第5話 女官は魔法使いと話す
(さて、これからどうしようか……)
黙々と炎に書類を放り込みながら、これからのことを考える。
アイザック殿下が私の夢の中に閉じ込められてるという、訳の分からない状況は、間違いなく魔法によるものだろう。
魔法とは無縁の私では、解決は絶対無理だ。
誰か、知識を持つ人の助けが必要だが、不用意に他人に話せば、私の首が物理的に飛びかねない。
(普通に考えれば、王太子殿下か宰相閣下に言うべきなんだけど……)
こんな頓珍漢な話、信じてくれるのだろうか。
そもそも、身分の壁が高すぎて、話す機会を作ることも難しい。
(あのくるくる金髪令嬢さえいなければ、王太子殿下は無理でも、エドガー様には話しかける隙があったかもしれないのに!)
「あー、もう!!」
思いの丈を書類にぶつけ、焼却炉に叩きつける。
その時、後ろで人の気配がした。
「ひぃ、すみません!!」
…謝られてしまった。
人がいるとは思わず、恐る恐る振り返ると、10代中盤くらいの、まだ幼さの残る可愛らしい少年がいた。
王宮魔法使いのローブに身を包んでいる彼は、王太子執務室にいた気がする。
確か名前は、リオ様。
「申し訳ございません。お見苦しいところをお見せしました」
手遅れな感じはするが、一応取り繕う。
年齢に関わらず、王宮魔法使いの身分は女官より遥かに高い。
「いえ……メリッサさんは何をされてるんですか?」
ちょっと怯えた様子で、リオ様は恐る恐る聞いてきた。
「廃棄書類の焼却をしております」
え?と、リオ様は驚いた様子だった。
「焼却は僕のような下っ端が、まとめて魔法で燃やしてますけど…」
(……やっぱりな。絶対私の仕事ではないと思ってたよ!!)
とは思ったが、王宮女官たるもの、表面は常に笑顔だ。
「左様でしたか。しかし、ソフィア様から厳に命じられておりますので、私がこのまま続けさせていただきます」
笑顔で話しているつもりなのに、リオ様の顔が青ざめていくのは何故だろう…?
後ずさりそうなリオ様だが、意を決したように口を開いた。
「あの、ところで、メリッサさんは魔法を使えるんですか?」
予想もしない質問に目が点になる。
「ええ?全くできませんけど……」
「そうですよね?!失礼しました」
言うが早いか、バタバタと走り去っていくリオ様を呆然と見送る。
いったい何だったんだろう…?
◆◆◆◆◆◆
「どうだった?リオ」
「……やっぱり、アイザック王子の魔力を感じます。昨日まではしなかったのですが…」
「そうか……」
王太子補佐官エドガー・クロフォードに、じっと観察されていたことなど、焼却炉と格闘する私は、全く気付いていなかった。
◆◆◆◆◆◆
「メリッサ・グレイ、来なさい!」
そろそろ今日の勤務も終わりかなと思っていた時、くるくる金髪、じゃなかった、ソフィア様から呼び出しが飛んできた。
舌打ちしたい気持ちを抑え、素直で謙虚な後輩女官の皮を被る。
「はい!ソフィア様」
「王太子殿下より、執務の補助を行うようにとの命がありました。明日の朝から執務室に来るように」
「かしこまりました」
できる限り感情を出さず、淡々と返事をするよう心掛ける。
だってソフィア様、顔が令嬢にあるまじき迫力なんですもん。
「なんでお前なんかが」と顔にがっつり書いてある。
もし喜んでるなんて思われたら、どれだけ感情を逆撫でするか分からない。
しかし、これは王太子殿下やエドガー様に近付くチャンスだ。変な意味じゃなくて。
何とかして、アイザック殿下のことを伝えなくては。
◆◆◆◆◆◆
「で、どうやって伝えれば信じてもらえますかね?」
「知らん」
アイザック殿下はせっせと地面に図形を書いている。
昨日の火傷が治ったことを伝えると、魔法が使えたことにやる気を取り戻したらしい。
魔法陣とかいうものを地面に書き、色々実験し始めていた。
「アイザック殿下のことなんですから、少しは考えてくださいよ。私は王太子殿下のことも、エドガー様のこともよく知らないんですから」
「……まず、その殿下というのをやめろ」
「はい?」
「俺は殿下と呼ばれることが、好きではない」
あ、ご自分のことか、とやっと気付く。
しかし、殿下は殿下だし……。
「王子様?」
「虫酸が走る」
一瞬で却下された。
「アイクで良い」
「ええ?!」
王子を愛称で呼ぶのは、女官にはハードルが高すぎる。
だが、殿下は人でも殺しそうな目でこっちを見ているし、これは呼ばないと許されない空気だなと察した。
夢の中だけなら、多分大丈夫だろう。
「ア、アイク様……?」
「まあ、いいだろう」
満足げに笑ったアイク様は、魔法陣に力を込め始めた。
だが、何も起こらなかった。
「くそっ!!」
苦々しげに、アイク様は地面を叩いた。
「今は何をしようとされたんですか?」
「……水の生成魔法だ。ただ水を出すだけの基本中の基本を、念のため陣まで書いたのに出来ないとは」
「詠唱型の方が上手くいくのか……?」とか不機嫌そうにブツブツ呟く様子に、取り敢えず邪魔しない方が良さそうだと距離を置く。
何も考えずにぼんやりしていると、いきなり話が始まった。
「さっきの王太子の件だが」
「え?なんでしたっけ?」
いきなり意識がこっちに向いたらしい。
自分の気分のおもむくまま、会話をする王子様だな。
「もし、王太子に俺のことを話しても、信じてもらえなかった場合、今から言う場所と日付を伝えろ」
「場所と日付ですか?」
「ああ。それだけで俺と意識が繋がっていることを、少なくとも王太子には証明できる」
自信満々に言い切るアイク様だが、何やら笑みがあくどく見えるのは気のせいだろうか。一抹の不安を覚えた。