辺境伯の婚約者は誕生日を祝う(前)
本編終了直後の話です。全3話。
「忙しいのに、急に呼び出して申し訳ないわね」
「とんでもございません、王妃陛下」
「いやあね、お義母さまと呼んでくれていいのよ」
私の目の前で、本気か冗談か分からない台詞を言っているのは、我が国のディアーヌ王妃陛下である。
私、メリッサ・グレイとアイザック元第二王子殿下、現ヴェルアルス辺境伯が婚約して、3日目のこと。
私は王妃陛下に呼び出され、テーブルを囲み、お茶を頂いていた。
田舎子爵令嬢だった私には、考えられない状況だ。
ひたすら粗相のないように、音を立てずにカップを置くことに集中していると、優雅に紅茶を飲んだ王妃陛下は、突然周りの女官に下がるよう命じた。
(え、何?私、何かしでかした!?)
重大な話を切り出す雰囲気に、心の中でパニックになりながら、背筋を伸ばして姿勢を正す。
カチカチになっている私を見た王妃陛下は、一瞬驚いた表情をした後、コロコロと笑い出した。
「まあメリッサ。そんな緊張しなくて大丈夫よ。少し貴女に聞いて欲しい話があっただけだから」
「な、なんでしょう?」
わざわざ人払いするような話だ。普通の話ではないことは、私でも分かる。
緊張して固まったままの私に、王妃陛下は笑顔を崩さず、話し始めた。
「話というのはね、アイクの誕生日のことなの」
「アイザック様のお誕生日ですか……?」
3か月前に、アイク様は23歳の誕生日を迎えられた。特に式典などは行われていないが、王家から公式発表がされているし、子爵領に戻っていた私も、ささやかながら、お祝いをお送りした。
そのことが何か問題だっただろうかと、必死に考える私に、王妃陛下はいきなり爆弾発言を繰り出した。
「実は、発表されている誕生日は、アイクの誕生日じゃないの」
「ええ!?」
予想外の話に、理解が追い付かず、ただ王妃陛下の顔を不躾に凝視する。
王妃陛下は静かに話し始めた。
「アイクの出生のことは、知っているわよね」
「はい……」
ご本人や、王妃陛下、そしてフィリア王女殿下付の女官だった母から聞いている。
表沙汰には決してできないお子として生まれるも、魔力や王家特有の髪色を持っていたことから、王家の外に出すわけにもいかず、当時の王太子夫妻の実子として発表されたアイク様の生い立ちは、思い返しても胸が痛む。
そんな複雑な背景があっても、この御両親や兄君が素晴らしいお人柄だったから、アイク様は真っすぐに育ったのだと思う。ちょっと口が悪いけど。
「当時、無理矢理私達の子として発表したから、色々と辻褄を合わせる必要があったの。本当にあの子には、可哀そうなことをしたわ」
申し訳なさそうな、寂しげな顔で話す王妃陛下に、すぐに事情を察した。
それはそうだ。直前まで普通に過ごしていた妃が、いきなり「出産しました」と言っても、誰が信じるのか。
誕生日を誤魔化さなければ、どうにもできないだろう。
「それは、仕方のないことかと思います」
「アイクもそう言っていたわ。というより、興味がなさそうだったわね。男性って誕生日や記念日に興味ないのかしら?そうそう、陛下もこの前、結婚記念日を忘れててね……」
思いっきり話がズレていくが、王妃陛下のお話にツッコミを入れる度胸は、私にはない。
王妃陛下が、ひとしきり国王陛下の愚痴をぶちまけ、「フウッ」と一息つき、紅茶に手を伸ばしたところで、ようやく口を挟むことができた。
「畏れながら、王妃陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
「なあに?」
スッキリしてご機嫌が戻ったらしい王妃陛下に、一番知りたかったことを聞く。
「アイザック様の本当のお誕生日は、いつなんでしょうか?」
「ああ!肝心なことを言い忘れていたわね!それが明後日なのよ!」
「ええ!?」
なんと、9か月もずらしていたらしい。つまり、アイク様は明後日で、24歳になるのが正しい年齢ということだ。
3歳位まではほとんど人前に出さず、体の大きさを誤魔化していたという。
「ごめんね。思ったより年の差あって嫌だった?わざとじゃないから許してちょうだい」
「いえ、そこは全然大丈夫です」
別に、1歳差でも2歳差でもそこに大差はない。王妃陛下の心配ポイントは少々ずれている気がする。
「メリッサには、アイクの本当の誕生日を知っていて欲しかったの。本人も覚えてなさそうだし、男性陣は期待できないし。このままじゃ、あの子が本当に生まれた日を、誰も分からなくなってしまう」
公式な書類のどこにも記載されていない、記載してはいけない日付だ。覚えている人がいなければ、誰にも知られず、消えていってしまう。
