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第21話  子爵令嬢は戦う

「2階客間の清掃完了しました!」

「もうかい?あんた、手際が良いねえ」


それはそうだ。こっちは急いでいるんだと、心の中で呟く。

それに私は、腐っても元王宮女官。国内貴族大集合のパーティーでは、数百の客間を整えてきたのだ。

手際の良さは、そこら辺の侍女には負けない自信がある。


「助かったよ。あんたみたいな出来の良い子が来てくれて」

「とんでもございません。まだここの造りがよく分かっていなくて、迷ってしまうんです」


まだごく僅かだが、見て回った範囲の部屋に、私がアイク様の目を通して見た材質のドアは見当たらない。

別の区画で目星をつけなければと、侍女頭から、砦の構造を聞き出すことにした。


機嫌よく私を労う侍女頭に、私を不審に思っている様子は微塵も感じられない。

「そうだろうね。ここは、複雑で分かりにくいだろう?」

「はい。少し危なそうな人もうろついているし、間違えて駄目な所に入ってしまいそうで怖いんです」と困り顔で言ってみる。


「そうだね、お偉いさん達は、南側の2階・3階の良い部屋を陣取っているから、そちらは勝手に行かない方が良いかもね」

「そうなんですね」

「あいつらが連れてきた品の無い連中は、中央の広間から東側の塔の辺りにうろついてる。ここの領主様や騎士達は東の塔に連れていかれたから見張っているんだろう。私の同僚も、あいつらに抵抗した奴らは皆連れていかれた」

「侍女頭様は、大丈夫だったんですか?」

「あたし?あたしは別に領主様に忠義なんてなかったし、給金くれるなら誰にだって仕えるよ。自分の身が第一だしね」

いっそ清々しいほど、彼女は豪快に笑った。

だからこそ、彼女は私の正体に興味が無い。働いてくれればそれで良いという考えだからこそ、聞き易い。


「西と北は、入っても大丈夫ですか?」

「西は練兵場だから、侍女が入る必要はないよ。北は、備品を置いている部屋がいくつかあるだけさ」

「備品の部屋?」

「最近は無いが、王都からお偉いさんが視察に来た時に、パーティーを開くためのテーブルやソファとか。北の区画も、昔は領主の家族が住んでいたらしいけど、日当たりが悪いから今じゃ物置だよ」


侍女頭のおばさまは実によく話してくれた。

自分の住む国で、これほどの大波乱が起きているにも関わらず、彼女の中では、この砦の麓で鍛冶屋をやっている旦那さんの酒癖や、最近結婚した息子さんの夫婦仲の方が、よっぽど重大事のようだ。

そんな話を聞いている暇はないと内心焦るが、不審に思われる訳にはいかない。


朝食代わりに渡されたパンの切れ端をくわえながら、適度に相槌を打ち、砦内の情報を収集した。


◆◆◆◆◆◆


いいかげん、働かなくて良いのかと思うくらい長い世間話を聞いた後、箒とバケツを持ち、さりげなく北の区画に向かう。

物置代わりの部屋が多いはずの区画だが、近づくにつれ、身分の高そうな軍人が多くなってきた気がする。

それに比例して、下級兵や、侍女などの下働きの数が減っており、目立たずに進むのは難しそうな気配が漂う。

(やっぱり怪しい。だけどこれ以上行くと流石に見つかってしまう気がする。一回戻って、他の潜入方法を考えようか……)


