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辺境伯の婚約者は誕生日を祝う(中)

翌日、下級貴族の街歩き服に着替え、同じく下級貴族のような服装に変えたリオ様と城下を歩く。

なお、さすがに正式な婚約者のいる私が、男性と2人で歩くのは不味いので、お世話になっている、侯爵家の侍女についてきてもらった。


「今から行く店の主人は、王宮魔法使いを引退された方なんですよ」


歩きながら、リオ様から店の説明を受ける。

元王宮魔法使いの店主は、筆頭魔法使いを務めていた後、引退し、趣味の魔法具作りや魔法石探しに没頭しているらしい。

値段は気分次第で、タダ同然の値段で売ってくれる時もあれば、とんでもない金額を吹っ掛けられることもあるという。


(私のお金で買える物、あるかしら……)


女官時代にコツコツ貯めたお金と、退職金の残りは多少あるが、魔法石の相場なんて全く想像がつかない。

不安そうな私を励まそうとしてか、リオ様が思い出したかのように付け加えた。


「あ、でも、店主のアルフレッド様は、アイザック様の師匠なので、もしかしたら安くしてくれるかもしれません!」

「え、師匠?そんな方がいるの!?」

「ええ。魔法使いは、皆だいたい師匠がいますよ」

「そうだったんですね……」


知らなかった。魔法学校で学ぶものとばかり思っていた。


「魔法学校だけでは、実践的な魔法は身に付かないですからね。才能がある子は、そもそも入学前から学んでいます。確か、エドワード様も、アルフレッド様の弟子ですよ」

「すごい人なんですね……」


エドワード様とアイク様、この国でも有数の魔法使いの師匠とは、どんな人物なんだろう。色々な想像が働く。

ふと、気になったことを聞いてみる。

「ところで、リオ様の師匠はどなたなんですか?」

「僕の師匠ですか?ノーマン様です」


い、意外なところが来た……。

「ああ見えて、意外に面倒見良いところもあるんですよ。最近は僕に転移魔法を教えようと、しょっちゅう山奥や無人島に置き去りにしてくれていますし」とニコニコ話すリオ様に、どう反応すればいいか分からず、とりあえず、曖昧な微笑みで流すことにした。



「あ、ここです!」

「こ、ここですか!?」


到着したお店は、城下でも廃れた裏町にあった。傾きかかった古い建物で、看板も出ておらず、間違いなく初めての人は入れない。

(リオ様に付いてきてもらって、良かった)


リオ様は慣れたように、建て付けの悪いドアを開ける。

「アルフレッド様、こんにちは~!」

「なんだ、火の小僧か。相変わらずうるさいな」


店の奥からぶっきらぼうな声がする。リオ様の後ろから恐る恐る入る。

「お、お邪魔します……」


中は、お店とは思えないほど雑然と色々な物が積まれている。埃が被っていたり、蜘蛛の巣が張っていたり、お世辞にも手入れされている様子は見られない。

積み重なった箱の奥から、のっそりと年配の男性の顔がのぞいた。


ボサボサの白髪で、眼鏡をかけ、一見して気難しそうなお年寄りだ。胡散臭げな顔で、私を見ている。


「『火』が女連れで来るとは珍しいな。餓鬼だと思っていたが、もうそんな年か」

「違いますよ。こちらは、アイザック様の婚約者の方です」

「は、初めまして。メリッサ・グレイと申します」


慌てて貴族の礼をするが、何の反応も無く、頭を上げるタイミングを逃す。

たっぷり十数秒沈黙が続いた。いたたまれない気持ちになってきた時だった。

突然、吹き出す声が聞こえた。


「まさか、あんたがあの噂の!あの『氷』が惚れ込んだっていうから、どんな美女かと思ったら、あんたが!?いや、驚いた!」


しかめっ面が一転、腹を抱えて笑っている。

楽しそうなのは結構だが、ちょっと失礼じゃない?と心の中で不貞腐れる。この反応、最近わりと体験しているけど。


「ちょっと、アルフレッド様!」

さすがにリオ様が窘めようとしてくれる。

「いや、悪い意味じゃない。思ったより普通……いや、素朴なお嬢さんで。あのくそ生意気な王子殿下にしては、意外に趣味が良いじゃないかと思ってな」


笑いを堪えながら言われても……。

私のメンタルは大分削られたが、店主のご機嫌は随分良くなった。

「いや、気に入った!安くしてやるから、好きなの選びな」

私は何もしていないのに、サービスしてもらえることになった。嬉しいけれど、何か悔しい。


「どういったものが良いんでしょうか」

魔法石がたくさん置かれている棚を見ながら、店主に尋ねる。


「見ていてこれだ!と思った石が一番良い」

随分シンプルなアドバイスが返ってきた。


(いや、魔法使いでもない私に、それは無理でしょ)

抗議の声を上げたいが、既にリオ様が持ち込んだ魔法具のチェックに夢中になっている。

仕方なく棚を見て歩く。大きさも色も様々、これと言って良し悪しなんて分からない。


ふと、棚の奥に押し込められていた木箱に目が留まる。

古びた木箱を手に取り、蓋を開けてみる。

中には、青い石が2つ入っていた。

雫のような形をしており、暗いところでは黒かと思うほど、深い青色なのに、光に翳してみると、透き通るような水色になる。


(不思議……なぜか、凄く安心する)


惹かれるように見つめていると、いきなり背後から声を掛けられる。

「ほお!それを選び出すとは、中々目利きだな」


後ろに来ているとは気づかず、思わず飛び上がる。

動悸が発生している私を無視して、店主はご機嫌に続ける。


「それは、『水龍の涙』と言われる魔法石だ。水龍の強大な力を凝縮していると言われる、国宝級の代物だ」

「こ、国宝級!?」


そんな物を無造作に置いておかないで欲しい。私にはとても手が出ないので、慌てて棚に戻そうとする。


「いや、あのアイザック(氷馬鹿)とは結構相性が良いと思うぞ」

「でも、そんな凄いもの、買えません!」


ブンブンと横に手を振る私を見て、うむむ……と店主は眉間にシワを寄せる。

「お嬢さん、今いくら出せるんだ?」

「え?」


私の出せる金額を正直に伝える。どう考えても普通の宝石を買うのがやっとの金額だ。こんな立派な魔法石を買える金額ではない。


「じゃあ、その金額だ。売ってやろう」

「え!?」

「え、その金額で良いんですか!?じゃあ僕も買いたいです!」

「お前は駄目だ」

「ええ!アルフレッド様のケチ」


揉めている2人に慌てて割り込む。


「でも、こんな金額じゃ、さすがに申し訳ないです!」

固辞しようとする私に、店主は木箱を差し出す。


「いや、いいんだ。持ってけ。あいつなら、この石を上手く加工するだろう。魔法具加工は、わしが教えてやったんだからな」

「でも……」

「これから、キツい環境で国を護る弟子に対する、餞別みたいなものだ。結婚祝いを兼ねてもいい。わしは、あんたに持っていって欲しい」


真剣な顔で、木箱をぎゅうぎゅう押しつけられる。

結構力が強くて痛い。

でも、店主アルフレッド様の、アイク様に対する強い想い、一歩も引かない決意をひしひしと感じた。

「ありがとうございます!」


心からの感謝を込めて、勢いよくお辞儀すると、店主の満足げな笑いが聞こえた。


「魔法は天才だが、不器用な奴だ。支えてやってくれよ」

「はい!」


本当にアイク様は、素敵な人達に囲まれてきたんだな、と思うと、胸がふんわりと温かくなった。

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