表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/65

第30話  子爵令嬢は旅立つ

慌てて駆け込んだ診療所で、その人はいつも通り私を迎えてくれた。


「これは、お嬢様。ご無事のお戻り、何よりです」


思いっきり殴ろうと思ってきたが、頭から顔半分は包帯でぐるぐる巻き、右手は三角巾で吊っている傷だらけの姿に、一気に気持ちが収まる。

怒ろうと思ったのに、逆に、涙がボロボロと零れ落ちる。


「い、生きてた……」

「はい、なんとか」


ルイス先生はニコニコと笑っている。

人の気も知らないで……という文句は口から出て来ず、しばらく、ただただ子供のように泣いた。


私が落ち着くまで静かに待っていたルイス先生は、あの後のことを話してくれた。

案の定、ルイス先生を助けたのはエドワード様だった。


あの場を脱出したエドワード様は、魔力枯渇で瀕死の状態になったルイス先生の応急処置をした後、ツィラードの一般人の家に、金の力でルイス先生の看病を押し付けていたらしい。


「エドワードは甘いんですよね。国王側近としても、侯爵家当主としても、完全に間違った判断です」


ルイス先生は渋い顔をしているが、私の中でエドワード様の評価はぐんぐん上がった。


「魔法は使えなくなったんですか?」

「ええ。流石にエドワードに封じられました。死んだことになった以上、ベネット家の魔力がどこかで感知されたら、あいつの立場も無いですし」


プラプラと振ったルイス先生の左手の甲には、不思議な模様の刺青のようなものが入っている。

どうやらそれが、魔力を封じているらしい。


「まあ、その気になれば破れますけど」


その言葉に、思わず笑みがこぼれてしまう。

不穏な発言をしている割に、ルイス先生はどこか清々しており、重荷から解放されたような顔に見えた。

恐らく、エドワード様を困らせることはしないだろうな、と何となく感じた。


「これからも、オプトヴァレーの街医者として生きていきますけど、よろしいでしょうか?」

「勿論です!……もし、私がシリルに行ったら、遊びに来てくださいね」

「それは少し考えておきます」


親子揃って素直じゃないなあ……と苦笑した。

複雑に拗れていて、一朝一夕にどうにかなる関係ではないだろうけれど、これから時間はある。

そう、生きてさえいれば、可能性はいくらでも生まれる。


「しかし、魔法が使えないのは不便ですね。ここに帰る途中、熊に襲われてこの(ざま)です。たまたまカイさんが通りかからなければ、家を目前に、グレイ子爵領内で死んでいましたよ」

「熊に襲われたのは本当だったんですか!?」

「外傷はほとんど熊によるものです」


大工のカイさん、ありがとう。

貴方のおかげで、親子関係改善の可能性が繋がりました。



◆◆◆◆◆◆



それから数日後、王宮からの使者が、グレイ子爵家を訪れた。

ちょうど、『アイザック第二王子殿下、王都にご帰還!』という華々しい記事が、オプトヴァレーに遅れて届いたのと同じタイミングだった。


ちなみに、その新聞の別面には、『アルガトル国王、急死!』という大ニュースも載っていたが、あの王妃の顔がちらつき、寒気が走ったのは、また別の話。


王家の使者を、当家の狭い応接室の上座にご案内し、ルーカス、母、私で深々と礼する。

頭を下げたまま、国王陛下からの書状の中身を拝聴する。


「メリッサ・グレイ子爵令嬢と、次期ヴェルアルス辺境伯、アイザック第二王子殿下とのご婚約について、グレイ子爵のご承諾をいただきたい」

「いいですよ!」


ルーカスの軽い返事に、膝から崩れ落ちそうになる。

昨日、正式な作法と文言をあれだけ母が教えていたというのに……と母を見ると、こちらは頭を下げたまま、怒りで顔を真っ赤にしていた。

(ああ、私嫁いで大丈夫なのかしら……)


実家の先行き不安に、婚約の喜びはどこかへ霧散してしまった。

ともあれ、私とアイク様の婚約は内定した。正式な婚約式は、アイク様の叙爵式が行われる3か月後。

そして、その3か月後に、ヴェルアルス辺境伯領シリルにて、こぢんまりとした結婚式を挙げることになった。


ぜひ王都で盛大な挙式を!という両陛下のご意向を、アイク様が断固拒否したとのことで、心底ほっとした。

だって、王都でやったら絶対に見世物になる。

『噂の美人子爵令嬢とは私のことよ!』と、皆様の前に出る勇気は、私にはない。恐らく、この件に関して、私とアイク様の心は一つだったと思う。


アイク様からの手紙には『もっと早く結婚したかったのに、これ以上短縮できなかった』と不満が、実に達筆な字で書かれていたが、貴族の婚姻としては異例のスピードだ。

手紙のやり取りをしながら、急ピッチで婚約式の準備をしているうちに、3か月はあっという間に過ぎた。



◆◆◆◆◆◆



「では、行きましょう!母さま、姉さま」

「……お願いだからルーカス、王宮ではおとなしくしてね」

「大丈夫大丈夫!いつも外では完璧にやってますから」


王都で行われる婚約式へ、子爵家総出で出立する日が来てしまった。

今回ばかりは、馬車を手配し、徒歩は最小限だ。


「お嬢!お元気で!!」

「魔法使い様とまた来てくださいね!」

「お幸せに!」


街の人達からの温かい言葉に目が潤む。

そう、婚約式の後、私はそのまま王都に留まり、アイク様と一緒に、辺境伯領に出立する。

貴族令嬢は、嫁いだら、実家に戻ることはほとんどない。

今日が、生まれ育ったオプトヴァレーとの別れかもしれないと思うと、今までの思い出が蘇り、感極まりそうになる。


屋敷に残るジムとマリーが、目頭を押さえている姿も見える。


「皆さん、ありがとう……お世話になりました」


馬車から街の人達に手を振る。涙で前が見えない。母も隣で鼻をすすっている。


「山道を馬車で下るってどうなんですかね?お尻痛くなりそう」


ルーカス、ちょっと黙れ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 熊より強いカイさん(職業大工)って一体……(汗) >「いいですよ!」 ルーカスの軽い返事に、膝から崩れ落ちそうになる。 この後、ルーカスはお母様から説教されたと思われ……(以下略) >…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