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王太子殿下は奮闘する②

今は平和なレイファ王室だが、何代か前には、親子・兄弟で血みどろの争いも起きており、謀叛や内乱とは決して無縁ではない。


しかし、あのアイクに限って、それはないと言い切れる。

王家に50年振りに生まれた魔法使いで、私より圧倒的に強く、凡庸な私より遥かに優秀で、時々兄を兄とも思っていないような態度をとるが、根は真面目で優しい弟だ。


何より、アイクは、自分の興味のあることは突き詰めるが、面倒くさいことはしたがらない。

この世で最も面倒くさい王位に、自ら就きたがるとは思えない。


「何かの間違いでは?」


冷静さを心掛けていたが、宰相に問いかける声が、自然ときつくなる。

内面を隠しきれない私に対し、宰相は淡々と説明を始めた。


「アイザック殿下がどこまで関わっているかは分かりません。しかし、シュルナ侯爵とその娘が、頻繁にアイザック殿下と接触しています」

「シュルナか……」


父が苦虫を噛み潰した顔になる。

シュルナ侯爵は、国軍中将を務め、軍内に派閥を有する実力者だ。

かなりの野心家で、常々不穏な動きを見せているが、肝心の尻尾を掴ませない上、かなりの力を持っているので、簡単に罷免することはできない。


「軍内でも、シュルナが娘をアイザック殿下に嫁がせると吹聴してますな」

「確かに。以前はパトリックの妃にと煩かったが、最近はアイザックにと言い出しているな」


国軍のクラーク大将の言葉に、父まで同調するようなことを言い出し、思わずかっとなってしまった。


「シュルナが何か企んでいたとしても、アイクが加担しているとは限りません!」

「そのようなことは余もわかっておる。だが、知らぬうちに利用される可能性はある、ということだ」


熱くなっていく私に対し、施政者たる父は冷静だった。そして、言葉の端から、父はアイクを疑ってはいない、と感じた。

しかし、三大臣の1人、アストリング伯爵から、最も恐れていた言葉が出てきてしまった。


「陛下、畏れながら、やはり、アイザック殿下の出自を公表すべきではないでしょうか?」

「アストリング卿、控えられよ!」


すぐに宰相が窘めるが、アストリングは「いえ、これは国の為です」と一歩も引かず、続けた。


「そもそも、アイザック殿下には王位継承に足る血が流れていません。それを公表すれば、誰が何を企もうと、正統な王位継承者は王太子殿下のみ。アイザック殿下を担ごうとする者はいなくなります」


アイクの出生は、両親と私、この会議に参加している者を中心とした国の中枢のみ、知っている者は10人足らずの超極秘事項だ。

シュルナも恐らく知らないだろう。だから、アストリングの言うことも、分からない訳ではない。


だが、反乱の目を一つ摘んだとしても、アイクに取り返しのつかない傷を負わすことになる。王太子としては失格かもしれないが、兄として、それは絶対に受け入れられない。

唇を噛みしめ、反発しようとした私より先に、父が言い放った。


「それはならぬ」

「しかし、陛下……」

「二度は言わぬ。アイザックは余の息子だ。それだけだ」


低く落ち着いた声で発した言葉は、淡々としていたが、怒りが滲んでいた。

それ以上の発言を許さない雰囲気に、アストリングは口を噤んだ。


緊迫した空気になった執務室内で、空気を読まない笑い声が響いた。


「アイザック殿下にそんな気はサラサラないでしょう。あいつは本当に魔法馬鹿ですからのぉ」


王子を平然と「あいつ」呼ばわりして憚らないのは、筆頭王宮魔法使いのアルフレッドだ。

前国王の代から筆頭魔法使いを務め、アイクの魔法の師でもある。


「魔法馬鹿ではあるが、自分の立場を理解する位の頭はある。ぼんやりシュルナに利用されるような阿呆でもあるまい」


王子を評するとは思えない言葉がポンポン出てくる。父よりも、この場にいる誰よりも高齢のこの魔法使いは、普段から全く遠慮というものがない。

さすがに窘めようとする宰相を無視して、アルフレッドは続ける。その顔から、スッと笑顔が消えた。


「それよりも怖いのは、消えた北の『天才』だ」


その言葉に、再び緊張が走る。アルフレッドの言う『天才』が誰のことか、分からない者はいない。

アイクの誕生前に、事実上の追放処分として北の国境線に送られ、先日赴任先から忽然と姿を消した、元王宮魔法使い、ブルーノ・ベネット。

魔法の名門ベネット家でも、歴代最強と称されていた天才だ。


「まだ、手掛かりはないのか?」


問う父に、いっそ無礼なくらいアルフレッドは笑みを浮かべる。


「奴が自らの意思で姿を消した以上、最早見つける術はありませんな。いやあ、あの才能は本当に惜しかった。まさか女で身を崩すとはなあ」

「アルフレッド殿!口を慎みなされ!!」


宰相が相当に厳しい口調で怒鳴るが、当のアルフレッドは全く気にした様子も無く、軽く肩を竦めただけだった。

『女』呼ばわりした相手は、我が父の妹、つまり王女殿下だと知っているくせに、白々しい。


十数年前に一大スキャンダル――見方によっては一大ロマンス――を繰り広げた私の叔母、フィリア王女は、数か月前に幽閉先の修道院で病死した。

その直後、その相手だったブルーノ・ベネットは失踪し、以降、影や王宮魔法使いが行方を追っているが、痕跡一つ掴めていない。


「後を追って自害したということは?」

「フィリア殿下が死ねと命じれば死ぬ男だが、それはないだろう。むしろ、生きろと命じている方が自然だな。アイザック殿下が生きている限り」


クラーク大将の問いに、アルフレッドはあっけらかんと答える。

その意味するところは明らかだ。溜め息が、重苦しい執務室内に充満する。


「とにかく、この件はしばらく静観する。シュルナにもアイザックにも、当面影の監視をつけておけ」

「かしこまりました」

「アルフレッド、引き続きブルーノの行方を探すように」

「御意」


父の命令に、全員が姿勢を正す。


どんな状況であっても、アイクは私の弟だ。

王太子として失格だろうが、何があろうと、私は弟を守ろうと決意する。


その後も事態は表向きは大きく動かず、硬直状態だった。

依然、シュルナはアイクと接触し、傍目には何気ない会話を交わしているという。だが、シュルナの娘との縁談は、のらりくらり答えを先延ばしにしているようで、我が弟ながら、その真意は掴めない。


しかし、内政だけではなく、国際情勢でも大問題が発生した。


我が国と敵対関係にある東の隣国、アルガトル王国で、新王が即位し、それと同時に、アルガトル軍が突如、シリル国境線に侵攻を開始したのだ。

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