第31話 子爵令嬢は提案を受ける
王都に到着すると、私達グレイ子爵家一行は、ベネット侯爵家の本邸に案内された。
以前、ルーカスが成人の際もお世話になったが、今回も侯爵家に滞在するよう、王家から直々の命令が下った。押し付けられているエドワード様には本当に申し訳なく思うが、私達に抵抗の余地はない。
王宮かと思うほど、豪華で広大な侯爵家の屋敷に、ルーカスに続いて、母と恐る恐る入る。
「遠路はるばるようこそ。グレイ子爵」
グレイ子爵家の屋敷がすっぽり収まるほど広いエントランスで、侯爵家当主のエドワード様が直々に迎えて下さった。
いつもの王宮魔法使いの制服のままだが、両側に多数の侍女や執事を従えている姿は、さすがは名門貴族の当主という雰囲気が漂っていた。
「この度はお世話になります、ベネット侯爵閣下」
ルーカスが挨拶を行う。
ごくごく普通の挨拶しかしていないのに、物凄く安心してしまう私と母は、大分ルーカスの言動がトラウマになっているのだと思う。
「ではごゆっくり。俺は仕事なので、何かあったらそこの執事長に」
それだけ言って、どんどん出ていこうとするエドワード様を、私の立場で呼び止めることはできないが、思わず見つめると、目が合った。
面白そうに目を細めたエドワード様は、横を通り過ぎる時、私にしか聞こえない位の声で一言呟いた。
「内緒だよ」
何に対することかは、聞かなくても分かる。お礼は心の中で呟くことにした。
エドワード様の背を見送っていると、屋敷の中から、落ち着いた女性の声が聞こえた。
「ルーカス様、お待ちしておりました」
「エイミー!久しぶり」
清楚なドレスを身にまとった、上品な女性が現れた。
私より年下と思われるが、美しく落ち着いた仕草で、一目見ただけで、非常に真面目そうな印象のご令嬢だ。
ルーカスはいつもの子供っぽい仕草で、嬉しそうに手を振っている。
彼女はルーカスに嬉しそうに微笑んだ後、私と母に向かって、完璧なお辞儀を見せた。
「お初にお目にかかります。カイラス子爵家二女、エイミーと申します」
(こ、この方が、ルーカスがエスコートして、いつも文通しているご令嬢!?思ったのと違う!)
ハッキリ言って、山奥の貧乏子爵で、明らかに頭のネジが抜けているルーカスだ。しかもカイラス子爵家は旧家で、もっと良い縁談はいくらでもあるはず。
それでも、ルーカスに付き合ってくれるなんて、もしかしたら、ルーカスと同じく少し頭の弱い(失礼)、天然系の女性なのかもしれないと勝手に想像していた。
ところが、このエイミー様は、所作はどう見ても完璧、切れ者と評判のカイラス子爵に似て、非常に頭がよさそうであり、まさに才色兼備ではないか。
まさか、本家にあたるベネット家からの圧力で、生贄にされているのでは!?
「ルーカスの母で、アリアと申します。まさかエイミー様のような方が、ルーカスと仲良くしてくださっているなんて……」
母も、恐らく同じことを考えているのであろう。申し訳なさそうな雰囲気が言葉の端々から漂っている。
「とんでもございません。ルーカス様のようにお美しくてお優しく、博識な方が、わたくしのような者を気にかけていただいて、本当に感謝しております」
「は、博識……?ルーカスが?」
「はい。わたくし、本の話題で、これ程話が合った殿方は、ルーカス様が初めてです」
少し頬を染めて、嬉しそうに話すエイミー様は、無理をしているようには見えない。
確かに、体が弱くて寝込んでばかりだったルーカスは、本だけはよく読んでいた。
(こ、これは、最初で最後のチャンスでは)
これだけしっかりしている女性ならば、ルーカスの手綱を取ってくれるかもしれない。
私の実家が没落するか否かは、この方に託されていると、この時直感した。
同じく、自分の老後が路頭に迷うかどうかが、この方に託されていると察知した母と、無言でタッグを組んだ。
「「どうか、これからもルーカスをよろしくお願いします!」」
こんな素晴らしい方に、ルーカスを押し付けようとしている私達は、酷い姑、小姑だ。
地獄に落ちるかもしれない、と思うくらいの罪悪感があったが、私達は必死だった。
懇願する私達に、エイミー様は天使のような微笑みを浮かべて、頷いてくださった。
