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王太子殿下は奮闘する③

父の執務室から、一旦自分の執務室に戻り、近隣国との連絡をつけるべく、指示を出す。

アルガトルとの戦いが始まった以上、第三国には、我らの味方になってもらうか、最低でも静観をしておいてもらわねばならない。


「しかし、なぜ突然……」


腹の中のイライラとした感情が抑えきれず、吐き捨てるような言葉が漏れる。


隣国アルガトル王国と、我らレイファ王国は、幾度となく戦火を交え、領土を奪い合ってきた、長年の天敵である。

ただ、この20年は、事実上の休戦状態となっており、国境線で睨みあっている状況で、大規模侵攻の予兆はなかった。


「恐らく、タチアナ王妃の圧力でしょう」


私の独り言に、補佐官のエドガーが律儀に答える。


女系の国、アルガトル王国では、代々第一王女の夫が国王に即位する。表向きは、王女、即位後の王妃は政治に関与しないが、実態は全く異なる。

当代の王妃、タチアナは、苛烈な女傑と名高い。彼女の意に沿わぬ夫は、不思議と『病死』しており、先日即位した王は、タチアナの3人目の夫となる。


「目に見える成果を出して、タチアナ王妃にアピールしようとしているのかと」

「迷惑な話だ!」


アルガトルの奇襲で、国境の防衛線は壊滅。

アルガトル軍はシリル地方に侵略を開始しており、刻一刻と被害は拡大している。

最早、民間人の犠牲も避けられない状況だ。


心の中で歯ぎしりする。

アルガトルへの怒りは勿論だが、自分自身への憤りも強い。

どう言い訳しようとも、これだけの被害を出してしまったのは、油断していた我々政府の失策だ。


「王太子殿下、国王陛下がお呼びです」


近衛騎士の伝言を聞き、直ぐに父の執務室に戻る。

執務室にいたのは、クラーク大将と、筆頭王宮魔法使いアルフレッドだ。

他の者達は、それぞれ自らの役割に奔走しているのだろう。


「近隣の領主達が兵を出し、侵攻のスピードは今のところ緩んでいます。また、敵軍には魔法使いが含まれていましたが、そちらについても、王宮魔法使いから、転移の使える者が、食い止めていただいております」

「とはいえ、わし以外に転移を使える者は2人しかいないから、いつまでも持たんがな」


クラークの報告に、こんな状況でもアルフレッドが茶々を入れる。この王宮魔法使いの爺に、不謹慎という言葉はない。

クラークも最早慣れっこなのか、全く気にせずに話を続ける。


「国軍より大規模な援軍を出し、アルガトル軍を一掃します」

「して、その人選は?」

「シュルナ中将の軍を出します」


きっぱりと言い切ったクラークに、私は正直驚いたが、父は一切表情を動かさない。


「確かに、シュルナは、100%の信頼のおけぬ人間です。ですが、現時点で、奴の軍がこの国で最も突破力のある部隊であることは、否定できません」


父が迷う様子を見せたのは一瞬、すぐに躊躇いの無い声でクラークに命じた。


「シュルナ中将に出陣を命じよ。最速でシリル地方へ向かい、アルガトル軍を我が国より一掃するよう」

「御意」


国の危機に清濁併せ呑む判断を瞬時にする、母に頭が上がらないプライベートの顔とは全く異なる、為政者の顔の父がそこにいた。


「それから、アルフレッド。ジェイス・ベネットはシリルか?」

「ええ。張り切って転移して行きましたぞ」


ジェイスは、魔法の名門、ベネット侯爵家の現当主である。

王家の守護たるベネット家であることに何よりも誇りを持ち、ベネット家の名を守ることを第一に行動する人物だが、それゆえに、陛下を裏切ることは間違いなく無いと言える。

13年前に、実弟ブルーノが起こした『事件』後、ブルーノを庇おうとした当時の当主である実父を強制隠居させ、家の恥としてブルーノを勝手に殺そうとするなど、やや行き過ぎの面があるが、魔法使いとしての力は疑いようがない。


「ジェイスには、現地でシュルナを見張るよう伝えよ」

「かしこまりました。で、不穏な動きがあった場合はどうしますかい?」

「……速やかに報告せよ。場合によっては、ジェイスに対応してもらう」

「ジェイスは喜んで突っ走るでしょうなあ」


万が一シュルナが反旗を翻すことがあれば、ジェイスが正当な手続きを経ずに、即座に暗殺するだろうことは、全員が容易に想像できた。そして、暗にそれもやむなしと父が人選したことも、私にはよくわかった。

清廉潔白では玉座は保てない。卑怯だと罵られようと、非人道的だと言われようと、国を乱すわけにはならないのだ。



◆◆◆◆◆◆



次々と押し寄せる事態に、精神的な疲労を感じながら、それでも王宮に者達に気付かせないよう、いつも通り執務室に戻った。

だが、そこには予想外すぎる人物が立っていた。


「王太子殿下、お疲れのところ、申し訳ございません」


執務室になんて、一度も来たことのない弟、アイザックが待ち構えていた。

今までであれば、あのアイクが自分から私に会いに来てくれたなんて、とても嬉しいはずなのに、今は物凄く気が重い。


「どうした、珍しいな」


出来る限り明るい声を出すように意識し、執務室内に促す。

黙って後ろをついてくるアイクに、只事ではない様子を感じた私は、執務室の奥にある、休憩用の私室に通した。

簡易な応接セットと、仮眠用のベッドのある狭い部屋だが、防音が整っており、王太子補佐官であっても、私の許可なく入室はできない。


「何かあったのか?」


私の問いに、しばらく黙っていたアイクだが、ゆっくりと顔を上げ、私の目をしっかりと見てきた。


「兄上、俺をアルガトルとの戦に、派遣していただけませんか?」

「は?」


いきなり何を言い出したのか、頭の中で処理できず、間の抜けた声を出してしまった。


「お前はまだ未成年だ。軍にも所属していないし、王宮魔法使いでもない。何を言っている?」


いくら魔法使いとはいえ、成人前の王子を派遣するほど、我が国は人手不足ではない。多分。

だが、弟はひどく真剣だ。父とも、母とも、私とも違う、青みがかった深い色の瞳に迷いは一切無い。


「王族が先頭に立つことで、我が国の強い意志を、アルガトル、及びシリルの民に示す、ということが表向きの理由です」

「表向き……?裏は?」

「アルガトルとの戦が終わった後、シュルナが俺を擁して、謀反を起こすからです」


……とんでもないことを言い出した。

表情を一切変えずに、さらりと言い切った弟に、生まれて初めて、底知れぬ恐怖を感じた。

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