第27話 子爵令嬢は感動する
軍の皆様に恥ずかしくなるくらい褒め称えられ、疲れ切った状態で、ようやくアイク様のいる部屋に入ることができた。
眠っているアイク様の枕元で、様子を窺う。
手当てを施されたアイク様は、真新しい包帯を巻かれ、清潔な服に替えられている。
まだまだ青白い顔色ではあるが、わずかに血色が戻っているようで、少しほっとする。
「右足は元に戻るまで、少し時間がかかりそうですが、命に関わる外傷は無いそうです」
「そうですか……」
プレストン様の言葉に、少し涙ぐみそうになる。
「魔力のことは、俺には分かりませんが……」
「魔力は、どうやら一度、根こそぎ奪われているようだから、回復には時間がかかるな。ある程度安定するまで数日は意識が戻らないだろう」
……ん?
プレストン様に続いて、別人の声がした。
この果てしなく不機嫌な声、聞き覚えがある。
恐る恐る振り返る。
「……ノ、ノーマン様、いらっしゃったんですね」
「貴様が来る前からこの部屋にいた」
「も、申し訳ございません」
筆頭王宮魔法使いノーマンは、憮然とした表情としか言いようがない顔で、仁王立ちしていた。
すごい存在感なのに、入室した時はアイク様にばかり気を取られていて、全然気付かなかった。
「さて、ツィラードに行った後のこと、何がどうなってアルガトルから帰国したのか、説明しろ。陛下からのご指示だ」
「あのル、……ブルーノ様と、エドワード様は?」
「あいつらは帰ってきていない」
「そんな……」
(ルイス先生……。エドワード様もご無事なのかしら……)
俯いた私に、ノーマンはイライラとした様子で言い放った。
「貴様しか状況説明できる者がいない。落ち込む前に説明しろ」
言い方は冷たいが、私の感傷に構っていられないのは、国としては当たり前のことだろう。
プレストン様は退室し、圧迫面接が始まった。
正直、相づち一つない相手に話をするのは、物凄く話しにくい。何度か心が折れかけたが、一応私が見たことは全て説明できたと思う。
私の話が終わると、長い沈黙が訪れた。
「……なるほど。では陛下に報告をする」
「お、お待ちください!」
それだけ言い残して去ろうとするノーマンを、思わず引き止める。
無言でこちらを振り返ったノーマンの目が怖い。
「ブルーノ様とエドワード様は、大丈夫なんでしょうか?」
無視されることも覚悟の上だったが、意外にもノーマンが口を開いた。
「……エドワードの魔力量では、ツィラードとレイファを一回で転移はできない。回復しながら休み休み飛べば、数日かかることは十分に考えられる。ただ、ブルーノは、聞く限り限界を超えた魔法を使っている。普通は死ぬ」
あっさり言い放たれた言葉が重い。覚悟していたこととはいえ、唇を噛みしめる。
「……あの男が素直に死ぬとも思えないが……」
「え?」
ノーマンはボソリと呟くと、そのまま転移していった。
◆◆◆◆◆◆
それから数日、私は昼間はアイク様の枕元で看病を続けていた。
王都では様々な動きが起きているらしく、新聞では、アルガトルがツィラードへ軍事侵攻を始めたとか、我が国も軍を出しているとか、物騒な記事が踊っているが、私はあまり興味を持てなかった。
アイク様は相変わらず眠り続けているが、不思議と、私に不安や焦りはなかった。
なぜなら……。
「おはようメリッサ」
「おはようじゃありません。私は今おやすみしたばかりです」
毎夜、私が眠りにつくたびに、アイク様と会えるようになってしまったからだ。
「いったいいつになったらお目覚めになるんですか?」
「大分魔力は戻ってきているから、あと2日くらいだな」
本人から体調を聞くことができるので、私はそれを信じて待っているだけだ。
この数日、アイク様とは、たわいのない話をしたり、シリルの情報を教えていただいたり、穏やかな時間を過ごしている。
――ツィラードでのことや、その後のことについての話題は、避けている様子が見えたので、私からは触れていない。
「シリルはどうだ?不便はないか?」
「皆さん親切ですよ。プレストン副師団長もすごく気を使ってくださいますし」
「そうか。あいつらはこれからも俺の部下になる。メリッサと上手くやってもらえれば、後が楽だ」
アイク様のお話によると、今シリルにいる第三師団を軸に、新たに国軍から独立した辺境伯軍が構成される予定らしい。
私の印象だと、プレストン様も、他の方々も、新辺境伯に仕えることを、心底楽しみにしているように見える。
(まさか、アイク様に慕ってくれる部下がいたなんて……)
アイザック第二王子殿下と言えば、側近らしきものも友人らしきものもなく、護衛すら鬱陶しがって単独行動をする、不愛想な一匹狼として知られていた。
アイク様と信頼関係を築いた臣下は、恐らく王都にはいない。
アイク様の言葉の端々からもプレストン様や、部下の方々に対する信頼が感じられ、大変失礼な言い方だが、私は心底感動していた。
「プレストン副団長や、皆様の期待に応えられるような辺境伯様になってくださいね。頑張って下さい」
「いや、辺境伯夫人はお前だぞ。他人事みたいな言い方するな」
「私には荷が重……」
「逃げんなよ」
冗談を言い合い、子供のように大きな声で笑い、じゃれ合う。
立場上、現実では難しいことを、誰の目も気にせず、のびのびとできる時間だった。
そして予告通り2日後、アイク様は目覚められた。
◆◆◆◆◆◆
「どうですか?体の具合は?」
「全く問題ない」
いつ聞いても同じ回答になるので、軽く聞き流しつつ、コップに水を注ぐ。
確かに顔色も良くなっているし、目に見えて体調が回復していることが分かった。
傍で感極まり、涙を堪えている様子なのは、プレストン様だ。
「本当に良かったです。師団長にもしものことがあったら、我ら一同、ツィラードだろうがアルカドルだろうが突撃し、玉砕するつもりでした!」
「やめろ」
アイク様は嫌そうに顔をしかめているが、プレストン様はごく当たり前のような顔をしている。
「アイク様、皆様に大切にされてますね」
「そういうことではない」
「当然の事です。我ら、シリルの者達と師団長……アイザック王子殿下との出会いは、そう、10年前……」
「やめろ」
プレストン様の昔語りを、しかめ面のまま遮るアイク様。思わず笑ってしまう。
続きが気になり、「そのお話は……」とプレストン様に問いかけた時だった。
ノックの音が響き、聞き覚えのあるプレストン様の部下の方の声がした。
「失礼します。王宮魔法使い、エドワード・ベネット侯爵がお越しです」