そう考え、引き返そうとした時だった。


持っていた箒の柄を、いきなり掴まれる。

「えっ?」


振り返ると、大柄な男が2人、ニヤニヤとこちらを見下ろしている。

どちらも反乱軍の兵のようだ。それほど汚い身なりではないが、その下品な表情に、私の中で警報が盛大に鳴る。


「君、侍女でしょ?ちょっと俺達の部屋が汚れてて、掃除に来てくれない?」


私の正体がバレた訳ではなさそうだが、全く別の危機に見舞われてしまった。

男達の顔は、明らかに掃除を求めていない。

さすがに王宮では、こんな下劣なことをしようとする人にはお会いしたことがない。


「今、他の仕事を仰せつかっておりますので、掃除は別の者をすぐにお呼びします」

言って元の廊下を戻ろうとするが、もう1人の男が、私の行く手に回り込む。


「そういうなよ。俺達も暇なんだよ。小遣いはやるぜ」

「見たところ平民だろ?よく見りゃ悪くないけど地味だな。その見た目じゃ稼げない位のカネをくれてやるから」


失礼すぎる言い草に腹が立つが、今は自分の身の安全を図らなければと焦る。

大の男2人に囲まれて、私の力で逃げ切るのは難しい。

決して人通りのない廊下ではないので、叫び声を上げれば、誰か来るだろうが、今騒ぎを起こして困るのは私も同じだ。

かといって、今、ルイス先生を呼ぶ訳にはいかない。


必死に考えている私を見て、抵抗する気が無いと思ったのか、「じゃあ行くか」と男が腕を取る。

「っ嫌!」


触れられた瞬間、全身に鳥肌が走る。振り払おうと暴れるが、男の力にはびくともしない。

パニックのまま、声を上げようとした時だった。


「大変だ!火が出たぞ!!」


北の区画の奥から、怒号が聞こえた。

私の腕を掴んでいた男が、気を取られて力を緩めた。

その隙に、力一杯振りほどき、そのまま思いっきり蹴り上げる。男の弱点を。


妙な声を喉の奥から捻りだす男と、一瞬あっけにとられたもう1人の間を全速力で抜け、北の区画に向かってダッシュする。

(オプトヴァレーの山奥で鍛えられた、私の脚力をなめるな!)

後ろで男達が何やら叫んでいたようだが、すぐに聞こえなくなった。


逃げてくる人で混乱する廊下を、人の流れに逆らって進む。

奥に進むにつれ、焦げ臭いにおいと、熱気を感じる。

それと同時に、不思議と冷ややかな感覚がした。この冷たい風を、意識せずに作ってしまう人を、私は知っている。

(この先に、アイク様がいらっしゃる。間違いない)


廊下の角を曲がると、オーク調のドア。その前には、剣を握った若い男が立っていた。

その男が、アイク様の視界で見た2人組の1人だと気づく。


「おい!ここは立ち入り禁止だ!!」

そのまま、男は手に持った剣を、躊躇なく私に振り下ろしてくる。

避けることもできず、迫る剣がスローモーションに見えた。

(いきなり!?)


咄嗟に腕輪に触れる。

私の顔の直前で、突然剣が消えた、男の腕ごと。

私の顔と同じくらい、唖然とする男の顔も、次の瞬間には消えていた。

目の前に血の赤が、鮮やかに舞う。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「叔父上、倒し方グロいんですけど」


「ルイス先生……」


ルイス先生と、王宮魔法使いエドワード様が目の前に転移してきていた。

「どうも、女官殿。いや、元女官殿?ええっと、名前は確か……」

「メリッサです。エドワード様まで……」

「ツィラードに潜伏していたら、叔父上に呼び出されまして。除籍された人に、ベネット家の通信魔法を使われると、当主としては困るんですけどねえ」


そうか、ルイス先生はエドワード様の叔父だった。並ぶと、髪の色や瞳の色がよく似ている。

エドワード様の文句を完全に無視して、ルイス先生は男の残骸を跨いで、ドアの前に向かう。

私もあまり下を直視しないように、後に続く。


「この先にいますね」

「間違いないですね。助かったよ、メリッサちゃん」


ルイス先生に顎で指示されたエドワード様が、ドアを蹴破る。

ひしゃげたドアが吹っ飛び、部屋の中の様子が目に入る。


火事の後のように真っ黒に煤けた壁と、まだ所々で燃える火。

床には数人の兵が転がっており、既に息絶えている様子に見える。


そして部屋の中央には、大きな魔法陣が書かれていた。

傍らに奇声を上げてもがき苦しむ軍服の男と、呆然とする中年男。

中年男は、2人組の片方だと、すぐに気づいたが、それに構う余裕はなかった。


部屋の中央に倒れている人しか、見えなかった。


その白銀の髪の人は、両手を拘束されたまま、魔法陣の中央で、微動だにせず横たわっていた。

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