表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/65

第27話  子爵令嬢は感動する

軍の皆様に恥ずかしくなるくらい褒め称えられ、疲れ切った状態で、ようやくアイク様のいる部屋に入ることができた。


眠っているアイク様の枕元で、様子を窺う。

手当てを施されたアイク様は、真新しい包帯を巻かれ、清潔な服に替えられている。

まだまだ青白い顔色ではあるが、わずかに血色が戻っているようで、少しほっとする。


「右足は元に戻るまで、少し時間がかかりそうですが、命に関わる外傷は無いそうです」

「そうですか……」


プレストン様の言葉に、少し涙ぐみそうになる。


「魔力のことは、俺には分かりませんが……」

「魔力は、どうやら一度、根こそぎ奪われているようだから、回復には時間がかかるな。ある程度安定するまで数日は意識が戻らないだろう」


……ん?

プレストン様に続いて、別人の声がした。

この果てしなく不機嫌な声、聞き覚えがある。

恐る恐る振り返る。


「……ノ、ノーマン様、いらっしゃったんですね」

「貴様が来る前からこの部屋にいた」

「も、申し訳ございません」


筆頭王宮魔法使いノーマンは、憮然とした表情としか言いようがない顔で、仁王立ちしていた。

すごい存在感なのに、入室した時はアイク様にばかり気を取られていて、全然気付かなかった。


「さて、ツィラードに行った後のこと、何がどうなってアルガトルから帰国したのか、説明しろ。陛下からのご指示だ」

「あのル、……ブルーノ様と、エドワード様は?」

「あいつらは帰ってきていない」

「そんな……」


(ルイス先生……。エドワード様もご無事なのかしら……)

俯いた私に、ノーマンはイライラとした様子で言い放った。

「貴様しか状況説明できる者がいない。落ち込む前に説明しろ」


言い方は冷たいが、私の感傷に構っていられないのは、国としては当たり前のことだろう。

プレストン様は退室し、圧迫面接が始まった。

正直、相づち一つない相手に話をするのは、物凄く話しにくい。何度か心が折れかけたが、一応私が見たことは全て説明できたと思う。


私の話が終わると、長い沈黙が訪れた。


「……なるほど。では陛下に報告をする」

「お、お待ちください!」

それだけ言い残して去ろうとするノーマンを、思わず引き止める。

無言でこちらを振り返ったノーマンの目が怖い。


「ブルーノ様とエドワード様は、大丈夫なんでしょうか?」

無視されることも覚悟の上だったが、意外にもノーマンが口を開いた。


「……エドワードの魔力量では、ツィラードとレイファを一回で転移はできない。回復しながら休み休み飛べば、数日かかることは十分に考えられる。ただ、ブルーノは、聞く限り限界を超えた魔法を使っている。普通は死ぬ」


あっさり言い放たれた言葉が重い。覚悟していたこととはいえ、唇を噛みしめる。


「……あの男が素直に死ぬとも思えないが……」

「え?」


ノーマンはボソリと呟くと、そのまま転移していった。


◆◆◆◆◆◆


それから数日、私は昼間はアイク様の枕元で看病を続けていた。

王都では様々な動きが起きているらしく、新聞では、アルガトルがツィラードへ軍事侵攻を始めたとか、我が国も軍を出しているとか、物騒な記事が踊っているが、私はあまり興味を持てなかった。


アイク様は相変わらず眠り続けているが、不思議と、私に不安や焦りはなかった。

なぜなら……。



「おはようメリッサ」

「おはようじゃありません。私は今おやすみしたばかりです」


毎夜、私が眠りにつくたびに、アイク様と会えるようになってしまったからだ。


「いったいいつになったらお目覚めになるんですか?」

「大分魔力は戻ってきているから、あと2日くらいだな」


本人から体調を聞くことができるので、私はそれを信じて待っているだけだ。

この数日、アイク様とは、たわいのない話をしたり、シリルの情報を教えていただいたり、穏やかな時間を過ごしている。

――ツィラードでのことや、その後のことについての話題は、避けている様子が見えたので、私からは触れていない。


「シリルはどうだ?不便はないか?」

「皆さん親切ですよ。プレストン副師団長もすごく気を使ってくださいますし」

「そうか。あいつらはこれからも俺の部下になる。メリッサと上手くやってもらえれば、後が楽だ」


アイク様のお話によると、今シリルにいる第三師団を軸に、新たに国軍から独立した辺境伯軍が構成される予定らしい。

私の印象だと、プレストン様も、他の方々も、新辺境伯に仕えることを、心底楽しみにしているように見える。


(まさか、アイク様に慕ってくれる部下がいたなんて……)


アイザック第二王子殿下と言えば、側近らしきものも友人らしきものもなく、護衛すら鬱陶しがって単独行動をする、不愛想な一匹狼として知られていた。

アイク様と信頼関係を築いた臣下は、恐らく王都にはいない。

アイク様の言葉の端々からもプレストン様や、部下の方々に対する信頼が感じられ、大変失礼な言い方だが、私は心底感動していた。


「プレストン副団長や、皆様の期待に応えられるような辺境伯様になってくださいね。頑張って下さい」

「いや、辺境伯夫人はお前だぞ。他人事みたいな言い方するな」

「私には荷が重……」

「逃げんなよ」


冗談を言い合い、子供のように大きな声で笑い、じゃれ合う。

立場上、現実では難しいことを、誰の目も気にせず、のびのびとできる時間だった。


そして予告通り2日後、アイク様は目覚められた。


◆◆◆◆◆◆


「どうですか?体の具合は?」

「全く問題ない」


いつ聞いても同じ回答になるので、軽く聞き流しつつ、コップに水を注ぐ。

確かに顔色も良くなっているし、目に見えて体調が回復していることが分かった。


傍で感極まり、涙を堪えている様子なのは、プレストン様だ。


「本当に良かったです。師団長にもしものことがあったら、我ら一同、ツィラードだろうがアルカドルだろうが突撃し、玉砕するつもりでした!」

「やめろ」


アイク様は嫌そうに顔をしかめているが、プレストン様はごく当たり前のような顔をしている。


「アイク様、皆様に大切にされてますね」

「そういうことではない」

「当然の事です。我ら、シリルの者達と師団長……アイザック王子殿下との出会いは、そう、10年前……」

「やめろ」


プレストン様の昔語りを、しかめ面のまま遮るアイク様。思わず笑ってしまう。

続きが気になり、「そのお話は……」とプレストン様に問いかけた時だった。

ノックの音が響き、聞き覚えのあるプレストン様の部下の方の声がした。


「失礼します。王宮魔法使い、エドワード・ベネット侯爵がお越しです」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おっと、エドワードは無事だったんですね。 後は、ブルーノだけですが果たして……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