それはあまりに悲しいことだから、と王妃陛下は呟いた。
王妃陛下の想いに、胸が熱くなる。
「そんな大切なことを教えていただいて、ありがとうございます」
「それは当然よ、貴女は家族ですもの。アイクのこと、よろしくね」
ホッとしたように微笑む王妃陛下に、私も思わず笑顔を向けた。
◆◆◆◆◆◆
王妃陛下の前を辞し、王宮の出口に向かいながら、頭を悩ませる。
聞いた以上、アイク様の本当のお誕生日を、私だけでもお祝いしたい。しかし、大々的に祝うことはできない。
(とにかく、プレゼントよね)
しかし問題は、私にはプレゼントを選ぶ能力が欠けている、ということだ。特に、男性が欲しいものなんて、さっぱり分からない。
前回のお誕生日も、悩みに悩んだ挙句、ルーカスや、オプトヴァレーの男性陣のアンケートで一番人気だった、伝統の大型ナイフを送ってしまったのだ。
いや、ただのナイフではない。熊の骨も両断できる最強の切れ味を誇り、木製の柄や鞘には、繊細な模様が彫り込まれている。(庶民には)高級品で、日常的に狩りを行うオプトヴァレーの男なら、誰もが欲しがる逸品だ。
当時、怪我のリハビリ中だったアイク様は、そのプレゼントを見て大爆笑し、部屋に飾っていたという。
その話を、王宮魔法使いリオ様から教えてもらった私が、激しく後悔したのは言うまでもない。
「あ、メリッサさん!こんにちは!」
悶々と悩みながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
(この声は……)
今まさに思い返していた人物が、そこに立っていた。
「リオ様、こんにちは」
「今日はアイザック様の所ですか?」
王宮魔法使いリオ様は、相変わらず能天気な笑顔で立っている。
「いえ、今日は王妃陛下にお誘いいただいて。今から帰るところです」
「寄っていけばいいのに!アイザック様、最近は忙しすぎて殺気立ってて、怖いんですよ」
そう、元王子殿下であり、国軍の幹部であり、魔法使いでもあられるアイク様は、ああ見えて、かなりの仕事を担っていた。引き継ぎだけでも、膨大な量になっているらしい。
特に、王都の守護魔法構築に関しては、他の魔法使いに引き継ぎを行っているそうなのだが、我の強い魔法使い同士、大いに揉めていて進まないと、先日、ご挨拶の際に、王太子殿下が嘆いておられた。
あまりに忙しそうで、婚約式の日以来、お会いできていない。
(来週には王都を発たないといけないのに、間に合うのかしら?)
これに関しては、邪魔をしない以外に、私にできることは無いので、遠くから見守ることにしている。
ふと、目の前にいるリオ様をじっと見つめる。
王都に住む若い男性で、魔法使いで、私よりよっぽどアイク様との付き合いが長い彼。
(もしかして、ちょうどいいアドバイザーでは!?)
「な、なんですか?」
不穏な空気を感じたのか、リオ様が警戒感を露わにする。
距離を詰め、逃がさないよう一息で質問をぶつける。
「アイク様にプレゼントを差し上げるとしたら、何が良いと思う?」
「プレゼントですか?」
勿論誕生日については言えないので、あくまで結婚の記念ということにする。
真面目なリオ様は、真剣に考えてくれた。
「アイザック様ですか……。普段も魔法研究ばかりで、あまり物欲はなさそうですよね。多分、メリッサさんがくれた物なら、道端の石ころでも喜ぶとは思いますが」
「それはいやです」
「ですよね」
リオ様は再び考え込む。すると、何かを思いついたように顔を輝かせた。
「そうだ!魔法石なんてどうでしょう」
「ま、魔法石?」
「ほら、メリッサさんの腕輪にも付いている、魔力を蓄えて様々な効果を出す石の事です。アイザック様は、魔法具を作ることがお好きですし、喜ぶと思いますよ」
なるほど、私には絶対に出てこない発想だ。でも……。
「……どこで売っているんでしょうか?どういうものを買えば……」
魔法とは無縁な私には、全く未知の物体だ。気軽に買えるものではないし、どういう種類があるのかも、良し悪しも分からない。
困り果てている私の顔を見て、リオ様は得意げな笑顔に変わった。
「僕がご案内しますよ!ちょうど魔法具の修理に行こうと思ってましたので」
「いえ、でもお仕事がお忙しいのでは……?」
ありがたい申し出だけど、あまりにも申し訳ないので、遠慮しようとするが、リオ様はグイグイ来た。
「大丈夫です!アイク様の機嫌を直す手助けだと言えば、王太子殿下は喜んでお休みをくれますので!」
王宮内は今どうなっているんだろうと、一抹の不安を覚えたが、リオ様に押され、ありがたくご一緒してもらうことにした。