◆◆◆◆◆◆
王都をデートしてくるというルーカスとエイミー様を見送り、私はベネット侯爵家の侍女の手を借りて、婚約式で着るドレスの調整を行い、その後、1人で式の手順の確認をしていた。
明後日の午前中に、アイク様の臣籍降下と、それに伴う叙爵式が行われ、午後、婚約式が王宮内の教会で執り行われることになっている。
さすがの私も、緊張で落ち着かない。ここへきてもまだ、不安が湧き上がってくる。
そわそわと書面をめくっていると、窓がガタガタと音を立てた。風の音にしては妙だ。
不思議に思い、窓にかかったレースを除け、口から漏れかかった悲鳴を、慌てて手で押さえる。
「……アイク様?」
「よお。ちょっとここ開けてくれ」
そこにいたのは、紛れもなく我が国の王子殿下だった。
(ここ3階なんですけど!)というツッコミは後回しにして、慌てて窓を開ける。
窓枠にぶら下がる王子殿下なんて、誰かに見られたら大変まずい。
「ちょっと……」
窓から軽やかに入ってきたアイク様は、そのまま私を抱きしめた。質問の言葉が途中で途切れる。
「……久しぶり。会いたかった」
「私もです」
やけにストレートなアイク様の様子に、ひとまずその背をさする。
動きに違和感はなく、右足も普通に歩いている様子に、ほっとする。
「なにか、あったんですか?」
しかし、こんな登場をするなんて、ただ事ではない。嫌な想像が、次から次へと頭に浮かぶ。
緊張した面持ちの私を見て、今度はアイク様が不思議そうな顔をした。
「別に何もないが?」
「え?」
「早くメリッサに会いたかった。ずっと会いに行きたかったのに、臣籍降下にあたる手続きが多すぎて時間は取れないし、王宮に滞在させようとしたのに、兄上には止められるし」
それは当たり前だ。王太子殿下が常識人で本当に助かった。
不貞腐れたアイク様の顔を見て、思わず笑いが込み上げてくる。
それにつられたように、アイク様の顔も緩む。
和やかな時間はあっという間にぶった切られた。
「……アイザック殿下。俺の家に不法侵入するとは、良い度胸ですね」
「チッ、バレたか」
開きっぱなしの窓から入ってきたのは、この屋敷の主、エドワード様だった。
(いや、貴方は家主なんだから、窓から来なくても……)
「王宮に戻りますよ。殿下の護衛が、気の毒なくらい慌てていました」
「分かったから!襟首を掴むな!」
「メリッサ!あと2日だからな!!」
アイク様は叫びながら、エドワード様と転移して消えていった。
こらえきれず、声を上げて笑ってしまった。先程までの不安は、いつの間にか消えていた。
◆◆◆◆◆◆
いよいよあと1日。
最終の確認をしていた時、今度はきちんと、ドアからノックの音がした。
入ってきたのは、侯爵家の侍女だ。
「失礼いたします。メリッサ様に、王宮から連絡が来ております」
「王宮から?」
「はい。王妃陛下がお呼びのため、至急登城するように、とのことです」
「ええ!王妃陛下が!?」
一体何事かと、大至急ドレスに着替え、王宮に向かう。
既に話は通っていたらしく、スムーズに王妃陛下の私室に通された。
「王妃陛下、大変ご無沙汰しております」
「もう、メリッサったら。そんな畏まらないで。私達、親子になるんだから!」
「お、畏れ多いことでございます」
華やかな笑みで王妃陛下は私を迎えてくれた。
縮こまる私に、王妃陛下は優しい声で話し始めた。
「急に呼び出してごめんなさいね。明日のアイクの叙爵式のことなんだけど」
「はい」
「メリッサも、見たくない?」
「え!?」
王子殿下の叙爵式は、参列は伯爵位以上の高位貴族と定められているため、私は参列できない。
「勿論拝見したいですが、こればかりは……」
アイク様の晴れ舞台を見られないのは残念だが、これはレイファの伝統だ。
私の我が儘で、変えることなんてできないし、するつもりもない。
「あら、当然、慣例を変えるつもりはないわよ。でもね、堂々と式を見る方法はあるわ」
王妃陛下は、何か企んでいる悪い笑顔を浮かべている。
ジワジワと私に近寄ってくる王妃陛下に、少し恐怖を感じて、たじろぐ。
「メリッサ、女官に戻ってみない?」




