは詠唱を始めた。


(嫌だ……死にたくない……助けて!!)


ノーマンの詠唱が終わると同時に、視界が青い光で覆われた。



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