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王太子殿下は奮闘する⑤

今回のスイフレイン公国の訪問は、極秘のため、最小限の精鋭のみを連れてきている。

護衛として付き従っているエドワード・ベネットは、私とほとんど年齢は変わらないが、ジェイス・ベネットの嫡男であり、相当な才能を持つ王宮魔法使いだ。


これまでエドワードが私と関わることは無く、今回、ほぼ無言で護衛任務にあたっているエドワードだが、なぜか、今日に限って、何か観察するような、居心地の悪くなる視線をずっと送ってくる。


大公とゲラルド殿との会談を終え、明日にはレイファへ帰国するべく、仕度を整えるよう命じていると、黙って私を見つめていたエドワードが、初めて口を開いた。


「王太子殿下、畏れながら、お話したいことがあるのですが、お時間を頂けないでしょうか」


護衛としては不躾な発言であるが、ただの護衛ではない。ベネット侯爵家の次期当主だ。


承諾すると、いきなり他の従者を部屋から追い出した。

予想外以上の不躾な行動に唖然としていると、更に何やら魔法を部屋にかけ始めた。


「盗聴防止です」とシレッと言うと、いきなり私の前に書類の束を差し出してきた。


「アイザック殿下からお預かりしていました。アルガトルとの戦が終わりそうになったら、王太子殿下にお渡しするようにと」

「アイザックが?」


慌ててその書類をめくると、それは、シュルナ侯爵の不正の証拠書類だった。


「なぜこんな物を!?」

「シュルナや娘を利用していたようですね。アイザック殿下には(スパイ)の才能もおありなようで」


エドワードのやや不敬な発言にも、反応する余裕が無い。

調査が荒い部分もあるが、これをもとに叩けば、シュルナを失脚させるに十分な埃が出てくることは明らかだ。


(これだけ調べたのならば、戦場に行くなどという危険を冒さなくとも……)


シュルナを確実に葬るためとはいえ、アイクのリスクが大きすぎる。そんなことはあの聡明な弟なら分かっていただろうに。

そう考えているうちに、最悪の想像が脳裏をよぎった。

荒唐無稽な話だと、すぐに振り払おうとしたが、私の直感が、妄想で片付けるなと告げていた。


「エドワード、王家の臣として正直に答えて欲しい。そなたの父、ジェイス・ベネットは、アイザックを、主家の王子として守るか?」


私の唐突な問いに、エドワードは一瞬驚いた顔をしたが、次の瞬間には、なぜか口元を緩ませた。


「王家の臣として、率直にお答えします。不敬になるかと思いますが、よろしいでしょうか」

「許す」

「畏れながら、父は、アイザック殿下を王家の方と思っておりません。ベネット家の『消したい過去』に繋がっている方ですから」

「やはりか……」


幼かった私は、はっきりとは覚えていないが、フィリア王女とブルーノ・ベネットの間に子ができた時、ブルーノの兄、ジェイスは、「家名に泥を塗った」と怒り狂ったという。


ジェイスは、生まれてくる赤子を、ベネット家で責任を持って引き取ると申し出たが、誰もその言葉を額面通り受け取ることはできなかった。

何よりも家名を重んじ、ベネット家の恥を一つも残さずこの世から消したいと王に奏上し、勝手にブルーノを殺そうとしていた男だ。間違いなく赤子も『処分』されると、父も感じたらしい。

そのことも、アイクを王子として育てた理由だと、母から聞いたことがあった。


「アイザック殿下も、そのことはご存じのはずです」


私の心を読んだように、エドワードが続けた。その顔からは、感情を読み取ることが難しい。


「知っている?」

「恐らく御幼少のころから。悪意に満ちた情報をお耳に入れる者は、私の父以外にも多くいたはずです」

「……私達は、本当に馬鹿だな」


アイクの苦しみに、13年間気づかず、能天気にしていた私達。それで家族とは笑わせる。


「……アイクは、死ぬつもりなのか」


わざわざ行く必要のない戦場に行き、謀反の片棒を担ごうとしている。

寸前でシュルナを止めると言っていたが、もしそのまま、担ぎ上げられたら。

反逆者の討伐という大義を手に入れたジェイスは、確実にシュルナ、そしてアイクを殺す。


『兄上を脅かす者を全て排除する』あの言葉の中に、アイクは自分を含んでいたのか。


「……あの方は、自分の命を安く見積もっているようです。あと、兄思いがおかしな方向にいっているようですので」


このような時に、面白おかしく話すエドワードに、心底腹が立った。

だが、今は、この男を責めている場合ではない。


(考えろ……この状況で、アイクを救える方法を……)


国家の判断、王の命令でジェイスは動いている。「ジェイスが暴走してアイクを害するかもしれない」という漠然とした不安で、ひっくり返すことは困難だ。

アイクを守らせるにしても、ジェイスに匹敵する力を持つ者など、アルフレッド位しかいないが、筆頭王宮魔法使いは国王以外、動かすことはできない。


(他に、王宮魔法使い以外で……)


その時、1人の名前が頭に浮かんだ。

私自身は、直接の面識は無い。

だが、話に聞く限り、確実にアイクを守ってくれ、ジェイスに匹敵する力を持つ魔法使い。


その名を口にすると、エドワードは目を丸くした。


「……本気ですか?その男を引っ張り出すのは危険ですよ。どこに刃を向けてくるか、予測不能です。王太子殿下に怒りを向けるかもしれません」

「だが、アイクに向けることは確実にないのだろう?ならば良い」

「国益には叶いませんし、国王陛下の命令に背くことになりかねませんが」

「構わない。責任は全て私にある」


エドワードはまじまじと私を見ていたが、呆れたようにため息を吐いた。


「師匠の言う通りですね」

「アルフレッドか?」

「はい。恐らく王太子殿下はアイザック殿下を優先するだろうと。もし、アイザック殿下を見捨てる判断をされたら、王宮魔法使いを辞めて、アイザック殿下を助けた上で国外に逃げると言っていました」


我が国は、国一番の魔法使いを失う寸前だったらしい。


「師匠はブルーノ・ベネットの居場所を突き止めています。アイザック殿下の情報を伝えれば、あとは勝手に動くでしょう。王太子殿下の御身は、お守りします」


姿勢を正し、礼をするエドワードに、私も頭を下げた。

本当は臣下に頭を下げてはならないことくらい分かっているが、ここは私とエドワードの2人だけだ。


「しかし、今度はそなたの父を危険に晒す。すまない」


ポカンとしたエドワードは、そのまま笑い出した。


「王太子殿下、当家では、身内の者に魔法で負けた者は、当主を降りると決まっております。我が父も、それで祖父から当主の座を奪っておりますし、もしブルーノに負けたのなら、それは父が当主として相応しくなかった、というだけの話です」


魔法の名家、ベネット侯爵家は、外部からは窺い知れない闇がありそうだ。


実の父の危機に、全く心動かされた様子もないエドワードは、掴み所のない笑顔を見せている。

感情を読ませないその表情は、アイクを思わせる。


そういえば、実際の血縁でいえば、この男はアイクの従兄弟になるのか、と思い至った。

それでいうと、私もアイクの従兄弟ということになる。

……この男と同じ関係性だと考えると、少しムカつく。

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